第47部分 戦争への道
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アレーク王国首都、日が沈み街灯の明かりや店の明かりを頼りに歩く人が増え始めるころ。一人の男がそこそこ大きなカバンを背負ってとある宿屋の扉の前に立っていた。
[レピドラ12]
使っている宿の部屋をノックしその男はマニアックなワインの銘柄を心の中で呟くように思念伝達で彼女に伝える。それは一緒に使っているシプラーヌという仲間の趣味がそのまま合言葉となっているようで。
「おっ、帰って来たか....お疲れ様~」
脳内に合言葉が伝わって来たので玄関で背伸びをして何とか見えるのぞき穴から本当に仲間が返って来たかを確認し、いかにも疲れてそうな仲間を鍵を開け部屋に迎え入れる。
思えば昼頃に今回の任務の仲間であるギルリアムが出て行ってから、部屋の清掃で宿の職員が来て簡単に片づけに来てくれたくらいだった。清掃員とも特に感謝すること以外は話す内容もなかったのでまともな会話をしたのが昼以来になる。
「今日も大丈夫だったか?」
今回の任務ではそこそこいい宿を借りているので治安の心配はしなくていいのだが、身分を詐称しているだけでは職業上安心はできない。そして、少しの油断が自分の首を無情にも絞めつけることだってある。
「うん、君が出て行ってからは清掃員が部屋に来たくらいだよ?」
[泊まるのはやっぱこれくらいの宿泊先が快適に過ごせるからいい]
床に落ちている砂を軽く掃いて、新しいベットカバーに変えて部屋のごみを回収してから行ってくれた。
「探っている様子とかは?」
アレーク王国も陰で暗躍して自国に不利益をもたらす存在はできる限り根絶したいはずなので確証が得られない限り拘束はされないようだがもしもに備えるに越したことはないことを今までの経験で学んできている。
「なかったよ、さすがに疑い過ぎだって」
ただでさえここ数年続いている戦争によって関係がギスギスしている国から来たことになっているので周囲に異質な印象を与え、不審がられるということは最も避けたい項目だ。
「疑い過ぎも怪しまれるしな、あ~疲れた!」
カバンから銃と呼ばれる自分も初めて扱う武器を乱暴に寝床に投げ捨てる。銃を撃ってからまだ耳鳴りが続いていて全弾打ち尽くしてもなおその苛立ちは収まっていない。
「あー!手に入れるの大変だったんだから壊したらただじゃおかないぞ!」
帳簿をごまかして入手するだけだったが、厳重な警備が敷かれていたデルリッヒ工房の貯蔵庫にもう一度潜入なんて二度と嫌だと思うほどだったのである。
「へいへい」
商人と冒険者は国家間のにらみ合いに関係ないとはいえ、かといって全く関わっているわけでもないのでなんとも難しい立場なのだろう。あの銃の材料だって無料で湧いてくるわけでもない、採掘業者や運搬業者や商人などといった経路を経ているはずだ。
「僕の話を聞かず何考えてるのかなぁ~?」
自分が入手するのにとても苦労した武器の扱いに加え、話を聞いてくれないことにだんだん腹が立ってきて思いっきり無防備そうな太ももを思いっきり抓る。
「いてててっ!商人と冒険者は自由に行き来できるのは不思議だなって!」
ふと思ったことを彼は考えていて彼女の言葉は全く聞いていなかったが、太ももを強烈に抓られたことによって自分の世界から呼び戻される。
「なるほど....確かにそうだな」
少し考え、彼の言うことも確かにその通りだと認めるようと思う。お金が動けば結局は無関係だと高をくくっていても実際には国家間の争いごとに知らず知らずのうちに一端を担っているのだから。
シプラーヌに思いっきり抓られた場所を摩りながら、少し目を潤ませて言ってやる。
「ほっ、本気でつねっただろ?軽く内出血してるじゃんん!」
上目遣いで見上げて来る犬のようで、そんな様子を見ていたら先ほどまであった苛立ちは消えていた。
「ちょっと苛立ったから本気出しちゃった~」
「こわいこわい」
改めて彼女が話しているときは自分の世界に入るようなことはせず、その話をちゃんと聞いて思いっきり抓られないようにしようと強く思ったギルリアムだった。
「くだらないやり取りは終わりにして、銃はどうだった?」
[ギルリアムがさっきかなり乱暴に置いたけど頑丈さが売りのデルリッヒ工房製だからあれくらいで壊れないかな?]
