第33話 霧雨
太陽が暮れた暗い山道に生茂る草木を掻き分けながら進む僕ら。周りの景色は何が何なのかさっぱり分からない。
足元も怪しいそんな道のりをゆっくりと踏みしめながら進む僕ら。
「もうすっかり暗くなっちゃったし周りがよく見えないわね。」
「こんな状況で歪みを見つけられるの?」
「それなら大丈夫。アタシに任せなさい。リトルフレイム!」
そう言った彼女は自信満々に紋章を素早く描き上げてその中から炎が現れた。
「なるほど、その炎で周りを照らして視界を確保しようって事か。だけど周りに燃えやすいものが多いけど大丈夫?」
僕の不安など全く気にしない様にフラムは両手を腰に当てながら答えた。
「この魔法は周りを燃やしたりする程の火力が無いし問題無いわ。」
そう言った瞬間周りに無造作に生えている草の一部にその炎が当たり少しだけ赤色に光った。
だが彼女の言う通りその光が燃えるほどの力を持っておらず炎から離れた後すぐに消えた。
「これで視界は確保できたけど肝心の歪みはどう探すの?」
「これを使うわ。」
今さっき倒して地面に転がっていたあの化け物の残骸を見せてくるフラム。一体これを何に使うというのだろうか。
「これをどうするの?」
「アタシの炎は触媒を与えれば索敵させる事も出来るのよ こんな風にね。」
彼女は自分の周りを飛ぶ小さな炎の中にその化け物の残骸を放り込んだ。するとその炎は火力を増して残骸を全部跡形も無く取り込んだ。
そして色が赤から青に変化したその炎はゆらゆらとフラムの近くから離れて奥の方へ飛び始めた。
「この炎を辿ればその先に歪みがあるわ。行くわよアリスタ!」
「うん。」
そう言ったフラムはその炎を追いかけ始めたので僕もその後に続いて行く。
この炎を辿った先にある歪みと対峙する事を考えて僕は杖を持ち直した。出来るだけ早く紋章が描ける様にした方が戦闘では有利になると思ったからだ。
しかしこの山はあの巨大なドラゴンといい今さっきの手みたいな化け物を生み出している歪みがあったりとまるで何か根本的な問題がある様に思える。
そんな事を考えていた刹那目の前を進む青い炎とフラムが歩みを止めた。
「「425643g43+5paj5734697<!!!!」」
フラムの横からその光景をみて絶句した。今いる場所の崖下の辺り一面に何体もの人体の一部を模した化け物が数え切れないほどいる。
その中心には次元の割れ目の様な歪みが存在している。
「想像していたよりも居るわね。ねぇアリスタ前アタシにぶっ掛けてたあの油今化け物の群れに向けて出せる?」
彼女の問いかけで全てを理解した。どうやら僕の魔法で油を化け物にぶっ掛けてフラムの炎でまとめてあの化け物達を倒そうと考えているみたいだ。
「分かった。」
僕は杖であの化け物の方に紋章を描いて流れゆく水のイメージを込める。
「ウォーター!」
そして僕の掛け声と共に紋章から放たれる大量の油はあの無数の化け物達に直撃した。
「あとはアタシがやるわ。ボルケニックフレイム!!」
フラムも僕に続いて紋章を描き上げてその中から巨大な炎を化け物に向けて放った。
「3480gdtpwwt435916gdwpjwjd?!!」
炎で一気に焼かれて得体の知れない機械的な音で喚くその化け物達。その人体の一部を模した外見は遠くから見ていても本当に不気味で気持ちが悪い。
「一応これで終わりかしら?」
崖下から目線を離してこちらを見ながらそう言ったフラム。僕もそれに応える様に言葉を返そうとしたその瞬間。
「u4269n4319i72649s!!!!」
崖下にいた化け物とは違う個体がフラムに向かって勢いよく突撃してきた。その反動で体制を崩した彼女は燃え盛る崖下に向かって落下していく。
「嘘…?!」
「フラム!これに捕まって!!」
僕はただ無心になってフラムの方へ駆け寄り自分の持っている杖を差し出す。
「フラム…大丈夫?」
…杖の先に重みがある。視界をその重みの方へ向けるとかろうじて杖の先端に捕まる彼女がいた。
安堵できる様な状態では無いけどどうやら間一髪でフラムを助けれた様だ。
