ウィリアムとの話
ガロウからククリナイフと一緒に帯を貰い装着してその姿のまま家の敷地の外、森の中へ向かった。
今の時間なら彼は森の中で狩りをしているはずだ。彼の居場所は分かりやすい。風が強くなるからだ。
ゴオオオォォ…
明らかに自然にでなく発生した風が吹いている。土を巻き上げ、草木を根ごと引き抜かんばかりの強風。
家の周りは凪のような静けさだったのに今はまるで台風でも来ているのではないかと勘違いするほどだ。
石が飛び、枝は折れ、葉はそこら中に飛び散っている。風が強まるのも気にせず最も勢いが強いであろう場所を目指す。
そして薄緑色の髪と背から生えた羽根を風ではためかせ魔獣と相対する一人の青年を見つけた。
「これで終いだ。」
彼が片腕を振り上げ勢いよく振り降ろすと周りで吹き荒れていた風が一瞬でその腕の周りに収束し魔獣の方へ解き放たれる。
魔獣は最初こそ抵抗したもののその風の弾丸に耐えきれず一番初めにぶち当たった頭部から裂け、そしてそれを追うように体が真っ二つになってただの肉塊になって吹き飛ばされた。
肉も内臓も骨も一つの例外なく粉々にされ地面を赤に染め上げた。この調子では魔石も粉々だろうなとユナンは呆れた。
「何か用か、ユナン。」
「森林破壊はダメだってジンとガロウが言ってたよ。」
「これでも手加減はした。」
彼はガロウと同じ獣人であるが獅子獣人のガロウと違い空を翔ける鳥の獣人、鷲獣人だ。
薄緑色の髪は風魔法属性に対する適性が高い証拠で特定の属性魔法に高い適性を持つと彼のように髪の色にそれが現れる。
ジンは全ての魔法を問題なく使えるが全ての魔法に高い適性を持っている訳ではないので通常のエルフと同じ金髪だ。
風魔法の寵児、使徒でなければ空の王【迦楼羅】として君臨していたであろうと謳われた男、それがウィリアムだ。
「…ここを発つ前に俺たち一人一人と話をしているのか?」
「はい。ジンとガロウとは話終わったからウィルの所に来ました。」
「そうか。…まぁ、座れ。」
ウィリアムの魔法によって引き千切られた二つの木の幹の上に向き合うように座った。
「何か為になる話の一つしてやりたいのだが…。」
ウィリアムのような鳥の獣人は地上で生活することはなく【迦楼羅の浮島】と呼ばれる空に浮かぶ巨大な島で暮らしている。
浮島にはそこに住む全ての住人の王【迦楼羅】がいる。迦楼羅は血筋によって引き継がれるものではなく最も強い者が王になる決まりだ。
貴族だった者が王になることがあればスラムで生きてきた孤児が王になることも珍しくないという。
「じゃあ世渡りについて教えてくれませんか?」
「ふむ、では…人は裏切る生き物だと心得よ。」
「裏切る。」
どんなに善人に装っていようが心の奥底では己の欲望でどず黒く歪んでいる。
聖職者が欲に溺れ金と権力にものを言わせて己の望むがまま悪行を重ねるなど珍しいことではないという。
民から心酔され悪を裁く聖騎士が自身を軽んじたという理由だけで市民を斬り捨てたなどという話もある。
「世界は多くの悪で溢れている。俺たちは世界を守る守護者、小悪党どもがどれだけ悪行を重ねようと興味はない。
ここに住む奴らは俺も含めて善良な方だろうよ。だがお前はこれから悪が跋扈する世界へ行く。信頼、信用するなとは言わん。疑え。」
富む者は金と権力で己の欲望を満たし逆らう者は叩き潰す。
富豪でなく貧困でもない者は富豪に嫉妬し、貧困を嘲笑する。
貧しい者は己以外のもの全てを羨み、妬み、手を汚すことを躊躇しない。
「勿論全てがそうではないだろう。かつて馬鹿の一つ覚えのように正義を吠える者がいた。悪を廃絶しようとする者だ。
しかし望まれぬ正義など暴虐よりも厄介だ。世界にはルールがある。そういった奴らはな、己こそがルールだと思っているものばかりだ。
自分が従うのではなく、周りが自分に従って当然だと本気で信じている。お前は愚か者になるなよ。…勇者には関わるな、碌な目に合わん。」
世の中は綺麗事だけではどうにもならない。時に悪を見過ごさねばならない時がある。それが嫌なら権利を手にしろ。
ウィリアムの話はこれから旅をするのに大いに役に立つものだとユナンは確信した。
ここの住人は良い人ばかりできっと外に出れば自分なんていいように騙されるだけの存在になっていたはずだ。
「…ジンとガロウから贈り物を貰ったのか…、では俺も…。」
「いや、別にそんな気を使わなくても。」
「あの猫に馬鹿にされるのが嫌なだけだ!」
ウィリアムとガロウは何故か仲が悪い。理由を聞いても二人とも言葉を濁すばかりで教えてくれないか。とにかく仲が悪いのだ。
ガロウは贈り物をしたのに自分はしないなんて彼のプライドが許さないのだろう。一体何があってもそんな争っているのかは分からないが。
ウィリアムは自分の腰から下げていた収納パックをさばくっている。見た目は彼の両手分しかないように見えるが実際はかなり容量がある。
増幅の付呪がかけられた収納パックは冒険者の必需品だ。ユナンのように先天スキル【収納】を持つ者は世界的に見ても極僅かだという。
「あぁ、これが良いな。これを持っていけ。」
そう言って彼が渡したのは黒いポンチョだった。何か付呪でもかけられているのか触ると違和感がある。だがその正体が分からない。
「それは俺が浮島にいた頃、当時の迦楼羅から賜った品で空神ネグロアギラ様の羽根を用いて作られた外套だ。
通常の魔法攻撃なら無効化されるし、刃物であろうとよほどの業物でなければ傷も付かん。防寒防雨の機能もある。」
そんな貴重なものを渡して良いのかとユナンはウィリアムを凝視する。すると彼はさっぱりとした顔で笑ってこう言った。
「収納パックの肥やしになっているよりマシだ。」