今日練習であったことを思い出し、耳が壊れそうになったことを思い出しシプラーヌは爆音が出ることを知らなかったのかが真っ先に気になる。
「くだらない?シンプルにひどいねぇ....シプラーヌ!言ってないことあるだろ?」
ギルリアムはその武器に対してすごかったとか、あまりの威力に驚いたとかの感想を言ってくれるのかと思おもっていた。でも彼の口から出てきたのは、怒りを感じる荒々しい声だったので若干ではあるが引いてしまう。
「ええ、なんでそんなに怒ってるのさ」
「なんでって耳を塞いで撃つようにって言ってくれよ!耳鳴りが、すごかったんだから!」
一発目はシプラーヌに教えてもら多通りに弾を装填し、衝撃については聞いていたのでしっかりと構えて引き金を引いた。なんということでしょう、シプラーヌからかなり大きな音が鳴るということを聞かされていなかった彼は爆音を聞くことになったのである。
「あっ!それはすまなかったね~」
[無事に入手することができたのが嬉しくて舞い上がっていたせいか、それを言うのをすっかり忘れていたな....]
髪の毛をくるくるしながら天井を向いてギルリアムの視線から目をそらす。
急に目を合わしてシプラーヌが話してくれなくなったので、言われなくてもこれは説明し忘れたのだということを悟ることが出来る。
「あっ!じゃないよ!絶対言うの忘れてただろ?」
自分も悪いが、こうなるとギルリアムは謝罪するまで一歩も引かないので素直に自分の過失を潔く認めた。
「その通り!言うのを忘れてた!」
「おいおい、すがすがしいほどあっさり認めるんだな」
いつもは何かしら理由を見つけて自分が悪かったということを認めないが、今回は気味が悪いほどあっさりと認めて気味が悪いと思ってしまうのだった。
「だって誤らないとしつこいじゃないか」
悪いこととか迷惑が掛かったら誤ってもらわないとなんか嫌な気分になるので、ギルリアムは誰であっても謝罪を求めていたし自分も迷惑を掛けたら必ず頭を下げて謝っていた。
「う…しつこいって、そうかもしれないけど今回はどの口が行ってるんだよ」
[今回に関しては耳が壊れたかと思ったくらいだからな~]
「自分用に飲もうと思ってたけどお詫びにこれ飲んで少しは機嫌直してよ」
一日中部屋にこもりっきりなのも体に悪いだろうから気分転換も兼ねてワインの販売している店を見ていた時に見つけたものを取り出してギルリアムに見せる。
「そっ、それは!よく見つけてきたな」
[俺の好きなベルニール農園で作られているワインの5年製じゃないか!]
