ガロウとの話
自分とハロルドとカフカ以外は外にいるとジンに言われたユナンは家から出ることにした。
まだ昼を過ぎたばかりなので余程のことがない限りみんなが家に帰ってくることはない。
時間によって誰がどこにいるかは一緒に暮らしていて大体把握できているつもりだ。
家から出てすぐならガロウが一番近いだろう。彼はこの集落の畜産を任されている。動物小屋に行けば会えるはずだ。
そう思いまっすぐ小屋に向かうと目的の人物が牧草ロールを肩に担いで歩いているのを見つけた。
「ガロウ!」
「おー?ユナンじゃねぇか。」
こちらに気づいたガロウは鋭い犬歯を見せつけるようにニカッと笑ってみせた。人族に比べれば尖り、長いがそれでもまだ丸みの帯びた耳はピクピクと動いている。
牧草ロールを保管庫の中に詰めた彼は一息つくとピーッと指笛を鳴らした。するとどこからかタッタッと土を蹴る音が聞こえてくる。
「オース、アウリス、ナーレース、見回りご苦労さん。じゃあ頼むぜ。」
ガロウの前にお座りして見上げているのは三匹の魔狼だ。三匹とも彼の従魔でありこの集落の周囲に放たれ見回りをしている。
この魔狼は【トリニタースルプス】と呼ばれ常に三匹一緒に行動している魔獣だ。それぞれが優れた味覚、嗅覚、聴覚を持ち獲物を狩る。
「話せる場所に行こうぜ、ユナン。どうせハロルドたちに言われて来たんだろ?」
「牛や羊たちはいいんですか?」
「その為に三匹を呼び戻したんだ。」
ルプスたちは賢い。魔物や魔獣は従魔になると知性を得ると信じられている。
群で生きてきた魔物や魔獣が従魔という個の存在になる代償として創造神より知恵を授かるのだという。
本当のところは分からない。ガロウはテイマーのスキルを数多く持っているがそういう知識は興味がないらしい。
仕事さえできれば、結果さえ良ければ過程などどうでもいい、と言うのがガロウの口癖だ。その為余計な回り道が多いのが欠点だが…。
「あいつらなら大抵の魔物は敵じゃないし、なんかあってもすぐ知らせてくれる。」
保管庫から少し離れた場所にある小さな休憩所のような場所に二人揃って腰を下ろした。どうやらガロウは畑仕事をした後家畜の世話をしていたようで少し泥で汚れている。
彼は獣人族でその中でも数少ない【王族種】と呼ばれる獅子獣人だ。そんな高貴な呼ばれ方をする獣人のガロウだが使徒になる前は田舎で畑を耕しながら牛や羊を追いかけて暮らしていたらしい。
しかし数少ない獅子獣人のガロウがなんで田舎で平凡に暮らしていたのか。
「俺の父親が獣人の王でな、でも俺は妾腹だったんだよ。いや王なんだから女の一人や二人珍しいことでもなかったんだがな?
でも後継者争いとか興味ねぇしよ。母様と一緒に土いじりしてる方が気楽でいいやと思って田舎にいたんだ。
最終的に何人兄弟がいたかも知らねぇし、早々に王位継承権も放棄したからよ。まぁ、父親は何かと気に掛けてくれてたみたいだがね。」
ガロウ曰く、母親はとても美しい獣人だったらしく一目惚れした父親が求婚し産まれたのがガロウなのだと言う。
しかし生まれながら体が弱かったガロウの母親は彼を産んでから更に体を悪くし獣人の国の首都から離れた緑豊かな田舎で静養することになったとか。
だが状態は良くならずガロウが成人した頃に死去。それまで住んでいた家や家畜全てを売り払うと大陸を巡る旅に出たらしい。
「テイマーのスキルは母親の遺伝だな。先祖が遊牧民でな、その土地ならではの魔獣を飼っては別の土地に移動してたんだってよ。」
テイムは一見先天スキルに見えるが後天スキルだ。魔物や魔獣と戦いそれを服従させると従魔として扱えるようになる。というのが元々のスキルだったらしい。
だがスキルというのは不思議なもので親から子供に受け継がれるスキルがいくつかある。これは継承スキルと呼ばれるがあまり種類が増えてもややこしいので一般的には使われない。
ユナンもガロウから指導されいくつかのテイムのスキルを習得した。従魔も存在するが…一緒に生活してきた時間が長すぎて従魔というより兄弟のような存在だ。
顔や体の傷、好戦的っぽく見える性格に反して彼は後方支援を得意としている。別に戦闘が不得手だった訳ではない。
しかし邪神との戦いの中でも食料や装備品、薬など消費物の確保や補給線の安全を守ることが主な役割だった。
また大型の魔獣を従魔にし、荷物や人の運搬もさせていたとか。地味な仕事だが大事なことだと本人は胸を張って語っている。
「誰もやりたがらない仕事ほど真面目にこなせば感謝される。だがそれを気軽に引き受けちゃあいかん。
何事にも代価が必要だ。無償の労働は自分のためにも相手のためにもならん。自分は損するだけだし相手もそれが当然のことだと誤解する。
タダより高いものはない。仕事は報酬に見合うものを選べ。仕事が達成された時みんなお前に感謝するぞ。」
世間の荒波にある程度揉まれ、上手い世渡りの仕方を身をもって覚えろという彼の言い分は下手な偉人の言葉より身に染みる。
ガロウも苦労したんだろうなと思う。今だってここの住人の食事や体調管理、武器の損傷具合を確かめるのは彼なのだ。
そのかわり他の住人に色々面倒ごとを押し付けたりしているらしい。自分の得意な仕事するけどそれ以外はよろしくね、それが彼のスタイルだ。
「旅は楽しいぞ!自分の世界が広がる。今じゃあ俺の世界はこの狭い森だけだがお前の旅に幸運が待ち受けていることを願おう。
陸神ヴェールリオン様の加護があらんことを!これは俺からの選別だ、遠慮せず受け取れ。」
渡されたのは一本のククリナイフ。いつもガロウが腰から下げているものと同じものだ。
ククリナイフはメインウェポンにならないが護身用や解体用には十分使える。近距離だけじゃなく遠距離にも対応できるのが良い。
素材はかなり希少なアダマンタイト製でガロウ曰く兎に角硬く頑丈なのを作ってもらったとか。しかもその上で不壊の付呪までつけているという。
その為使徒になる前から所持しているものらしいが刃こぼれ一つない。いざという時は売って金にしてしまっても良いと言われたが絶対に手放すまいとユナンは固く誓った。