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一話

 強烈極まりないストレートパンチが、モヒカン男の顔面に突き刺さった。モヒカンは軽く数メートルは吹っ飛ばされ、コンクリートの路面に転がる。

 

「ペッ」


 モヒカンを殴り飛ばした張本人である男、大神狼牙は血の混じった唾を地面に吐き捨てた。

 

「ったく。ダッセーな」


 昏倒して目を回しているモヒカンを罵倒しつつ、狼牙は踵を返して歩き出した。ここは薄暗い裏路地だ。人気らしきものはなく、先ほどの喧嘩を見物に来る野次馬などもいない。

 馬鹿をぶちのめした昂揚感に身を任せ、肩で風を切るようにして裏路地から出る。平日午後の表通りは、人通りもそう多くない。なれた足取りで進み、そしてふと歩道わきのショウウィンドウに目を向けた。

 

「おう……」


 そこに映っていたのは、血まみれ埃まみれな学生服の少年だった。短い髪は金色に染め上げられ、目つきは餓狼めいたもの。一般人(カタギ)であればできればお近づきになりたくないような容姿をしている。

 

「きったねえな、クソ」


 洗濯するにしてもなかなか難儀しそうな状態の学生服を見て、狼牙は眉を顰める。小さくため息をついて、また歩き出した。

 

「ン?」


 しばらくの間無言で歩いていた狼牙だが、視線の端に妙なものが映りそちらへ目を向けた。そこに居たのは、ふらふらと危い歩調で横断歩道を渡る老女だった。重そうな荷物を背負っており、いかにも危なげだ。

 

「オイオイ」


 片眉をあげて、小さく息を吐いた。そのまま横断歩道の方へと駆け寄る。そしてそこで、悲鳴染みたエンジン音がこちらへと迫ってきていることに気付いた。

 

「オイオイオイ!」


 大型トラックだ! トラックが明らかに法定速度を無視した速度で、老女の渡る横断歩道へと突っ込みかけているのである。反射的に狼牙は喧嘩で鍛えた脚力を持って地面を蹴り、老女を突き飛ばした。猛烈な衝撃が狼牙の身体を打ち据え……彼の意識は暗転する。

 

「またですか、女神さま」


「失礼な。手違いですよ、手違い。さ、転生の用意をなさい」


 水面に向かって浮かんでいくように、狼牙の意識が覚醒する。視界いっぱいの白々しい光と、猛烈な冷気。

 

「うっ……寒っ」


 痛いほどの寒さを自覚した途端、狼牙は飛び起きて身を縮めた。

 

「なんだ、エッ!?」


 周囲を見回す。一面の分厚い雪と、墓標めいて立ち並ぶ真っ白な針葉樹。薄い青の雲一つない空と、冷たい輝きを放つ太陽。真冬の森が、狼牙の視界いっぱいに広がっていた。

 

「うぇっ、ハァ?」


 狼牙が混乱するのも仕方ないだろう。彼の知る限り、今の季節は秋だ。雪が降るにはあまりにも早いし、まして積もるなどもってのほか。しかしこの全身を苛む寒さは、狼牙にこの光景が幻覚やだまし絵の類ではないことを嫌でも理解させてくれる。

 

「どういうことだよっ、オイ!」


 言いようのない違和感と不安に襲われ、狼牙は弾かれたように走り出した。じっとしていたら、凍え死んでしまいそうだった、ということもある。

 しかしその疾走は、決して長くは続かなかった。あっという間に息は切れ、脚は棒のようになり、心臓は今にも壊れてしまうのではないかというような痛みを発している。普段であればあり得ないことだ。彼の肉体は十分に鍛え上げられており、少々走った程度でこのような醜態をさらすことはありえない。そのはずだった。

 

「うっ……」


 思わず吐きそうになりながら、狼牙は小さな泉へとふらふらと近づく。水を飲もうとしたが水面は無情にも凍り付いていた。そして、その鏡面のように滑らかな水面に映った自らの姿を見て、彼はさらに絶句することになる。

 

「なんだよ、これ……ッ!」


 なんとそこに映し出されていたのは見慣れたヤンキー面などではなく、狼めいたふさふさの大きな耳が頭から生えた白髪の美少女だった。あまりに非現実的な光景に、狼牙は腰を抜かす羽目になった。

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