第36話 歪曲する極光
暗い学院の部屋の窓の外を眺める一人の老人、それはこの学院を支配し頂点に立つ男ダストである。
「枯れ木寸前だったあの神樹にもこれだけ葉が現れたか…。やはり紋章の力は絶大と言った所かの。」
何かをぼやくダスト、そんな彼の背後に白く薄い霧と共に現れる銀髪の少女。
「霧ヶ谷戻りました。」
霧ヶ谷と名乗るその生徒はまだ幼げな風貌でありながらそれと反する異様なオーラを放っているがダストは気にせず答えた。
「ふむ、どうであったか?」
そう聞かれた少女は何処からか魔物の死骸を取り出してダスト校長に見せた。
「また小さな歪みが学院付近の山で発生していました。しかもこれまで見た事のない新しい個体です。」
「そうか、その死骸はこちらで預かっておく、後で解析部に回しておくのでな。」
ダストの言葉を聴き終えた霧ヶ谷は本当に微塵も興味が無さそうな表情で淡々と話を続ける。
「それとその歪み付近に居た貴方の孫娘と一人の学院生に危険なので戻る様に促しておきました。」
「なんじゃと、フラムがか?」
「はい、特徴的なとんがり帽子を被った生徒と行動を共にしていました。」
「フラムは怪我をしていないじゃろうな?」
同行者の事など全く気にしていないように取り乱すダストに対して冷静に応える霧ヶ谷。
「それなら大丈夫です、私が来るまで帽子の生徒がフラムさんを守っていたみたいで傷一つありませんでした。」
「御苦労じゃったな。お主がが前していた話じゃが…善処しよう。」
「ありがとうございます。では…私はこれで失礼します。」
最後の最後に何故か寂しげに俯いた霧ヶ谷は暗い校長室から霧と共に消えた。
そして誰も居なくなったこの場所でダストはまた何かを呟く。
「傷がついては困るのだ…。アレは扉を開く為の鍵なのだからな。」
暗闇に閉ざされたこの空間に残るこの老人はここには無い何かを追い求める様にそっと窓に手を伸ばした。
〜
気がつけば平坦で何も無い黒い部屋にいた。
後ろを振り向くと黒髪で真紅の瞳を持つ自分と瓜二つな少年がこちらへと歩み近づいてくる。
「君は…?」
僕の問いかけが聞こえていないのかその少年は歩みを止めず、やがて僕の横を通り過ぎて更に奥の方に行ってしまった。
すれ違う瞬間に見えたその少年の涙が気になって僕はその後を追いかけて行く。
「力を失ってしまった彼には何も無かった。」
「下に降りた彼はそこで一人の少女に出会い、沢山のモノを与えられ満たされた。」
「だがその少女は少しずつ壊れていく呪いを背負っていた。」
「彼はその子を救う為に足りない力を補うべく戦い、奪い、滅した。」
「下の地で最後の一人になった彼はようやく半分の力を取り戻した…しかし間に合わなかった。」
「もうそこにはあの子は居ない。」
「彼は守れなかった。」
その黒色は奥へ進むほど光さえも吸い込みそうに深く暗くなっていき同時に僕の頭の中に言葉が浮かんでは消えて行った。
その暗闇の居心地の悪さを堪えながら追いかけて行くとやがて少年は歩みを止めた。
足元に見えるのは歪みから現れる魔物の様な得体の知れない生き物の残骸と血の湖。
少年はその残骸から一つの目玉を拾い上げで抱き寄せた。
「約束する…ボクがこの世界を…。」
そう俯き呟いた少年の流す涙に共鳴する様に深い黒色の瞳は光を宿した。
〜
ベッドから体を起こす。
「あれは…なんだったんだろう。」
僕の顔にはあの夢の影響か少しだけ涙の筋が残っていて少し手が震えている。
僕は前も似た様な夢を見ていた…。一体これは何なんだろうか、凄く嫌な胸騒ぎがする。
慌ただしく走る足音がドンドン近づいて来て扉を勢いよく開いた
そこにいたのは息切れしかけている緋色君だった…何があったのだろうか、事態が全く飲み込めない。
「大変だアリスタ君、会長がAランクの連中に誘拐された!!」
「なんだって!?」
「こんなものが俺らの部屋の扉に貼られてたんだ!
