第65話 再会
紋章の中から体を出した僕の前には、学院寮と同じかそれ以上に大きな洋風のお城が建っていた。
周りの白い霧はかなり濃くて、その奥に薄らとお城も灯りが無ければ認識できないくらいだ。
「ちゃんと着いたみたいね。」
隣にいるフラムが僕に向けて声をかけてきた。なので軽く返事を返した。
「そうみたいだね。」
そんな風なやり取りの後、後ろから遅れて現れた緋色君が僕らに言った。
「本当、魔鉱山の時みたいにバラけなくて良かったぜ。」
僕も同じ事を思っていた。あの時の様ないきなり空から落っこちるのはもう勘弁して欲しい。
そんな事を考えていると、その言葉を聞いたフラムは緋色君に対して少し強めに言い返した。
「あの時は王城が割り込んだから失敗したのよ。それ以外なら基本的に、アタシは失敗なんてしないんだから。」
言われてみれば彼女はあの時以外、魔法を余り失敗していないかもしれない。というかここにいる皆も僕以外だと、あまり失敗していない気がする。
そうフラムから言われた後、緋色君はなんとも心の籠っていない声で返した。
「そうか〜。そりゃあ頼もしいな。」
その気の抜けた様な言い方が癇に障ったのか、フラムは緋色君の方を睨んだ。
「馬鹿にしてる?」
彼女の問いに彼は雑に返す。
「いやぁ?別にぃ。」
その顔はなんとも言えない、人を怒らせそうな物になっている。緋色君の事で前から思っていたのだが、彼はなんかフラムの前だと普段よりも子供っぽくなる気がする。
僕に朝ご飯を作ってくれた、気遣いのできるあの時の緋色君の影は欠片も見られない。
「絶対に馬鹿にしてるでしょ!」
またか…。そんな気持ちである。ここに来る前とおんなじ事をしようとしている二人をどう止めようか悩んでいると。
いつの間にか僕の隣に近づいていたマリアが皆に向かって話しかけた。
「皆さん…前見てください。…あれが現地の方なのでしょうか?」
「あれって?」
その指差す方を見てフラムはそう言った。僕もその方向に顔を向けると、そこにはほんの少し前に会った事のある様な二人組がいた。
その片方はこちらに気付いたのか安っぽい金髪を整えて黒縁メガネを掛け直した後に、僕らに陽気に話しかけてきた。
「おやおやおや。これはこれはこれは奇遇ですな皆様方。この感じだともしかしなくても、ワタクシ達と同じくダスト校長から、霧ヶ谷様の故郷であるこの場所での魔物狩りを任された感じですかな?」
手をビュンビュン動かしながら僕ら一向に語り始めた王城。やっぱり普段の王城の喋り方と態度は凄く鬱陶しくて大袈裟だ。
その話の内容的に、どうやら彼らも僕らと同じ様な要件でこの場所に呼び出されたらしい。
「まぁ、そんな所だな。」
そんな普段の王城を相手にするのがめんどくさいのか、緋色君も軽く答えるだけでそれ以上何も言わなかった。
「…ここは霧ヶ谷さんの故郷なのですか?」
今さっき王城が早口で言っていた内容の中で僕も気になってた所をマリアが代弁してくれた。
「そうですぞ。この地では昔から優秀な霧の魔法使いを輩出している事で有名で」
その問いに自信満々に胸を張り、ベラベラと話し始めたその瞬間、後ろから現れた霧ヶ谷が王城の口を塞いた。
「王城。私にだって知られたく無い事はあるの。だから発言を控えてもらえるかしら。」
霧ヶ谷の様子も魔鉱山より元のクールで冷淡なものになっている。そんな彼女の青色の瞳は前会った時よりも何処か冷えている様に見えた。
「これは失礼致しました、霧ヶ谷様。どうかこの愚かな王城めをお許し下さい。」
「気にしなくていいわ。次からは私以外でも気を付ける事ね。」
すかさず頭を下げる王城とその態度に対して一言述べた霧ヶ谷。
彼らの主従関係は魔鉱山での出来事もあるから、しっかりしているのか、いないのか僕にはよく分からない。
そんな風に思っていると、彼女は僕らに向かって話しかけてきた。
「それとさっき言った通り、ここは私の故郷だから貴方達がよければ目的地まで案内するわ。」
霧ヶ谷の故郷が霧の古城。余りにもそのまま過ぎてストレートな印象だ。それに周りの濃い霧も何処か、彼女の使う霧の魔法に似ている気がした。
それと彼女からの提案に僕らの中で特に批判意見は無く、代表して緋色君が答えた。
「いいのか?助かるぜ。」
「別に、礼を言われるほどの事では無いのだけれど。それで目的地は?」
彼の言葉を軽くあしらって、霧ヶ谷は目的地を改めて問いかけてきた。その問いに僕がすぐ答えた。
「目的地は霧の古城って場所なんだけど。目の前にあるこの大きなお城で合ってる?」
恐らくこのお城が霧の古城なのだろうけど、一応の確認の為に僕は彼女に問いかけた。
「その通り、これが霧の古城よ。何でもその歴史は深いみたい。昔どこかの大金持ちの貴族が所有していて、魔物狩りをする為だけに建てられたお城らしいわ。最もその貴族は没落して資産を得る為に、今の主に所有権を手渡したけれどね。」
霧ヶ谷は僕の認識が正しいという事を認めた後に、古城の成り行きも軽く説明してくれた。
彼女の話の中に出てきたお金持ちの貴族が、魔物狩りをする為だけにここまでお金を掛けていたのだと思うと、何か悪い人では無かったと思う。
魔物は必然的に周りに害を及ぼし、民を危険に晒す様な存在だから、普通のお金持ちならきっと一銭の価値にもならない魔物に手出しなんてしないだろう。
改めてその古城を見て思う。これだけの大きさでありながら、気品があり未だにそのシルエットは完全には衰えていない。
その見た目からは、元の所有者の気高い精神をそこはかとなく感じられた。
そんな事を色々考えていると王城が僕ら一行にまた話しかけてきた。
「しかしまさか目的地まで同じとは思っておりませんでしたぞ。実はワタクシ達もその古城で過ごす予定でしてな。」
その王城の言葉の後に緋色君は頷いて言った。
「じゃあ、この感じだとCランク組じゃなくて魔鉱山組って事じゃねぇか。」
何か意味がわかる様な分からない様な事を言った緋色君。
「確かに…いつもの皆だね。」
緋色君の言葉に続けてマリアも共感したのか首を縦に振りそう言った。
そして霧ヶ谷は二人が話し終えてから少し目を細めてひっそりと言った。
「じゃあ、行きましょうか。ここは霧が濃いから足元を掬われない様に気を付けてね。」
その言葉に隠された黒い意図さえ知らない僕らは、そのまま彼女に導かれて古城の敷地に足を踏み入れるのであった。
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