第64話 出発
ルイ先生からの説明を受けた後、緋色君が疑問を覚えたのか質問をした。
「その霧の古城とやらに、どうやって行くんですかね?」
その言葉を聞いたルイ先生は教卓の中に手を入れて、そこから大きく丸められた紙を取り出した。
「それは君らが魔鉱山へ勝手に行った時にも使っていた、この見通しの地図を使えば良いだろう。ここには霧の古城の事も載っているからな。」
それはフラムがテレポートをする時に、必要な情報を補った魔道具である。おそらく、僕らが移動した後もそのまま教室の中に残っていたのだろう。
これで移動方法は分かった訳だが、次に僕が気になったのはいつ行くのか、という点だ。
「僕らはいつそこに行くんですか?」
そう問いかけるとルイ先生はすぐに口を開いて答えた。
「今すぐだ。」
衝撃的事実。なんとまた急すぎるのだろうか。
「これはまた急だなぁ。」
隣で緋色君は疲れ切った様に口からその言葉を漏らした。それに対してルイ先生も世の中に疲れた様に答える。
「仕方ないだろう?私とて、急に言われたから困っているのだよ。このままでは全然授業が進まないからねぇ。」
確かに良く考えれば、僕はこの学院に折角入学したというのに授業を数える程しか受けられていないのだ。
少しその事を残念に思う僕に反して、緋色君はさっきの疲れた様子から一転して嬉しそうに言った。
「ぶっちゃけ授業受けなくていいならいいや!さっさと行こうぜ!」
よく考えると緋色君が授業を受けている時ってずっと突っ伏していた気がする。彼は授業が嫌いなのかも知れない。
そんな風に喜ぶ緋色君に向けてルイ先生は諭す様に語りかける。
「まぁ、それも授業の代わりだけあって相当大変だろうね。だけど魔物退治の経験を早いうちに積めるのは利点かも知れないから、せいぜい死なない様に頑張ってくれたまえ。」
その言葉に緋色君ではなく、フラムが胸を張って答えた。
「ルイ先生、アタシ達は魔鉱山だって生きて帰って来たのよ?だからそう簡単に死んだりなんてしないわ。」
そうは言っても、アルテミアさんが居なかったらどうなっていたか怪しい。正直僕はあの時死んでいてもおかしくはないと思ってる。
そんな僕の気持ちを代弁する様にルイ先生はフラムに向けて言葉を投げかけた。
「そうだといいけどねぇ。私は心配だよ。」
「なら先生も来ればいいじゃない?」
それはまた的確な返答。確かに良く考えれば先生もその古城まで来れば心配も何もないはずなのだ。
そんな風に考えているとルイ先生は僕らに申し訳無さそうに言った。
「生憎だが、そういう訳にも行かないんだよ。ダスト校長かは君らだけを送れと私は言われていてね。まぁ、あの方なりの教育方針だから何かがあるんだろうよ。」
ダスト校長が直々に言ったのなら、何か意図があるのだろうか。僕にはあの人の事があんまり分からない。
「ふーん。まぁお爺様がそう言うのなら間違いは無いわね。」
そんな僕の隣にいるフラムはやけに納得という表情で手を叩いた。
「まぁ、間違いがあろうと無かろうと私は給料が貰えればいいんだけどね。」
ルイ先生の口から吐き出されたなんとも辛そう言葉。一気に周りの雰囲気がどんよりとした。
その空気に申し訳無さを覚えたのかマリアが口を開いて一言言った。
「…世知辛いですね。」
「そうみたいだね。社会の風は冷たそう。」
僕も彼女の言葉に続けてそれっぽい事を言ってみた。自分で言っておいてアレだけど社会の風って一体なんなんだろう。
そんな僕らの慰めの言葉を聞いたルイ先生は無理に笑みを浮かべて返して来た。
「フォローしてくれてるのは嬉しいけど。その言葉だと慰めにならないよ、むしろ心の奥を抉り取られる様な気分になったね。」
「…そのルイ先生ごめんなさい。」
マリアはすかさず謝るのだが、それを見てルイ先生も更に付け加えた。
「すぐに謝れるのはいい事だよマリア君。この先生きて行く中で、素直であろうと無かろうと謝る事はついて回るからねぇ。」
ため息を吐いてそう言い終えた後、ルイ先生は何か嫌な事でも思い出したのか、余った机に座って突っ伏してしまった。
「先生…。大丈夫ですか?」
「マリア君は優しいんだねぇ…。」
ルイ先生の様子を心配したマリアがルイ先生の背中をよしよしと撫でている。
その光景を見たフラムはジトーっとした目で言った。
「大人って大変なのね。」
その言葉に僕も続けて言った。
「そうみたいだね、僕もなんだか未来が不安になって来たよ。」
そんな僕の言葉に、緋色君も続けて言った。
「俺はそんなでも無いかな。働く気なんて無いしな。」
「じゃかどうやってご飯食べてくのよ。」
その言葉に衝撃を受けた僕の気持ちをフラムがすかさず代弁してくれた。
「そりゃあ金持ちのお嬢様にでも養ってもらうとか?」
なんとも具体性の無い言葉に、フラムは馬鹿を見る様な冷たい瞳で緋色の方を見た。
「呆れた、馬鹿みたい。」
その言葉を聞いた緋色君は途端にその仕草を上品に変えて、口調もイケイケな感じでフラムに向けて話し始めた。