その年は日照時間や天候などが最高で、今までの何倍も美味しく仕上がった年のワインでこぞって愛好家や貴族、大金をはたいて平民すらも買って飲むほどだった。そのため競争率も高く売り渋りや買い占めも発生するくらいの大騒ぎとなった物だったので機嫌を直すには十分の品だろう。
「お詫びと言っては何だけどこれを一緒に飲まない?」
シプラーヌは氷水がなみなみと入っている桶からもう本当はこっそり一人で飲むために一本冷やしておいた同じワインをタオル軽く水気を拭き取って部屋にある小さな机にいったん置いた。
「まあ、耳鳴りもだいぶ治ってきたからすこしだけ許す」
以前もこのようなことで自分が結構危ない目に遭ったばっかりなので今回は完全に許すことなく次こそはしっかりしてほしいと思う。
「すこしだけか~」
先ほどのこわばった顔からこのワインを見せてからは完全に緩みきっていたので少しだけとは言っているがもう許してくれたと思っても良いのではないかと思うのだった。
「当然だろ?ほら、早く開けて飲まないか?」
話題の品だったが、探し回ってまで飲むほどのワイン好きでもないしそれなら居酒屋の安酒で酔っぱらった方がいいと納得して諦めていた。そして、そのワインを飲もうという思いは時間が経つにつれて薄れて行ったと思っていたがやっぱり体は話題のワインを求めている。
「そんなに急かすなよ~ワインは逃げていかないんだからな」
[このワインはだいたい店主が売り渋ってることが多いからな~]
少し考え事をしながら今日に一本金貨20枚で購入したワインの瓶についた結露した水を今度は念入りに拭いて部屋に置いてある小さな丸机にもう一度置く。
「愛好家でも垂涎の品だぞ?」
違う年の物は飲んだことがあったが特に何の変哲もない普通のワインだったので、それだけ話題になるのだからどんな味なのだろうかと思わずつばを飲み込む。
「わかったわかった、そこに置いてある僕の鞄を取ってくれ」
自分が寝ているベットに無造作に寝転んでいる鞄を指さしながらギルリアムに取ってくれるように頼む。
「んっ?ああ、これか?」
シプラーヌから頼まれた鞄をとって渡す。
「そうだ、ありがと」
ワインは一度栓を開けてしまったらやっぱりその時から味が落ち始める。少し飲んでまた飲みたくなる時までとっておくということが出来ないので自分も十何本かこれと同じ年数のワインを持ってはいるが開け渋ってまだ1本しか飲んだことがないので楽しみすぎる。
「グラスも持ってきたのかよ、さすが昔からワイン好きなだけはあるな」
と口に出して言いながら、不意にシプラーヌのはにかんだ顔に一瞬目を奪われてしまった自分がいて疲れているのだと自分に言い聞かせた。
「ふふふ、ワインを飲むことが私にとって唯一の娯楽だと思っているからね」
シプラーヌがグラスを傾けワインをゆっくり注ぎ始める。ワインレッドの何とも優美な色合いがグラスに注がれていく....
「ベルニール・ムッシュ印のワインは美味しいが特に5年ものはとくに有名だよな」
シプラーヌがワインを注ぐ様子を眺めながら念願ともいえるようなワイン。さっきからずっとどんな味がするのだろうということばかり考えてしまっていた。
「そうだな....はぁ~この匂いがまたいい」
グラスにワインを注ぎ終えて、ワインがコルク臭くなっていないかを確認するのと共にワインの芳醇な匂いを堪能する。
「たいてい年代が経ったものの方が値が張るのに若いワインの方が高いなんて珍しいよ」
港湾に近い海ではワインハンターという職業があって沈没船からワインを探す職もあると聞いたことがある。それだけ、ストーリーや年数を経たワインは高く取引されるということなのだろう。
ギルリアムにワインを注いだグラスを私、お互いのグラスに軽く小さな音が鳴る程度に当ててこのワインを飲めることを祝う。
「じゃあ、乾杯」
シプラーヌのグラスに当てて、匂いを堪能してから飲む。匂いはいたって同じような感じだったが口に含むとその違いはもちろんのこと異常な人気を誇る理由が分かる気がした、めちゃくちゃ美味しいし、冷えてるのがまたいい。
「んん!こりゃ違う年のワインとは段違いだな」
「だろう?で、練習の成果はどうだった?」
[前飲んだのはかなり前だったから....その時よりも味に深みが増した?]
