第41話 忘れておこう。
少しだけ薄暗い森の中、足元をよく見ながらフラムの持つ灯りと隙間から見える魔鉱山を頼りに出口を目指す僕ら。
「しかしまぁ、なんでこんな辺鄙な場所にマリアは居るのかしら。」
「本人が好きでこんな場所に居るとは思えないしやっぱり誰かに連れ去られたんじゃないかなぁ。」
「そうよねぇ、でもアタシならその連れ去ろうとする奴を炎で焼き尽くすけどね。」
彼女はそう言ってもう片方の手から軽く炎をボォッと出した、やはりフラムが言うと冗談には聞こえない。
「あははは フラムが言うとより一層怖いね、ちょっと寒気がしてきたよ。」
「あらそうなの、じゃあ暖めてあげようか?」
命の危機を感じ取った僕はすかさず答えた。
「丁重にお断りさせて貰おうかな…。」
そんな感じで僕らは森の中の草木をかき分けながらベラベラと話し前へと進んで行くと僕ら以外の枝が折れる音が聞こえた。
ボキッ
「…フラム?」
僕が問いかけると彼女は首を横に振った。
「アタシじゃないわ、何か居るかもしれないから警戒しましょ。」
フラムの提案に乗っかって僕は杖を構え臨戦態勢に入る。
ガサ
ボキッ
ゴソ
「何かこっちに来てるわね、こちらの位置が分からない様に一旦火を消すわ。」
フラムの指先から灯されていた魔法の炎がシュッと消えて周りが更に暗くなった。
だが彼女の言う通りもし僕らと敵対する存在がこの光を頼りに歩いて来てたら危ないし、リスクを減らすのなら有効と言えるだろう。
「そうだ…ムグッ!」
フラムに手で口元を塞がれ草むらに隠れた。
それと同時に暗くてよく見えない目の前から何か大きな生き物が歩いて通り過ぎていった。
そしてもう一度頭だけ出してあの生き物が通り過ぎた事を確信してその場から立ち上がった。
「行ったみたいだね。」
フラムにそう呼びかけるが何故か草むらに隠れたまま震えて動かない。
「…」
ガタガタと小刻みに揺れている彼女の方にもう一度体を近づけて問いかける。
「フラム?」
「アレ…見た?」
恐る恐る話始めたフラム、何故だか分からないけど僕の服の袖をがっしり掴んで離さない。
「アレってあの通り過ぎていった奴の事?」
「見てないの?」
「ううん、見てないよ。」
僕が首を横に振ると彼女は更に僕の方に近づいてきて耳元で語りかけてきた。
「マリアがいた。」
その言葉に驚いた僕は間抜けな声を出してしまう。
「え…。どういう事?」
「アレはマリアが沢山合体してて、それで人じゃない。訳が分からないのよ、あんなの信じられない。」
突然パニックになったフラムは僕に向けてマシンガンの様に、アレの詳細を告げてくるが言葉がめちゃくちゃになっていて分からない。
「一旦落ち着いて。」
僕が更に震えるスピードが増した彼女の肩を向き合って押さえたその瞬間、フラムの瞳から光が消えて声にならない声が彼女の口から漏れ出た。
「ひゅっ…。」
涙が溢れんばかり流れ落ち顔面が真っ青になったフラムを見て察した。僕の後ろに例のアレがいるのかもしれない。
音はしなかったのに何故…?いや。僕らは最初から勘違いをしていたのかもしれない。
「いやぁぁぁあああああ!!!」
「ライトニング!!」
恐怖の限界を超えた彼女の叫びと共に僕は振り返って紋章魔法を放ち、アレを消し飛ばした。
いや、そこに転がる残骸はアレではなくてアレ達というのが正しいだろうか。体の部分が歪に繋ぎ合わされた様に見える。
「…ッ。」
それを見た僕は辛うじて元が分かる頭部を見て思い切り息を飲んだ、体からこれまでにない寒気がする。
アレの頭部は見間違えるはずもない…美しい毛並みと澄んだ青い瞳は紛れも無くマリアの物だった。
そして僕がアレを倒したのと同時に草むらや木々の隙間からワラワラと同じ様な歪な生き物が現れてこちらに向かってきた。
最低だ、こんな事があっていい筈は無い。
だが目の前の歪な生き物は自らの存在を僕の意識に叩き込んでくる。それと同時に気配で分かった…戦わなきゃ、やられる。
「フラム、手を貸してくれ!」
彼女は目を伏せてアレから視線を逸らした。
「で、でも。アレは…。」
彼女が躊躇うのは分かる。同じ同級生の友達と同じ顔の化け物なんて倒したくない。
