第47話 その名はオルサー
僕らが灰色の広間を抜けて奥へと進むと、そこにはあの男とカプセルの中に入れられたマリアがいた。
そして、そこの壁に取り付けられた機械の中には大きな歪みが発生していた。
「君達はまだ知らないだろうがマリアはね、特別なんだよ。」
白衣の男は僕らの方を眺めながらそう言った。
「一体マリアに何をする気なんだ!」
僕が問いかけると男はマリアの入ったカプセルと歪みを発生させている機械をコードで繋いだ。
「彼女の使う魔法は始祖の魔法と呼ばれている物でね。作り上げるその鉱石の全てが基本的な紋章魔法と違い、時間経過で消滅する事が無いのだよ。だから私の実験にこうやってよく使っていたんだ。」
カプセルに入っている液体は赤く色を変えて歪みの周りには緑色の煌めきがより強く現れた。
「いやぁぁああああああああ!!!!」
この部屋で響くマリアの悲鳴、そして機械から現れた見た事もない鉱石。
男はその鉱石を軽く持ち上げて愛おしそうに撫で回した。
「マリアを苦しめる様な事は今すぐにやめろ!」
その光景を見た僕は力強く声を上げて杖を男の方に構えた。
「仲間をこんな目に合わせるなんて!アンタは絶対に許さない!」
フラムが先に走っていき手で紋章を描き上げたのだが、それを見た男は呆れた様に僕らに告げた。
「今はまだやめておけ、君達がこのタイミングで魔法を使えばマリアの命は無い。」
男はマリアの入ったカプセルを盾にする様に後ろに隠れた。
「卑怯者!」
フラムの描いた紋章からは炎が少し漏れ始めておりいつ暴発するか分からない。僕はそんな彼女の手を抑えて静止する
「フラム、悔しいけど奴の言う通りだ。僕らが今魔法を使えばマリアも無事じゃ済まない。」
「でも…だったらどうすればいいのよ!」
僕も彼女の気持ちが痛いほど分かる。今すぐにでもこの憎い男を魔法で吹き飛ばしてしまいたいのだから。
そんな僕らの様子を見ていた男は改めてこちらに語りかけてきた。
「そこのとんがり帽子はこの状況下にありながら、賢明な判断が出来るのは見込みがある。私は君みたいな思慮深い人間は嫌いではないからね、ここで一つこの世界について教えてあげよう。」
この男は僕やフラムの答えなど聞く事は無く一方的に話を続けた。
「歪みは別世界と繋がるゲートの様な物。これまでの研究データを集めて分かったのはその世界には魔法が無いかもしれないという事だ。ではこの世界における紋章を使った魔法とは一体何なのだろうね。」
男は話し終えて満足したのか物凄く明るい笑みを浮かべながら僕の方を見つめた。
その視線にある妙な期待や希望を僕は振り切って言い返した。
「そんな事はどうでもいい、早くマリアをそのカプセルから解放するんだ!」
僕の言葉を聞いた男はさっきとは打って変わって非常に残念そうな視線をこちらに向けてきた。
「君も他の有象無象の基盤に囚われている者だったみたいだね、とても残念だ。」
その言葉を言い終えた後、虚空に向けて男は指を鳴らした。それと同時にマリアと機会がある場所を壁が覆い始めて、無から現れた鎧が男の身に纏われてゆく。
「この男が何を考えてるか分からないけど嫌な予感がするわ。」
フラムは真剣な表情でこちらに伝えてきた。
「同感だよ。」
僕がそう返したのと共に目の前の男は全身を完全に白銀の鎧が包まれた状態へと変貌を遂げていた。
表情は分からないがその余裕に溢れた仕草を見るに、相当その力に自信があるのだろうか。
「さぁ…偉大で愚かな魔法使い達よ。君達が私を倒せる自信があるならば、持てる全てを使い死ぬ気でかかってきたまえ。」
男はこちらへゆっくりと足を運び始めた。その動作を見たフラムは紋章を描き上げてその男方へ向けた。
「当然あるわよ。来なさい、ボルケニックフレイム!!」
その勢いよく放たれた炎球は白銀の鎧に向けて勢いよく向かっていったが男が軽く避けて当たらなかった。
「面白味もない魔法だ。少しは私を楽しませてくれる物だと思っていたがね。」
僕も紋章を描き上げて男の方に向ける。今さっきのフラムの動きが読まれていたのなら、僕のライトニングレイで変則的な攻撃を仕掛ければ当たるはず。
