第66話 鏡
入り口の門をくぐり抜けて、古城の敷地内に入った僕らは、霧ヶ谷の後に続いて奥の方へと進んで行く。周りには薄らと見える木々や仄かな灯りを灯す街頭。
ルイ先生が言っていた様な観光スポットらしき物は、僕が見る限りこの場所にはない。
「しかし、霧が濃すぎないか?」
緋色君が周りを見ながら呟く。その言葉に共感した僕も言葉を返した。
「そうだよね。視界が悪いから、近くにあるもの以外はあんまり見えないや。」
僕が言い終えるのと同時に、霧ヶ谷の歩みは扉の前で止まった。そして目の前の大きな扉はゆっくりと開き、中からスーツを上下揃えている男が現れた。
「初めまして学院の皆様方、ダスト校長からお話は聞かせて頂きました。私はこの城の主人であるアジールでございます。以後お見知りおきください。」
アジールと名乗ったその男はこちらに向けて丁寧に頭を下げた。
「アジールさん。…こちらこそよろしくお願いします。」
マリアも気品のあるお辞儀をして返した。僕らもそれに続いて頭を下げて言った。
「「よろしくお願いします。」」
僕らがお互いにやり取りを終えた後、アジールは笑みを浮かべながら言った。
「では皆様、ご案内致します。」
そう言ってから僕らを案内する為に歩き出したアジールに向かって霧ヶ谷は話しかけた。
「久しぶりね、アジール。沙夜の容態はどうしら?」
そう問いかける霧ヶ谷に対して、アジールは笑みを崩す事無く答えた。
「そうですね、妹様なら元気ですよ。また会いたいとおっしゃっていたので、時間のある時にでも顔を合わせてあげたら如何でしょうか。」
そう言われてから霧ヶ谷は安堵する様に胸を撫で下ろした後、僕らの方に向けて寂しげな視線を向けた。
「…そう。」
その一言を言った霧ヶ谷に緋色君は近付いて行って聞いた。
「なんだよお前、妹居るのか?」
その聞き方はフラムの時の様なふざけたものでは無い。友達同士の気さくなコミュニケーションと呼べる物だが、そう言われた霧ヶ谷は何か嫌そうな顔で答えた。
「居て何か悪いかしら?」
そう凄みのある視線を向けられた緋色君は焦ってその言葉を撤回した。
「いや、すまなかった。」
そう謝る緋色君に霧ヶ谷は冷めた様な視線を向けて言った。
「別に。ただ、貴方も王城と同じでデリカシーが無いのね。」
そう言われた緋色君は霧ヶ谷に向けて心底申し訳なさそうに言った。
「正直アイツと一緒にされるのは気に喰わないが、事実だから何も言えねぇ。ごめんな。」
緋色君が謝るのと同時に、霧ヶ谷もすぐに言葉を返した。
「私の方こそごめんなさい。少し強く言い過ぎたかもしれない。」
その表情は曇り、どこか霧ヶ谷は俯き気が滅入っている様に見えた。
何かあったのかと思い、僕の方から聞いてみようかと思ったけれど、それはここまでで彼女が嫌がっていた行為なので悩んだ。
そんな風に話していると、僕らは扉の沢山ある廊下にまで辿り着いた。
そこでアジールは僕らに向けて説明を始めた。
「皆様、到着いたしました。魔物退治で滞在する間は、この部屋をご自由に使ってください。」
アジールはこの部屋と言っているが、沢山扉があるのでどの部屋を使えばいいのだろうと思ったので聞いてみる事にした。
「どの部屋を使えばいいんですか?」
その問いかけにアジールはすぐに答えた。
「皆様方一人一人に部屋を貸し出す様に…とダスト校長から申されておりますので、その様に使って下さい。」
これだけの部屋を僕ら一人一人に貸し出すなんて、どこまで気遣いが行き届いているのだろうか。
「そういう事なら、早速使わせてもらう事にするわ。ありがとうアジールさん。」
フラムはそう言って近くにある部屋の扉に手を掛けた。それに続いて皆も各自バラバラの部屋の前に立った。
「では、私はここで失礼します。」
アジールはその様子を見た後にそう言った。この後に何をするのか少し気になった僕は問いかける。
「アジールさんはどこに?」
するとアジールは丁寧に答えた。
「私は魔物退治に必要な鏡を準備して参りますので、それまではごゆっくりなさって下さい。」
