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七話

「思ってたのより三倍くらいヤバい」


 もこもこの防寒着に身を包んだ狼牙が、げんなりとした表情で言い捨てた。彼は自身の腰のベルトに結わえつけられた紐を軽く引っ張り、その先に居るヴィクスへ不満を表明する。

 

「だいぶ冬の山ってヤツを舐めてたかもしれねえ」


 二人は今、道すらない深く峻嶮な山中に居た。この地方有数の高山地帯であるバルガ連峰、その中腹だ。分厚い雪の積もった山腹を、真っ赤な西日が照らしている。

 

「そりゃあな。思いつきで登れるようなモノじゃあないんだよ、雪山ってヤツは」


 諦め半分のヴィクスの声。旅慣れをした彼をしても、まともな準備も時間的な余裕もない状態での雪山へのトライは厳しいらしく、その声音には疲労の色が濃い。

 

「というかな、お前までついてくる必要なんかないんだぞ。一人いれば十分だ」


 体力もなければ登山の知識もない狼牙は、はっきりいって足手まといだった。なにより、遭難でもした日には被害が二倍に増える。死ぬ気はないが、それでもいざというときのことを感が無いわけにはいかないのが冬の山と言う場所だ。

 

「バッカ言えお前、一人でこんなとこ入ったらそれこそ死ぬぞ」


「足手まといが居る方が危ないだろうが」


 遠慮容赦のないナイフのようなヴィクスの一言。しかし狼牙は顔色も変えずに言い返した。

 

「そりゃあ事実だがよ」


 ふんと鼻息荒く、両手を組む。突然足を止めたせいで紐が張りつめ、ヴィクスの足が強制的に止められた。

 

「しんどいことはよ、一人でやっちゃ駄目だ。意地を張り合うヤツが近くに居なきゃ、心なんて簡単に折れちまうからさ」


「意地ねえ」


 その自信たっぷりの言葉に、ヴィクスは深いため息を吐いた。そして口角を引き上げ、ギザっぽく肩をすくめた。

 

「ま、暇つぶしの話し相手くらいにはならァな」


「おうおう、暇つぶしをご所望なら耳がタコになるほど話してやるよ。武勇伝ならいくつでもあるぜ。まずはな……」


「あー止せよせ、その手の話なんか聞いたって面白かねぇよ」


「なんだとぅ!」


 くだらないやりとりだ。二人は顔を見合わせ、げらげらと笑った。

 

「……ああ、そういやさ。一応聞いておきたいんだが、そのリューソク草とやらはどんな草なんだ?」


 笑いを止め、狼牙が聞いた。もともと狼牙自身は植物に対しての興味や知識など全くなく、そのうえこの土地は日本ですらない。珍しい薬草の採取で役に立てるとは思えないが、一応の特徴くらいは聞いておいた方がいいだろう。

 

「お前が見つけられるとも思えないんだが……」


 周囲を見回しながら、ヴィクスが皮肉っぽい笑みを浮かべた。辺り一面は雪に覆われており、まともに地面すら見えない状況だ。雪の下に何かが生えていたところで、それを見つけるのは難しそうだった。

 

「分かってらァそんなこたァ。一応だよ一応」


「ま、そうだな……」


 とはいえ、教えない理由もない。ヴィクスは頬を掻きながら続けた。

 

「竜息草はツル性の多年草だ。木とか岩に張り付いてるから、探すならそのあたりだ」


「ほお」


 きょろきょろとあちこちに目をやる狼牙。ちょうどすぐ近くの杉めいた木にそれらしきものが張り付いていた。張り付いた氷と雪をはらってヴィクスに見せる。

 

「これか?」


「違う。竜息草はもうちょっとな……」


 首を左右に振りかけて、一瞬ヴィクスは動きを止めた。言葉で説明したところでうまく伝えられる自信はない。むしろ、変に先入観を持たせるよりはしらみつぶしにそれらしいものを探してもらった方がいいだろう。

 

「いや、まあ……これは竜息草じゃないがな。見た目は確かにこんな感じなんだが」


「ちぇー。違うのかよ」


 口をとがらせながら狼牙は霜まみれのそれを無造作に投げ捨てた。両腕を頭の後ろに回し、足元の雪を蹴る。

 

「いや、だが目の付け所は間違っていない。こういう草を見つけたら、とりあえず俺に見せてくれ。全部な」


「おっけおっけ。ま、そう簡単に見つかりゃしねえよな。地道に行くか」


 口角を上げて薄い笑みを浮かべる狼牙。この山にやってくるまでに既にそこそこの時間が経過している。患者の体力のことを考えれば一刻も早く竜息草を持ち帰らなくてはならないだろう。とはいえ焦ってしまえばむしろ逆効果であることは、経験として彼も心得ていた。

 

「聞いた話じゃ、竜息草とやらは上の方に生えてることが多いんだろう? じゃ、こんな下の方でノロノロしててもしょうがねえ。どんどん登りながら探索した方が効率的ってもんだ」


 そういって狼牙はずんずんと道すらない急角度の斜面を登り始めた。その視線は油断なく四方八方へと向けられていた。

 

「そりゃその通りだがな。気を付けて進めよ? 俺達まで遭難したら、何の意味もないからな」


「大丈夫だろ。天気だっていいんだ、そうそう遭難なんてしやしねえよ」


 空を見上げつつ、勝気な笑みで言う狼牙。たしかにその天気は彼の言うように、雲一つない晴天ではあるのだが……。

 

「馬鹿野郎、注意すべきは天候だけじゃねえ。雪崩やら滑落やら……。それにそもそも山の天気は……おいこら話を聞け。勝手に進むな!」


 深いため息をついてから、ヴィクスはその小さな背中を追いかけるのだった。

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