第53話 末路
オルサーは神の因子とかいうものを使ったのか、その瞬間を見た訳では無いから僕には分からない。だがその身を魔物の様に変えたのは事実だ。
紛れも無く異様だ。身体を覆い尽くすほどの目玉全てがこちらを睨む様に見ているのだ。
「アリスタ君は君の友達を守ってくれ。私はアレを倒すのに全力を注ぐ。」
「分かりました。でも…無理はしないでください。」
僕の言葉を聞いて頷いたアルテミアさん。その後にフラムの手から僕は杖を返して貰って力強く握りしめた。これから僕は彼女に言われた通りに皆を守るに力を入れる事に専念する。
「来ないのならば私から行くぞ。」
オルサーは張り上げる様な声で僕らに言い、そしてこちらに向かって駆け出してきた。先程までの水魔法を使い戦っていたオルサーとは全く違う、荒々しい動きだ。
「まだ、来ると言うのなら。」
アルテミアさんがそう言ったのと同時にオルサーの身体を起点として紋章が一気に描き上げられた…が、その紋章が発動する前に抜け出して尚も走り続けるオルサー。
「今の私は全てが見える。その攻撃も、その先にするであろう攻撃も全て!」
身体中の目玉がギョッと開き、狂った様な動きでアルテミアさんの目の前まで来たオルサー。
その腕全体に水を纏い力づくでアルテミアさんに殴り掛かって行く。
だが何もアルテミアさんが無抵抗な訳じゃ無い。咄嗟に鎖を何重にも展開してその攻撃を完全に凌いでいた。
「それも見ていた。だからこうする!」
オルサーの拳を中心に水が離れてアルテミアさんの鎖の隙間をすり抜けて行く。その速さは尋常じゃ無く目では捉えられない。
だけどアルテミアさんも負けてはいない。その擦り抜けて来た水を咄嗟に描いた炎の紋章で蒸発させたのだ。
「紋章で防いだみたいだが、それこそが君の決定的な隙だ。」
オルサーは身を翻して鎖が何重にも展開されたその裏側、アルテミアさんが無防備な所へ回り込み思い切りその拳を振り下ろした。
僕はオルサーの方に杖を構えて紋章を描こうとしたが辞めた。この位置から狙ったならアルテミアさんも無事ではすまないからだ。だから今はアルテミアさんを信じるしか無い。
「なっ…!」
アルテミアさんが漏らしたその声と共に身体が軽い紙の様に吹き飛ばされた。
「アルテミアさん!」
僕は思わずそう叫んでしまった。信じられなかった。あのアルテミアさんがオルサーに圧倒されているこの状況を。
唖然としながらその場で立ち尽くす僕の耳に落ち着いた声でオルサーは告げた。
「君は他人の心配よりも自分の心配をした方がいいだろうね。」
振り向けばもうオルサーは僕の腹部に拳を僕に放っていた。何も分からないまま身体は空に浮き、そして地面に打ち付けられる。
「これが神の因子、圧倒的じゃないか。」
先程の狂った様な感じとはまた違う、何か異様な雰囲気を纏っているオルサーはぐるぐると目玉は回転し、恍惚とした笑みを浮かべそう言った。
僕の時よりも遥かに攻撃の威力が増しているのを自分の体で実感した。だがまだ動けなくなった訳じゃない。腹部を抑えさえすれば身体は動かせる。
次の攻撃に備えて僕はオルサーの方を向くとそこには身体が膨れ上がり、目玉だらけの身体から変化を始めたオルサーがいた。
その目の前に写っている情景に僕は固唾を飲んだ。最初に変わり始めたのは目玉だった。あれほどあった無数の目玉は体の中に引っ込んで、ただの人間の様な肉体へ変わる。そして髪も白く衰えた物から若々しい茶色の髪へ変化する。
僕の目の前でオルサーはその身を変えて別の存在になろうとしてた。
これ以上変化したら不味い、そう直感で悟った僕は杖で紋章を描きオルサーに向けて唱える。ドラグーンは身体に負担が掛かるからもう使えない。なら今の僕に出来る全力を込めるべきだ。
「ライトニング!!」
僕の紋章から放たれた白い光線が変貌し始めたオルサーの身体に直撃し、周りに粉塵が立ち込めた。結果はどうか分からない、だがやらないよりは百倍マシだ。
「ははは、はははははは。」
明るく愉快な笑い声、それはオルサーの物。僕は頭では無く本能で危機を察知して自分を守る為の魔法を使う為に紋章を描こうとした。
だがそれも間に合わない。
僕の身体を一瞬で貫いたのは紛れも無く、自分自身で放ったライトニングそのもの。
腹を完全に抉られた僕の身体は力無くその場で動きを止めた、そして晴れて行く視界。
