第49話 脅威
絶望した所で戦いは終わりはしない。僕らはただひたすらに、持ちうる魔法全てを放ち続けた。
ひたすらに紋章を描いて、当たるかもしれないという僅かな期待を馳せて顕現させる。
「ライトニング!!」
白銀の鎧は僕が放った光線を最小の回避で避ける。もはや掠めさえしない。
「フレイムボム!」
回避した瞬間に合わせてフラムが白銀の鎧の周りに大きな炎の爆発を起こす。
だが傷一つないその白銀の鎧は以前変わりなくこちらへと歩き続ける。
「どうすれば…。」
「私に対する決定打を持たない君らにはどうにも出来ないだろうね。」
白銀の鎧が迫る中後ろへどんどん追いやられる僕とフラム、やがて壁がその侵攻方向を阻み始めた。
「ライトニング!ライトニング!ライトニング!ライトニング!」
ひたすらに紋章を描いて打ち込み続けるのだがどれも掠りもしない。
「あ、あぁ……。」
漏れた嗚咽、隣にいるフラムの瞳も暗く濁っていて恐怖で動けないのが強く伝わってきた。
彼女の目の前まで来た白銀の鎧はその拳を高く掲げた。その行動を見た僕はただ身体をその隙間に捩じ込む。
「グハッ……。」
腹に直撃した白銀の拳、その硬さは尋常な物では無く痛みでその場に倒れたくなるほどだ。
その後オルサーは僕の首元を強く掴み上へと掲げた。そこにあるのは浮遊感と気持ち悪さ。
手から滑り落ちた杖は床に音を立てて落ちた。
「アリスタ!」
下から聞こえたフラムの叫びに僕はゆっくりと言葉を絞り出す。
「フラ…ム。皆に助けを求めてくるんだ…僕の事はいいから。」
オルサーはゆっくりと僕の方に頭を向けた。
「自己犠牲か、私はそこの少女よりも君のが人材的価値があると思うのだがね。お望みとあらば楽に殺してあげようか。」
語りかける口調は温かく穏やかで、小さな子供を愛でる様。きっとこの男はどうかしている。
「すぐにアリスタから離れなさい!」
フラムがオルサーの方へ僕の落とした杖を構えた。僕を殺そうとしているこの状況なら一撃当てる事が出来るかもしれない。
「攻撃をしたければするといいよ。ただ君を庇ったこのアリスタとかいう少年も犠牲になるだろうけどね。」
僕の体を思い切り移動させてフラムの方に向けた、その顔に浮かぶのは困惑。
「よっと。」
フラムが躊躇いを見せた瞬間にオルサーは僕を締めたまま杖を拳で振り払い、鋭い蹴りを彼女に打ち込んだ。
「きゃああああ!!」
紙のように軽く吹っ飛んでいったフラムは壁に激突して動かなくなってしまった。
必死に声を出そうとしても、目の前の光景を見てしまった僕は一言も口からは出せなかった。
「そこでゆっくりしていなさい。」
オルサーは淡々と語り終えてから僕の体は思い切り落下する。
次にいた場所は地面、嗚咽さえ漏れない。そこにあるのは体全体に響いて突き抜ける様な痛みだけ。
僕は地面に思い切り叩きつけられていた。
動けない僕の首元をもう一度掴んでオルサーは自分の顔の方へグッと寄せた。
「初めて見た時から君の姿には既視感があったんだ。本当に最近、何処かで目にした様な感じの物がね。それで傷だらけの君を見て思い出したよ。君の姿はマリアに似ている。勿論君の普段の様子なんか知らないけどね。」
オルサーは僕の頬をゆっくりと手で撫でた、そしてその白銀の拳に付いた赤い液体を指で摩りながら話を続ける。
「私は個人的に君の事は気に入ったよ。だから君の目の前であの元気なお嬢さんを殺して見せよう。その方がもっといい顔になるだろう?」
僕をその場に落としてからオルサーは壁で動けなくなったフラムの元へ足を運んでいく。
「あ…う。」
僕は無力だ。誰かを守れる力があるなんて勝手に思っていた。ただちょっと魔法の威力が強いだけで調子に乗っていたんだ。
目の前に映るのは白銀の鎧がフラムの首元に手を添えている光景。
今すぐにでも助けたい、助けなきゃならない。
でも僕の体は全く動かない。
「まだ息はあるみたいだね。普段から健康管理ができているいい体という訳だ。」
オルサーは誰に言っているのかそんな事を言いながらフラムの横腹に一回拳を叩き込んだ。
「いっ…。」
声にもならない静かな叫び、口から滴る赤色。抵抗しようと足掻く体を押さえてオルサーは何回も、何回も、何回も。フラムを殴り続けた。
「おやおや、動かなくなってしまったね。一度治してあげよう。」
オルサーは僕に傷だらけの彼女を見せながらそう言った次の瞬間、フラムの体は見たことのない光と共に傷跡が次々に再生していった。
「ほらこれで元通りだ。」
優しい声でフラムに話しかけるオルサー。だがその手に入れた力を弱める事はない。
「いや!離してよ!!」
フラムは必死に声を張って体を動かそうとするが手と足を完全に抑えられて動けない。
「よかった、まだまだ元気みたいだね。」
この男は間違いなく壊れている、人として大切な物が欠落している。
また拳を振り上げてフラムを殴ろうとしたその瞬間、彼女の体は一瞬で消えて代わりにそこには見慣れたデコイがあった。
そして入り口の方を見るとそこには緋色君、霧ヶ谷、王城がいた。そしてフラムもその後ろに居て僕は安堵した。
「ワタクシ、痛めつけられるのは嫌いではありませんが、そこにお互いの了承があってこそのプレイだと思いますぞ。」
真剣な眼差しで言ってるのだが、その内容はとんでもなく場違いだ。
「今そんな事言ってる場合かよ。」
そんな王城に緋色君が軽く突っ込んだ。
「おや…融合思念体を倒したのですか。アレを作る時には相当数の被験者を使ったのですがね。やはり数よりも質か…。」
皆が来たのに気づいたオルサーはその場から立ち上がり僕の方へと近付いてきた。
「その先には行かせないわ。」
霧ヶ谷はオルサーの前に立って、白く濃い霧を纏って権制した。
「頑張れよ、少しの辛抱だ。」
そして後ろから回って来た緋色君が僕の体を支えて、その場から入り口の方へ移動させてくれた。
「…ありがとう。」
なんとかその感謝の言葉を緋色君に伝えると、彼は笑みを返して僕の頭を強く撫でた。
「ここまでよく頑張ったな、後は俺らに任せればいい。」
僕が助けられてから、オルサーはその場で指を鳴らした。
それと同時に青く澄んだ水が壁や床、そして天井から集りやがて三体の竜の形を作り上げた。
そして彼の従える三体の水の竜はこの部屋全体に響き渡る咆哮を上げて、全ての雰囲気を一瞬で支配した。
「ここからは本気で行かせてもらおう。」
その声色は僕らに見せた優しい物から一転して、強く重い決意の感じられる物へ変化した。
最後までお読みいただきありがとうございます。
次回でなんと!連続投稿50話を達成します。
ここまで頑張れたのは、いつも見てくださる皆様のおかげです。本当にありがとうございます。