「ならば、ライトニングレイ!」
紋章が緑色に煌めき現れた光の光線は一度白銀の鎧の横を掠めて飛んで行った。
「そんなあらぬ方向へ飛ばして…君もそこのお嬢さんの様にちゃんと狙いたまえ。」
男は呆れた様に僕らに語りかけてきたが、そんな事は関係ない。その掠めた光線は勢いよく曲がり男の後ろ目掛けて勢いよく飛んで行った。
確実に当たると僕は確信していた、だが男はその攻撃も先程の様に軽く避けた。
「なるほど、曲がる光線という訳か。」
男は少し喜んだ様にそう言った。
「僕の死角からの攻撃が擦りもしなかったなんて。」
僕は言葉を漏らす、当たるはずだった。あの言葉を信じるならば男はこの魔法を知らないはず。
だというのに僕の攻撃は当たらなかった、まるでそこから攻撃が来るのを知っていたかの様に。
「ちょこまかと避けるのなら、フレイムヴェール!!」
フラムが男にまた魔法を放った。今さっきの大きな火球とは違って鎧の周り全てを包みこむような炎だ。
だがその白銀の鎧にフラムの炎が燃え移る事は無く、男がその余裕な姿勢を崩す事はなかった。
「少しは考えられるじゃないか、だがこの鎧に魔法は決して効く事はない。マリアの魔法で作り上げた魔導絶縁鉱石を使った物だからね。」
僕は男に向かって杖を構えながら問いかける。
「マリアにその鎧を作らせたのか!」
「その通り。マリアは神にも等しい創造の力の一部を引き継いだ娘なのだよ。まぁ…その身に宿した神の因子を試しに何度か実験体に使ったのだが、結局全てが失敗に終わった。」
男は戦闘中という事さえ忘れた様に話を続けていく。
「そうそう。君達の仲間を足止めしている融合思念体は、因子を体内に適合させる為の実験の過程で、失敗した被験体の脳や臓器を組み込んで生み出したキメラという訳だ。今でもそれぞれが別の意思を持っていて、元の姿に戻ろうと必死に足掻くんだ。人の体に戻れる訳なんて無いとはいうのに。本当に滑稽で面白いとは思わないかね?」
その場で高笑いするこの男。残酷で非道な行為をしているこんな奴を許してはいけない。
湧き上がる怒りと共にフラムも同じく隣で拳を硬く握りしめていた。
「もうそんな話どうでもいいわ!!アリスタ、合体技でこのクズ野郎を吹っ飛ばしてやるわよ!!」
彼女の合図で僕は頭を縦に振った。
「そうだね、こんな奴は生きていたらいけない!」
僕らは息を合わせて互いに持ちうる最強の魔法を重い描きながら紋章を重ねた。
紋章はやがてその大きさを増してゆき緑色の煌めきと漏れ出す炎の勢いが増してゆく
最上級に高まった魔法の意識を感じながら全力でその名を共に叫ぶ。
「「エクスプロキオン!!」」
紋章から現れた炎と光の渦は白銀の鎧だけで無くこの部屋全てを覆う程の巨大さで全てを勢いよく飲み込んで行った。
「私の想定を超えてきたか。」
光と炎が支配する轟音の中、男の声が微かに発した言葉が聞こえた。
そして光は潰えて炎が燃え尽きた時、そこは全てが炎で黒焦げになり光が周りの壁を破壊し尽くした後の残骸が残っていた。
その光景から確実に男を倒したと思っていた…だがその瓦礫を吹き飛ばして白銀の鎧がその身を現した。
「そんな馬鹿な。」
言葉を漏らす、あの魔法でもダメだったら一体どうすればいいというのだろうか。僕の隣にいるフラムの瞳にも深い恐怖が表れている。
絶望に包まれた僕らの前に立つ憎いほどに眩しい白銀の鎧が語りかけてきた。
「最後に君達に教えてあげよう。私の名はオルサー。この世界を探究し、全ての叡智をその手に掴む者だ。」
オルサーと名乗ったその男。最後というその言葉の意味を悟った僕らはその場から動く事が出来なかった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたのなら嬉しいです。
あと三話でとうとう50話でございます。ここまで私が頑張れたのも皆様のおかげです。
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