第46話 理想の対価
扉の奥には下へと続く大きな階段があった、マリアを連れ出した人物は下に居るという事なのだろうか。
不安になりながらも皆でその階段を降りて行ったその先は広い通路になっていた。
奥へと進んで行くごとに周りに増えてゆくよく分からない機械や見知らぬ物体が入っている水槽。
「何に使うのか知らないけど色々な物が置いてあるわね。」
フラムは不思議そうにその水槽や機械を覗き込んでいる。
「そうだね、一体何に使っていたのかな?」
僕らがそう話していると後ろから緋色君が何かに気付いたのか肩を叩いてきた。
「どうしたの緋色君。」
「あの中に入ってんのはもしかしたら道中で出くわした連中の体から流れた血液…っていうか液体じゃないのか?」
緋色君が言っている連中っていうのは道中で倒れていたフルフェイスヘルメットを被ったスーツの人達のことだろうか。
「それって本当なの?」
フラムがそう確認するとさらに後ろにいる王城が返してきた。
「本当ですぞ、ワタクシもこの目ではっきり見ましたのでね。」
何故そんな物がここにあるのかを疑問に思いながらも、僕らは話しているうちに機械と水槽だらけのこの場所を抜けて広く周りが全部灰色な場所に出た。
そこの奥に居たのは白髪でサングラスを掛けた白衣の男と道中で見た物と同じ液体の入ったカプセルの中に入れられたマリアだった。
「何してんだお前!」
緋色君がそう言うとその男は不敵な笑みを浮かべながらサングラスを外してこちらを向き不敵な笑みを浮かべた。
お互いに言葉は無く、緊張がこの場を支配する。やがて男の方が口を開き話し始めた。
「そこに居る魔法使いの君達に問いたい。この世界における魔法はおかしいと思わんかね?」
その男は緋色君の言葉に応える事なんてせず、ただ僕らに問いかけてきた。その中にあった、おかしいという言葉に僕は不思議に思いながらも言葉を返す。
「おかしいって?」
その言葉を聞いた男は僕ら全員を見ながら呆れた様に手をフラフラとさせた。まるで話にならないと言った素振りである。
「まぁ、奴が作り上げた基盤に組み込まれて生きている君達は疑問に思わないのが普通だろうさ。だから一つヒントを教えてあげよう。」
男が一度話を辞め、僕らは皆緊張感を保ちながらそれぞれが臨戦体制に入る。
その様子を見ても男は動じる事なく、むしろ余裕ある姿勢のまま口をゆっくりと開いた。
「全ての理想には絶対的な対価が伴う。これが本来あるべき世界の摂理なんだよ。」
その言葉の真意は分からない、この男が言う理想と対価、そして摂理とは一体なんなのか。
悩む僕の隣にいるフラムは男の前に出た。
「理想だかなんだか知らないけど、マリアを解放しなさいよ!」
最もな意見、確かにマリアを誘拐してよく分からない水槽に浸している時点でこの男がおかしいのはすぐ分かる。
だと言うのにどうしてかその狂った男の語る内容にに惹き込まれてしまった自分がいた。
「元気がいいお嬢さんだ。これからマリアの友達である君の様な子を実験に使えると思うと凄く興奮するよ。」
男はマリアの入ったカプセルを愛おしそうに撫でながらそう言った。
視線も口調も様子も全てが真っ当なのに発言している言葉から漏れ出す異質さが怖い。
「それってアタシが負けるって意味?」
フラムがそう言うと、男は一通り僕ら全てを指差していきながら答えた。
「いや、君だけじゃない。ここに居る君達全ては私の作り上げた融合思念体の前に破れるのだよ。」
そして男が指を鳴らすと同時に壁や地面から集まり始めた緑色の液体が形を作り上げてゆく。
やがてそこにはこの広い部屋さえも覆う大きなゲル状のスライムが現れた、これが男の言った融合思念体という奴なのだろうか。
理解ができない事が多すぎる中、一つ分かるのはこれが僕らと敵対する存在だという事。
「来るぞ皆!」
緋色君の言葉を聞いて僕は杖をフラムは手を、王城はデコイを緋色君はカードをそれぞれ構えた。
「では、ゆっくりと楽しみたまえ。」
男はスライムを盾にしてマリアの入ったカプセルを移動させて奥へと移動し始めた。
緋色君はその様子を見て僕らに言った。
「ここは俺と王城に任せてアリスタとフラムは男を追うんだ!」
その言葉を聞いた僕は緋色君達をこの場に残す事に申し訳無さを感じながら答えた。
「分かった。緋色君達も気を付けてね。」
そう告げると王城と緋色君はスライムと戦う準備をしながら応えた。
「ご安心をワタクシと緋色殿のコンビならばいかなる敵も相手ではありませぬぞ!」
「あぁ。だから心配すんな!」
その言葉を聞いて安心した僕は隣のフラムから声をかけられた。
「行くわよアリスタ!急がないとあのイカれ男にマリアが何されるかわからないわ!」
「そうだね。急いで奥に行こう!」
男を追いかけ僕とフラムはこの場を緋色君達に任せて奥へと足を進める、その先に待ち受けるのが世界の根幹を揺るがす物だとしても。
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