だけどここで僕らがやられたら誰かに犠牲になるかもしれない。これ以上被害を出さない為には戦うしかない。
「gdmpd…gampxpmtjwgddw!?」
アレがその場から動けないフラムの方へ飛びかかるが、それを僕の杖で思い切り地面に叩きつける。
そしてその場に座り込んだフラムの体を掴んでその場から立たせて告げる。
「戦うんだフラム、僕ら魔法使いは歪みを是正するために今は戦うしかないんだ。」
足が震えている、フラムへ向けた言葉も半分は自分を鼓舞する為の物だ。
僕は倒れているアレに向けて紋章を描き上げる、いつにも無く光は強さを増して周りを緑色に照らし上げて包み込む。
「ライトニング!!!!」
紋章から放たれた極太の光線は化け物ごと地面を抉りその場に大きな穴を作り上げる。
「アリ…スタ?」
戸惑いその場から動かないフラムを後ろに、すかさずこちらに向かってくるアレに第二波の紋章を向ける。
「ライトニング!!!!」
光線は化け物を一瞬で消しとばし木々を粉砕しながら遥か彼方見えない所まで飛んで行った。
気持ちが悪い、何故アレはマリアの姿に似ているんだ。今にも吐きそうで倒れてしまいたい。
「これで…終わりだ!!!」
残った頭部だけのスライムに向けて紋章を構える。腕が震えた、曲がりなりにも彼女の顔と同じ物だから。
だが言葉が頭の中に響いて離れない。
[躊躇いは僕らを殺す。]
何で記憶を失っていたんだ…。
脳裏に過ぎる血と肉と骨と…あの子の…。
分からない!もう僕は…俺は!私は!!!
「うわぁぁぁああああああああ!!!」
そうか…最初から僕は。
音が消えた。
何も聞こえない。
紋章から放たれた今までに無いほどの眩い煌めきは周りを全て真っ白に塗り替えた。
全部が飲まれていく、真っ白に。
〜
「アリスタ…。」
僕を呼ぶ声が聞こえる。
「アリスタ!起きてよ!ねぇ…!」
体が揺さぶられて僕は目を開くとそこには涙を流すフラムがいた。
そして今いる場所は今さっきまでいた様な暗い森とは思えない程明るく見晴らしがいい草原に僕らは居た。
「これは…一体。」
「うわぁぁあん!アリスタぁ!!!」
「ちょっ…!」
泣きじゃくるフラムが勢いよく僕の胸に飛び込んできてその場にパタリと倒れてしまった。
「良かった、生きてて良かったよぉ。」
普段の彼女からは想像の出来ない姿に少し戸惑いながらも、取り敢えず頭を撫でた。
「迷惑をかけてごめん。」
「アリスタが生きてるならそれでいいのよ。本当に良かった。」
少しだけ落ち着いた彼女に僕は問いかける。
「ここはどこ?」
「今さっきまでいた森だよ。ここから魔鉱山が見えるでしょ?」
彼女がいう様に今さっきまで目印にしていた魔鉱山が見える。
「そうだね…でも肝心の木は?」
「アリスタの魔法で全部吹っ飛んで行っちゃった。」
「え、嘘ぉぉ!!!!」
「本当だよ!アタシ見たもん!一瞬で全部消えちゃったんだよ!」
「…。」
あの時の僕は一体何を考えていたんだっけ、どれだけ考えてもやっぱり思い出せない。
だけどあの化け物の事は覚えている。マリアの姿に似ていたあの怪物を。
「フラム…あの化け物は?」
「化け物…?」
ポカンとするフラム、まるで見た事も聞いた事も無く何も知らないかの様に。
「そう…か。」
余りにも大きなトラウマになって忘れてしまったのかもしれない、だけどその方がいいだろう。
僕だって思い出すだけで手の震えが止まらないのだから。
「アリスタも起きた事だし先を急ぎましょう?」
「そうだね。」
間違いなく何かが間違っていて、考えがすれ違っている。意識が混合して内側から溶け合う様な気味が悪い気分。
だけどあれが悪夢なら。僕らが少しだけ昼寝をした悪夢ならば、現実じゃない。
この事は忘れてしまおう。そして記憶の扉に鍵を閉めてもう開けないでおこう。
自分が信じなければそれは現実じゃない、ただの幻か何かだ。
「行こうか。」
その言葉を発して僕は体を起こした。
最後までお読みいただきありがとうございます。
仕事や学業など、いつもお疲れ様です。
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。