前飲んだ時もかなり美味しかったことをよく覚えているが、気のせいかもしれないが味に深みが出てよりおいしくなっているように思えた。
「まぁまぁかな~あんなに爆音を出す武器だったらみんなに気がつかれてしまうんじゃないのか?」
シプラーヌに言われたとおりにあの爆音を出す武器を練習して一通り狙いを定めて撃つことはできるようになったものの、暗殺なんて寝込みを襲えばいいように思えた。が、なぜリスクを冒してまでも目撃者が多い昼間にやれと上が命令してきた理由は理解不能だった。
「上には上なりの考えがあってのことだろうよ、僕たちが知る必要もないさ」
下手につついて組織を追われる身になったりでもしたらたまったもんじゃないし、やれと言われたらその通りにやって成果を出せば破格の報酬がもらえるのだから。
「派手に、そして多くの民の前でやることに意味があるのかもな」
[思い当たるのは最近少ない兵であしらうようになったからそれを危惧してか?]
祖国では国民からしたら正直に言うと皇帝は嫌われ者だがこっちの王様への支持率は熱狂的と言っても問題ないくらいだ。個人的に祖国が急速に力をつけてきたアレーク王国を警戒してその成長速度を削ぐため争いを仕掛けるようになったというのが一番納得いく。
「....それもあるかもね、それはそうと!策はある」
国民が熱狂的に支持する国王を殺すのだ、間違いなく国民、職業軍人は僕たちを捕まえようとしてくるなら死に物狂いで逃げればいいことだ。
ちびちびワインを飲むのをぱっとやめてシプラーヌの顔を見る。
「ほんとか!?策ってなんだよ」
硝煙によって決行するのが昼間だということもありバレることはほぼ確実なのでそのことを前提として逃げればよほどの手練れがいない限りは本国へ逃げ遂せるだろう。
「もちろん逃げるんだよ」
「げっほ!げっほ!ふっ、ふざけるなよぉ!策でもなんでもねぇじゃんよ!」
想像もしなかったような拙い策がシプラーヌの口から提案されたことによって思いっきりむせる。
「え~事前に考えておくんだから策に含まれるでしょ?」
割くってのは事前に考えておくこと全般を指すだろうから逃げるのは確実なんだし間違っていないと思うシプラーヌであった。
それに対して、ギルリアムはあまりに単純すぎる案を提案したシプラーヌに向かって言ってやる。
「そんな単純なこと策でも何でもない」
それに対抗するように彼女もまた、当たり前のことを言っているので胸を張って策だと言い張るのだった。
「バレたら逃げる、これに尽きる」
「胸張るな、お前に期待した俺がバカだった」
今飲んでいるのは2杯目のワイン、まだグラスには半分くらい残っていたがそれを一気にあおって酔いが回ったのか視界をぐらつかせながら立ち上がり厠へ行こうとする。
「あ~ひっど!あとそんなフラフラでどこ行くの?」
少し冗談めいた言い方ではあったので笑い飛ばしてくるかと思ったが、酔っているせいかいつも彼らしくなく厳しく指摘してきたので傷つかないわけもなかった。
「厠だよ、あとこんな話しながらワイン飲んだら不味くなる、また明日にしようじゃないか」
[水がタダで飲めるし冷やされてたから思わず飲み過ぎたな....]
水は露店とか飲食店で普通は金を払って飲むものだが、自分が食べた飲食店では水が無料でさらに冷やされていた。当然値段は高くついたが料理もおいしく大満足のお店だったが水を飲み過ぎたせいかトイレが近くなってしまったようだ。
「僕も行く!それと話に関しては賛成だ」
これ以上さっきの冗談で言った策をチクチク責められるのは嫌だったのでちょうどよかったと思ったのである。
「ん?お前も行くのか?」
意識はあるものの、それなりに酔っていたので建物の裏庭にある厠に行く途中で寝てしまわないか少し心配だった。だから、お酒に強く現に今も酔っているそぶりすらないシプラーヌが一緒に来てくれて心強い。




