第32話 歪みとの対峙
あれから何度も何度も繰り返し自分が使える魔法を使い続けた。この特訓のおかげで少しだけ紋章を書く速さが上がった気がする。
そしてそれ相応の練習をしたから僕の体はもうボロボロで立っているのがやっとだ。魔法を使い続けると体が想像していた時よりもはるかに疲れる事を体感した。
「もう疲れたから帰ろうよ。」
僕はフラムにそう提案するのだが彼女は何を言っているのと言わんばかりの真顔でこう答えた。
「いい?魔法の特訓は限界を超えてからが真の特訓なのよ!!そんな生っちょろい事言ってるんじゃ無いわよ!」
どこかの熱血教師が生徒の士気を上げるときにいいそうなセリフを吐き捨てたフラムはもう跡形も無い岩場に向けて紋章を描き上げた。
あれだけ魔法を使ったのに全く疲れる気配を見せない彼女の体力は一体どうなっているのだろうか。
「ボルケニックフレイム!!!」
そしてフラムが叫んだ瞬間その周りを熱気が包み込みその紋章の中から豪炎が現れて岩場を黒焦げに燃やす。
僕らが散々魔法を連発したからかもうそこが元岩場だと言われても誰も分からない位酷くなってしまった。
「よーし。今のは我ながら中々いい出来ね。アリスタもそんな所で突っ立って無いで紋章書きなさいよ。」
フラムが魔法で出した炎の眩しい明るさとは対照的に空の色はより暗くなって行く。
流石にそろそろ寮に戻りたい。
「悪いけどそろそろ戻らない?空もこんなに暗くなっちゃったしさ。」
僕の言葉を聞いたフラムはため息を吐いてから空を見上げた。
「特訓に夢中で気づかなかったけどもうこんな時間になっちゃったのね。じゃあ今日の特訓はここで終わり!」
フラムがそう言って僕は心の底から安堵した。これ以上無理に特訓をしても多分疲れてしまうだけであまり効果が無いと思っていたからだ。
「終わった〜。もう疲れたから寮に戻ってすぐ寝たいな。」
僕がそう言ったらフラムも頷いた。
「確かにそうね。じゃあ行きと同じ様に転移魔法で寮まで送ってあげるわ。」
「いいの?」
「一緒に特訓としたんだしアタシ達はパートナーなんだからそんな事気にしなくていいのよ?」
僕自身この特訓のおかげで今までから彼女に対する意識が変わったからなのかフラムのその言葉が何だかとても嬉しい。
「ありがとうフラム。」
「こっちこそ一緒に特訓出来たからいつもより頑張れた!ありがと。」
満面の笑みを浮かべたフラムは前の仏頂面からは想像できない魅力に溢れていた。
金色の髪と赤色の瞳が夜の空に浮かぶ月に照らされて幻想的な雰囲気を醸し出している。
「ん?どうしたのよこっちをジーッと見て。アタシの顔に何か付いてるの?」
「いやその…何でもない。」
急に恥ずかしくなってそっぽを向いて誤魔化す。そんな僕の方を不思議そうに眺めているフラム、だがその表情は徐々に何故か青ざめて行く。
「どうしたの?」
「アリスタ、いい?何も言わないでゆっくりアタシの方へ来るのよ。」
突然声色が変わった彼女の気配を押された僕は言う通りにゆっくりとフラムの方へ歩み寄る。
「まだ魔法は使える?」
僕の耳元でそう呟きながらフラムは紋章を描き始めた。臨戦態勢に入ったフラムの様子から凄く嫌な予感がするのだがひょっとして僕の後ろに何かいるのだろうか?
「一応あと一回か二回くらいなら使えるけど…もしかして僕の居た方に何かいるの?」
フラムは大袈裟にブンブンと頭を振った。
僕は覚悟を決めて後ろを向いた…するとそこには人の手がいくつも無理やりつなぎ合わせられた様な化け物がいた。
余りにも恐ろしい外見を見た僕は腹の奥底から声が上がってきて一気に飛び出た。
「うわぁぁぁぁああああああ!!!」
僕の叫びを聞いたその化け物は真っ直ぐにこちらに向かってくる。パニックになった僕があたふたしているとフラムは紋章をその化け物の方に構えた。
「ボルケニックフレイム!」
「e168t345e252k1675u5739s4259a4573t?!!!!」
訳の分からない叫び声を上げながら炎に包まれたその化け物は地面に這いつくばってゴロゴロと悶えている。
しかしその抵抗も虚しくやがてその化け物の動きは止まった。黒焦げになった化け物を見ながらフラムは僕に聞く。
「アリスタあれって魔物よね?」
「魔物…なのかな。」
「もし魔物だったら近くに歪みがあるって事よね?このまま放置していたら被害者が出るかもしれないわ…。」
そして僕らに沈黙が訪れた。少し時間が経って落ち着いてからフラムは口を開いた。
「アタシはこの先の歪みを探しに行く事にするわ。アリスタはこの状況を先に戻って伝えてきて。」
あんな化け物と一人で戦うなんて無茶だと思った。
確かに僕は足手纏いになるかも知れない。だけどこのまま彼女を放ってなんかおけない。
だから僕はフラムの肩を押さえて想いを伝えた。
「フラムを置いて行くなんて出来ない。多分僕は役に立たないと思うけど、それでも一人よりは絶対マシだ。だから君が行くと言うなら僕も行く。」
僕の言葉がどこまで届くか分からない。だけどこんな暗くて視界を確保できない様な不安定な状態で単独行動なんて無茶だ。
「なら一緒に歪みの場所まで行くわよ。アタシたちパートナーの初任務という感じでね。足引っ張んない程度には頑張るのよ?」
今さっきの恐怖さえ押しのける様に彼女は微笑みながらそう言った。そんな彼女のおかげで僕も少し和むことが出来た。
「ありがとうフラム。一緒に頑張ろう!」
アルテミアさんが言っていた魔法使いとしての使命の一つである歪みから現れる魔物を退治する事。
それををまさかこんな早くする事になるなんて思ってなかったけれど。
今の僕らならきっと上手くやれるはずだ。
最後までお読み頂きありがとうございました。
少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。