映るのは先程の様な化け物と違い、神々しさを覚えさせる様な若い茶髪で蒼く澄んだ瞳を持つ青年。それはオルサーが完全に変化を終えた姿だった。
「魔法の再現さえ可能…つまり完全適合と言った所かね。我ながらよくここまで出来たという物だ。」
そう嬉々として呟いたオルサーは周りを舐める様に見渡して僕の方へ焦点を定めた。
「まだ息をしているとはね、しぶといにも程度って物があるんじゃ無いのか?」
僕の方に寄ったオルサー。その後に身体の真上から足を踏み落とす。
「ガハッ…。」
オルサーの表情は髪に隠れて完全には見えない、だがその口元は歪んだ弧を描いている。
「身体能力の確認はこの程度にして、そろそろ終わりにしようか。」
そして次の攻撃を繰り出そうとしたその瞬間、オルサーはその場から崩れ落ちた。余りにも突然で何が起こったのか分からないが、僕は痛みを堪えながら距離を取った。
「ぐわぁぁあああああああああ!!!!」
その叫びと共にその場でのたうち回るオルサー。その身体は液体の様に溶けたり、氷の様な固形になったりと無数の変化を遂げていき…やがてその身が元のオルサーへ戻った。
だがそれだけでは終わらない。その身は若い男、老いた老人、幼なげな少女、赤ん坊、ひたすらに形を留めず変化し続けて行く。
「まさか、こんな事になるとは。」
腹部を完全に治したアルテミアさんはその場に立ってそう言った。そして僕の身体にまた紋章を描いて傷を完治させてくれた。
「アレは一体?」
呻き声を上げながら悶え苦しむオルサーの事をアルテミアさんに問うと、彼女は冷たい目線を向けながら僕にこう言った。
「私にも完全には分からない。だがその身を超えた力はその身を滅ぼす…といった所なのか。」
そう言い終えた後、アルテミアさんは付け加える様に言った。
「一時的とはいえあの力は私の魔法を完全に超えていたからね。あのまま続けたのなら私も無事では済まなかっただろう。」
目の前のオルサーは勢いよくその身体を起き上がらせひたすらに暴れ続ける。
その身は僕が見たあの茶髪のオルサーだったのだが、その特徴的な蒼い瞳があるべき場所に無く空洞になっている。
「アリスタ君!まだ奴は生きている。いつ攻撃されても良い様に迎撃の準備をするんだ。」
僕に慌ててそう言った後、アルテミアさんは幾つもの紋章を一気に展開していきオルサーの身体目掛けて鎖を打ち込んだ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
叫び、嘆き、嗚咽、何と形容すれば良いのか分からないその声を上げながらオルサーは壁に身体を打ち付けられ、そして身体を強く固定された。
その後、アルテミアさんの紋章で追撃の如く巨大な炎をオルサーへ撃ち放った。
それと同時に壁は勢いよく割れて崩れ落ちる。
その先に映るのはマリアの入ったカプセルと歪みを発生させる装置。
「マリアが!」
僕は咄嗟にその方向に駆け出してしまいった。今のオルサーは何をするのか全く分からない。
もしマリアに危害が加えられでもするなら僕は僕じゃ居られない。
「アリスタ君危険だ!下がれ、下がるんだ!」
静止を振り切って僕は走り続ける。マリアの事を助ける為に、ただひたすらに。
「あがががががが!!!!」
奇妙な雄叫びを上げたオルサーは幸いマリアの方ではなく、僕の足音に気を取られたのかこちらを向きそして足を思い切り振り上げた。
僕も対抗するべく、杖を構え紋章を描きおけたその時だった。
その掲げた足により重心が崩れたオルサーは後ろに勢いよく転倒した。
僕は唖然としてその場に立ち止まる。
「みえ ない。みえ ない。 みえ ない。」
拙い喋り方で装置を手探りに起き上がり音を頼りに移動するオルサー。だがその身は歪みを生み出す機械の音の方へ進んでいき…やがてその歪みに体が取り込まれた。
「みえ ない。」
その言葉を残しオルサーは歪みの中に消えた。足、胴、そして頭。順に取り込まれている様子を僕はただ立ち止まって見ていた。
「まさか…こんな末路とはね。」
アルテミアさんの言葉で戦いは終わった。
この男の最期は自身の好奇心で生み出した因子に意識を呑まれ、挙句自分の作り上げた装置の生み出す歪みの中に消えるという余りにも悲惨な物だった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
なんとかまだ毎日投稿を続けていますが、そろそろ辛くなってきました。
ですが、最大限頑張っていきたいと思っています。