「君の赤い瞳はとても美しい。よく見たらとても綺麗な髪もしているし、どこか気品もあるその容姿。今この瞬間俺はフラムに惚れたよ。」
「相変わらず適当なのねアンタ。それに惚れたのはアタシじゃなくて金でしょ?」
僕から見てもわかる。緋色君はすっごいふざけてる。そんな彼に対して冷静にフラムはツッコミを入れた。
こうしてみると、なんだか夫婦漫才みたいだ。
「まぁな。誰がお前みたいな女を好き好むんだって話だよな。容姿がどれだけ良かろうとも性格は怖いし。」
その言葉で夫婦要素が勢いよく吹き飛んで、ルイ先生の物とはまた別な衝撃がこの場を駆け巡る。フラムはムスッと口元を膨らませており、その怒りがいつ爆発するか分からない。
居ても立っても居られなくなった僕はすかさずフォローを入れた。
「そ、そんな事無いと思うけどなぁ。」
そう言ってみたら、フラムの口元が元に戻って僕に向けて何故か上目遣いで問いかけてきた。
その頬は赤色に染まっていて、僕は少し身構えた。
「ほ、本当?」
「うん、本当だよ。」
もうこうなったら引けないので、フラムが言い終えた後にすぐ答えた。この言葉は100%嘘では無い。
彼女にもいい所があると思ったから答えたのであって、決して怒らせるのが怖いからとかじゃない。はず。
「俺もこういう照れ顔なら可愛いと思うぜ。」
間に入って来てグッチョブだけした緋色君。自分がこのトラブルを引き起こした張本人だという自覚は全く無さそうだ。
「うっさい!」
「痛ってぇ?!」
そんな緋色君に向かってフラムは軽く叩いた。
「…三人とも楽しそう。」
「まぁ、ワイワイガヤガヤやるのはいいけど、古城に行く為の準備をしておいた方がいいのでは無いかな。」
その様子を見た二人はそう言った。どうやら時間経過でルイ先生も元気を取り戻したみたいだ。なのでふと思った事を聞いてみる。
「それって泊まり込みなんですか?」
僕の問いかけにルイ先生は丁寧に答えた。
「その通り。Aランクの生徒はこれから練習期間に入るからトーナメントが終わる日までは君達が代わりに魔物退治をする為に、現地で暮らしてもらう事になってる。」
その言葉にマリアも続けて言った。
「じゃあ…私達も着替えとか準備しないとですね。」
しかしその言葉にルイ先生は首を横に振った。
「いや、特に無いかな。着替えとか食事など必要な物は全て現地の方々が提供してくれるらしいからな。」
凄いな。確かに僕らは一応魔法使いではあるものの生徒であって、更にその中でもCランクという最下層。
そんな僕らに優しい現地の方々は神か何かなのだろうか?
「何でそんな提供してくれるんですか?」
「その霧の古城の主さんがダスト校長と仲がいいかららしい。詳しくは知らないけどね。」
僕の問いかけにルイ先生はそう答えた。ダスト校長との関係が無ければ、今回ここまでいい待遇を受けれなかったはず。そう思った僕は心の中でダスト校長に感謝した。
「これってもしかして魔物退治を除けば軽いバカンスなんじゃねぇか?少しワクワクして来たな。」
「私も実際に行った訳じゃ無いから分からないのだが、何でも霧の古城付近には、有名な観光スポットでもあるらしい。まぁ、気を抜き過ぎない程度に楽しむのならいいんじゃないかな。」
緋色君がウッキウキでそう言った後にルイ先生が付け加える様に情報を捕捉した。何という事だろうか。最初に思っていた数倍楽しそう。
「やったわね!アリスタ。」
「そうだね。」
そんな事を考えていた僕に隣にいるフラムがそう言ってきたので、軽く返事した。
「一緒に色んなスポット巡りするわよ!」
「うん。そうしよう。」
一体そこに何があるのだろうか。美しい自然の様子?それとも人工的な建築物?色々考えていくうちに興味が湧いて来た。
そんな時に向かって緋色君が皆に向けて言った。
「折角Cランク全員居るんだからさ、四人で回るのとかどうだ?」
「そうだね。その方が楽しそうだ。」
「…賛成です。」
魅力的な提案に僕とマリアは賛同した。一方で何故かフラムは気に喰わないという様子。
「むー。」
「おいおい、どうしたフラム。頬を膨らませたりなんてしてさ。」
「意外と意地悪ね、アンタ。」
「さて、何のことだか。」
緋色君とフラムが僕にも何のことだか分からないやり取りをし終えた後、後ろからルイ先生が釘を刺す様に言った。
「くれぐれも失礼の無い様にな。」
「「はーい。」」
緋色君とフラムのいい返事。僕とマリアは頷いてその意図を伝えた。
「じゃあ。行こうぜ!レッツ!古城!!」
緋色君がそう言ってルイ先生が持ってきた見通しの地図をフラムに手渡した。
「任せなさい!」
フラムは指で転移魔法の紋章を描き上げた。ゆらゆらと揺れるその紋章の中に僕らは体を次々と入れて行くのであった。
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