緋色君はポケットから乱雑に紙切れを取り出して僕の前で広げた。
そこにはマリアを誘拐した事と闘技場に来る様にという内容が書かれていた。
「どうしてそんな事になったのさ!」
「心当たりなんてある訳…ある…わ。」
「その心当たりって何なの?」
「その…Aランクの連中を吹っ飛ばした。」
言葉を詰まらせながらもトンデモ発言をした緋色君、何が原因なのか分からないこどランク至上主義のここでそんな事するなんて信じられない。
「とにかく行こう!このままだとマリアが危ない!」
「あぁ。」
〜
僕も緋色君も移動に関する魔法が全く使えないので自分の足で地面を蹴り飛ばしながらマリアの元へと急ぐ。
そして闘技場の前に辿り着いた僕らは息切れしながらも扉を力強く開いた。
「約束通り来たみたいだな緋色ォ!お前から受けたこの傷の借りを返させてもらうぜぇ。」
僕の事なんて眼中に無い様に緋色君に向かって偉そうに叫ぶ
その玉座に座り踏ん反り返ったAランクの生徒は身体中に包帯を巻かれており異質なオーラを放っている。
なんとそこにはその男以外にもAランクの生徒達がそこら中一帯に居て誰もが杖をこちらに構えている。
そしてその一番奥の舞台にマリアが力無く横たわっている。奴らに何かをされてしまったは分からないけど、その体がピクリとも動かないから不安で仕方ない。
「こうなっちまったのは俺の責任だ。すまないアリスタ。」
「僕は大丈夫だよ…でもマリアが。」
「だよな、そこで一つ俺から頼みがある。」
「頼みって?」
「俺がこの状況を打開するからその後アリスタは会長を助けてやってくれ。」
今までに見た事の無い位真面目な表情の緋色君は硬く拳を握りしめてその鋭い眼光は目の前の幾多もの敵を見据えている。
「分かった、でも無理はしないでね。」
「あぁ…。」
そんな緋色君を見て満足そうに高笑いをしながら玉座の男はAランクの生徒達に指示を出した。
「行くぞ、炎魔法を集結させて全て焼き払ってやる!」
目の前で描かれた紋章から光る緑色の煌めきは徐々に力を増して行く。
いざこういう状況に追い込まれると僕も冷静でいられない。
ここまでずっと自分の使っていた紋章が僕に牙を剥くなんて思ってもいなかった、背筋が凍りそうなくらいに怖い。
震える足を意地で押さえつけながら何とかこの場に立つ僕に反して緋色君は嫌なくらいに冷静で表情を一つも崩さない。
「これは俺の切り札、使いたくは無かった…だが。」
そう言った緋色君は懐から一枚のカードを取り出した。
それと同時にAランクの生徒達の前にあるいくつもの紋章はその輝きを増して信じられない程巨大な炎を生み出した。
「くたばれぇ!緋色ォ!!!」
こちらに向かってくる炎に怯んだ僕は体を動かす事も出来ずその場で佇む。
「これで全て終わらせる!」
その炎が僕らにぶつかる刹那、緋色君はその一枚のカードを天高く掲げ周りに半透明の城壁を張り巡らせて炎を防ぎ切った。
そこにはperfect shieldと書かれていた。
「何だとぉ!?」
そしてそれと同時に僕らを取り囲んでいたAランクの生徒達が次々と消滅していった。一体これはどういう事なのだろうか。
「緋色君…これは一体?」
「恐らく俺らを取り囲んでいたあの生徒達…それが奴の魔法だったのさ。」
淡々と結果を語る緋色君、そこにいつもの明るさは全く無い。
それに反して玉座の生徒は声を荒げて緋色君の方に問い叫ぶ。
「何故俺様の兵士が消えたんだ!何故だぁ!!!」
「簡単な事だ、これが攻撃を封じる"完璧な盾"だからだ。完璧である為にお前の魔法はこれが防げるレベルまで落ちたんだよ。」
何か意味が深そうな事を言った緋色君はその力の反動なのかその場に倒れ込んでしまった。
「俺は当分体を動かせない…だからアリスタ君、後は頼む。」
「分かった。」
僕は緋色君をその場に残して舞台に横たわるマリアの方へと走り始めた。
「ふざけるな!俺様が二度も負けるなんてあり得ないんだ!!」
玉座の生徒は魔法で空に浮きながらマリアのいる場所に移動し彼女の体をこちらに向けて盾にした。
「卑怯だぞ!」
「だがこれでお前も攻撃出来まい!ハハハハ!!最初からこうしていれば良かったんだ!!!」
狂った様に笑いながらマリアの首元を掴みこちらに見せつけてくる。
「やめろぉぉお!!」
叫びも虚しく玉座の生徒はマリアの後ろから僕の方に魔法をドンドン打ち出して来る。
「ぐわぁぁぁぁあああ!!」
体に命中した光弾が僕を吹き飛ばして地面に叩きつける。
「緋色が居なければお前なんて敵じゃねぇんだよぉ!」
そう言った奴は僕に見せる様にマリアの体をベタベタと汚い手で触り始めた。
無抵抗な少女をこんな目に合わせてる奴に怒らない奴なんていない。
その時僕の中で何か大きなイメージの爆発が起こった。
光の波動が曲がり対象を射抜く そのイメージ
今頭に浮かんだこの直感で奴を倒す。
紋章よ…今だけでいい僕に力を!!
「消えろ!ライトニング・レイ・フォトン!!!!」
紋章から現れた光の波動は勢いを増しマリアの方へ向かって行く。
「はっ?この女ごとやる気なのかぁ!!!」
「違う!倒れるのはお前だけだ!!」
「何ィ!!」
その波動はマリアの体を避け後ろに居る玉座の生徒だけを捉えて吹き飛ばした。
「ふぎゃぁぁぁぁああああああああ」
ソイツは壁に叩きつけられ玉座から転げ落ちその場にゴミの様に倒れた。
僕はソイツの事も緋色君の事も後回しにまずマリアの方へと向かった。
舞台に倒れている彼女の体わ抱え呼びかける。
「マリア!返事をしてくれ!」
「…」
ゆっくりと蒼い瞳を開いてこちらを見つめてきたマリア。よかった…意識はあるみたいだ。
「…アリスタ…さん?」
何でだろう、身体中凄く痛い…頭から血が落ちてきてる。
視界も歪んできてまともにマリアの顔も見れなくなってきた。
「ごめん。」
一言彼女に伝えて僕は意識を失った。
最後までお読み頂きありがとうございます。
少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。