51話_5歳児の約束
■リーブル宮殿
-柔らかい匂いがする。
-久しぶりにママンに会えた。
-いつものように、俺の髪に優しく指を通してくれる。
-ママン
目を開けた俺の前には、横向きになったマリーが優しい目で俺を見つめていた。
「マリー、大丈夫か?」
「はい、陛下。まだ痺れがありますが、話せるようになりました」
「そうか、良かった」
-マリーは微笑んでいるが、顔に血の気がほとんど無い。
「先ほど、ハリス様がいらっしゃいました」
「うむ」
「早く良くなって、陛下の側にいて欲しいと言ってくださいました」
「ヤツはどうでも良いが、それはその通りじゃ」
「ハリス様は大変心を痛めていらっしゃいました」
「なぜ、ヤツが?」
「陛下はずっと拳を握り締めて、唇を噛み締めていらっしゃったのでしょう?手のひらと口元に血が滲んでいらっしゃいます」
マリーがさすってくれる俺の手のひらには爪の跡が赤くなっている。
口元を触ると指にも血がついた。
「ハンス様は、陛下の苦しみをどうにも出来ない自分を責めていらっしゃいました」
「だが、やつは俺の命に従わなかったぞ」
-そうだ、白玉なのに・・・
「それは、陛下にとってその方が良いと信じておられたからです。例え陛下にどのような罰を受けようとも、私どもの願いは陛下に立派な皇帝になっていただくことだけでございます」
「立派な皇帝?」
「はい、私の大好きな立派で格好良い皇帝陛下に早くお戻りください」
「・・・立派で格好良い皇帝か。だが、余はもう皇帝などやるつもりは無い。マリーを連れて、黒狼と白虎も一緒にどこかへ行くのだ。そうじゃ、ウラールへ行けば大事にしてくれるかも知れん」
「陛下、それはなりません。陛下はこの世でただ一人の選ばれた皇帝です。他の誰にも代わりは勤まりません」
「マリーもたった一人だ。誰にも代わりは勤まらん!」
「いいえ、マリーの代わりはこれからも何人も現れます。陛下を愛し、自分よりも大事に思ってくれる人が必ず」
「何を言うのか、余にはマリーしかおらんのだぞ!」
「陛下、陛下はまだ5歳でございます。どれだけ優れた英知をお持ちでも、5年分の出会いしかございません。これからの人生で必ず多くの出会いがございます」
「それは、そうだろうが・・・、やはりマリーはマリーだけじゃ」
「陛下・・・、私を大事に思ってくださって本当にありがとうございます。マリーも陛下を誰よりも大事に思っております。ですから、マリーの願いを一つだけ叶えてくださいませ」
「なんじゃ、マリーの望みなら何でも叶えるぞ」
「陛下は立派な格好良い皇帝でありつづけると、私にお約束願います」
「だが、立派で格好良いとはどのようなものなのだ?」
「陛下は既にお分かりです、今までと同じで大丈夫でございます」
「今までと同じ?」
「はい、今までと同じで『ご自分で一生懸命考える』。そうしていただければ、大丈夫でございます」
-頭のヤツがいるからか。
「わかった、約束しよう。これからも立派な皇帝になれるよう自分で考えることにする」
「ありがとうございます、陛下」
「だが、余からも望みがある」
「何でございましょう?」
「余の側室になれ、正妃が良いならそれでも良いぞ」
「まぁ、陛下! ・・・ありがとうございます。では、陛下が10歳におなりになって、お気持ちが変わってなければ、私を側室にお迎えください」
-5年か。
「よかろう。約束だ。そなたは5年間嫁にいけぬが、約束だぞ。」
「はい、お約束でございます」
マリーは弱々しい笑みを浮かべてくれている。
これ以上無理をさせてはいけない。
「ならば、マリー。ゆっくり休め、余の世話は当分忘れてよい。余が良いと言うまでは仕事には戻るな」
「ありがとうございます、陛下」
俺はマリーに口づけをして、ベッドから降りた。
名残は惜しいが、自分の部屋へ戻ろう。
黒狼は何も言わなくても、部屋に残ってくれた。
■リーブル皇帝 寝所
部屋へ戻り、服を脱いで洗面で顔を洗った。
外はまだ暗い、朝までは間があるだろう。
ベッドの布団を床に引き摺り下ろす、今日は一人では寝たくない。
白虎も分かってくれている。
布団の上で顔をこちらに向けて、俺をじっと見ている。
こいつらにも心配をかけた。
白虎に抱きついて、心の中で謝る、
まだ、怒りは心の奥でくすぶっている。
だが、泣いて、寝て、マリーと話をして冷静になった。
マリーが倒れた後は、この世の全てを壊してやりたくなった。
そんな事をしても意味が無い。
判っていても、怒りをぶつけるものが必要だった。
今はそれもわかる。
マリーが死にそうなのは誰のせいでもない。
毒を仕込んだヤツのせいですらない。
俺のせいだ。
俺が狙われるから、周りの大事なものが傷つくのだ。
明日からは、立派で格好良い皇帝を目指す。
マリーとの約束だから。
だが、皇帝として、犯人は必ず見つけ罰する。
そして、もっと強い国、強い皇帝になって、大事な人が傷つかぬようにする。
これも約束だ、俺自身との。