「何とか助かったわ。」
「良かった。今から引き上げ…。」
僕は大切な事を忘れていた。彼女をこの崖下目掛けて吹き飛ばした化け物の存在に。
「725496364gatgngmawpwn?!?!」
化け物の全体は分からないがこちらに近づいてきているソレは勢い良く僕の体に打撃を加えてきた。
「ウグッ…!!」
「アリスタ…どうしたの?」
その打撃の勢いは体を駆け巡り震えを生み出した。だがそこで僕が力を抜いたらフラムがこの下に落ちてしまう。
それだけは絶対にダメだ。
「なんでも…ないよ。」
それにきっと今一番不安なのは杖に捕まっているフラムだ。僕がこの化け物を倒せる様な状態じゃない事を伝えて絶望させたくない。
「gampkdm7257669gajx!!!!」
化け物の勢いある攻撃は止まらない。何発もの打撃が僕の頭や背中足などを打ち付けていく。
だがそれを避ける事も反撃する事をしようとすればフラムが落ちてしまう。
「……。」
目眩がする。
吐きそうになる。
気持ちが悪い。
「アリスタ!上で何が起こっているの?!」
不安そうに問いかけてくるフラムの声が何度も何度も頭の中で響く。
「あ…血だ。」
打撃は僕が死ぬまで終わる事無く続く。
流れていく血の量さえ分からなくなる。
だけどこの杖を離す訳には行かない。
離したなら僕は僕であり続けられない。
「アリスタ!返事をしてよ!ねぇ!」
視界がハッキリ見えなくなった僕に涙混じりの彼女の声が聞こえた。
「ごめん…僕はもう…。」
「dgjt7259gdjtp43697!!!!」
化け物がその拳を振りかぶる音がする。
その拳はやがて僕に打ち付けられてそしてまた振り上げられる。
そう思っていた。
「ミスト…ドラグーン。」
その消えそうな細くてか弱い声とそれに反する強大な何かの気配が僕の背後からするのが分かる。
「gajw42979………。」
「終わりにしましょうか。さようなら哀れな化け物さん。」
何が起こっているの分からない…ただその化け物の声はピタリと止んだ。
そして目の前のフラムの体が中に浮き上がる
「何?!」
戸惑うフラムはそのままふわふわと浮きながらやがて僕の隣に落とされた。
僕もなんとか動く体をフラムの方へ向ける。
「良かった…フラムが助かって。」
「なんでそんなボロボロになってんのよ…馬鹿。心配したんだから。」
大粒の涙を流しながら僕の体に勢い良く抱きついてきたフラム。子供の様にわんわん泣きじゃくりながら痛む体を更に締める。
勿論痛いのだがそれを言うわけにもいかないので心の奥底に押さえておく。
「貴方達見た所魔法使い私の通っている学院のみたいだけど?」
そんな僕らに話しかけて来たのはあの声の主…僕と似た銀色の髪に青色の瞳の少女が話しかけてきた。
「はい…一応Cランクなんですけど魔法使いです。」
僕の言葉を聞いたその少女は呆れた様に溜息を吐きながら言葉を続けた。
「そう、後は私がやるから帰っていいわよ。」
「いやでも…僕らに何か出来ることが有れば…。」
僕が言いかけた言葉に割り込んで少女は本当に最悪と言わんばかりの表情でこちらに強く伝えてきた。
「貴方達みたいな使えない半端者は私の仕事の邪魔なのよ。だからもう帰って。」
そう言った彼女は僕らから顔を背けてそそくさと奥の方へ歩き始めた。
「なっ…。」
初対面なのにこんな失礼な事を言う奴がいるのか?信じられない。
僕は少しでも文句を言ってやろうとしたのだがフラムが何故か口を抑えてきてそっと耳打ちした。
「彼女はAランク最強の霧ヶ谷よ…アリスタも体がボロボロだし今は彼女の言う事を聞いておいた方がいいわ。」
「でも僕らの事を邪魔って言って…。」
「それも事実だしね。アタシ達みたいな落ちこぼれには文句を言う権利も無いのよ。」
そう言ってからフラムは涙を拭って紋章を描き上げてその中に入っていった。
「戻るわよ。」
その声には怒りとも悲しみとも取れない色んなものが混ざっていた。
「分かった…帰ろう。」
僕は悔しさを噛み締めてフラムの転移魔法の中にギリギリ動く身体を通して行った。