魔物退治に使って言われて、僕は見通しの地図を思い出した。あんな感じの魔道具の部類なのかもしれない。
そう考えていると緋色君がアジールの方に言った。
「俺も手伝いましょうか?」
彼は些細な所で気の良さが垣間見れる。本当にフラムと仲良くさえ出来れば完璧なんじゃないかと思う。
そう言われたアジールは笑みを浮かべて言葉を返した。
「大丈夫です。大した労働量ではありませんので。」
そうはっきりと言われた緋色君は身を引いた。
「そうですか。ちなみにその鏡って何なんですか?」
そう問いかけるとアジールの目の奥が光った様な気がした。
少し間が空いてから彼は信じられない速さで話を展開して言った。
「そうでしたね。鏡の説明は後でしようかと考えていたのですが、今答えましょう。それは昔ここを治める貴族で資産を蓄えていた旧当主がいた時代。いわゆる魔法発展時代とよばれているその時は魔法が使える人も数が少なく、魔物退治も武具を装備して戦うという方法でした。ですので魔物を退治する為に必要な現地までの移動方法に悩んだという訳でありましてね、勿論馬車を用いるのが基本とされていたのですが、やはり速さが足りず、犠牲が出てしまう。そう悩んでいた際に、偶然ダスト校長と出会われた旧当主はこの鏡を貰い受けたのです。そして今現在、この霧の古城を引き継いだ私はこの城内に残っていた資産を貰い受けて今手元にそれがあるという訳なのです。ちなみにその鏡は中に入った者を魔物が出現するであろう予定地に送り出す、送りの鏡と呼ばれていまして大変大きく丈夫な鏡です。そのデザインが独特な物でありまして、金色と黒色を使い分けている萼に、体が半分に割れた天使のレリーフが掘られていましてね、このモチーフは何でもかつて世界を救う為に現世に舞い降りた一人の天使が歪み切ったこの世界の影響を大きく受けてしまい、魂と体の二つに割れてしまったという神話が元になっているらしいですね。ちなみに金の方は平和の楽園を象徴しており、黒い方は自由な世界を描いております。更にこの送りの鏡は使う時にだけ枠に鏡を嵌めるという風変わりな使用法をするのですよ。ちなみに私もこの鏡はかなり好みなのでよく磨いていて整備をしておりましてね、皆様が訪れるかなり前から…」
唖然とした。何か凄い速さで色々言ってる。周りの皆の顔を見てみると皆もポカンとしていた。
それでもまだ喋り続けるアジールを霧ヶ谷は静止した。
「アジール、もういいわ。皆が困惑してる。」
そう言われた後に彼は頭をこちらに向けて下げて謝った。
「これは大変失礼致しました。私、こういう魔道具のマニアでして、少し熱くなる所があるんですよね。」
その謝罪の言葉を聞いた緋色君はなんとも適当にあしらう様に言った。
「あははは。そうなんですね。それじゃ、お仕事頑張ってください。」
「はい。では失礼します。」
そう言われた後、アジールは一礼して僕らの前から去って行った。
「じゃ、部屋に入りますかね。」
緋色はそう言って扉を開き中に入って行った。
「…私も。」
それに続いてマリアも部屋に入った。
「また後でねアリスタ。」
フラムがそう言ってから、こちらに向けて軽く手を軽く振って来たので僕も振り返した。
「うん。また後で。」
彼女と別れた後に僕は扉を開いて中に入ろうとした。
するとその先には、これまでの人生の中で見た事無いレベルの美しさ…もはや神々しいという例えがいいくらいの絶世の美少女がそこに居た。
薄く透き通りそうな白い肌に、澄み渡る蒼い瞳。白くサラサラと風に靡く髪の毛。
その全てが浮世離れした見た目で人とは思えない美貌に驚愕した僕は思い切り扉を閉めた。
この部屋を選んだ僕が間違えていたのか…そう思い他の部屋を選ぼうかと思ったのだが、他の部屋は既に皆が使っていた。
仕方ないので僕は恐る恐る扉を開いた。するとその目の前にさっきの美少女が居て驚きのあまり尻餅をついた。
「貴方は誰?」
そう一言。小鳥の囀りの様に、可愛らしい声で呼びかけられた僕は戸惑っていた。
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