使徒
【使徒】。それは神話の中で数回だけ登場する謎の集団。
邪神と戦う使命を持ち、それを成し遂げた者が創造神によって世界の守護者として選定された存在が使徒だ。
勿論邪神を倒した者が全て使徒になれる訳ではない。基準など分からない。所詮神が決める事だ。
この世界には沢山の神が存在するらしいが(宗教によっては神は創造神の一柱だけ)使徒はその配下、神獣などと同等の力を持つ者だとか。
「俺たちは全員揃って創造神様に気に入られてな、見事使徒の仲間入りだ。」
「とはいえこの大陸にいる使徒は私たち七人だけだ。他は千年前の邪神との戦いで死んでいる。」
「補給も兼ねてたんだろうな。」
使徒一人の戦力は列強国一つ分の軍事力以上と言われている。ハロルドたちが使徒になる以前にいた使徒は四人。邪神とはそれだけ脅威的な存在なのだ。
「俺たちもまた邪神が現れたら戦うことになる。まぁ、そんなこと滅多にないと思うけどな。」
曰く、邪神とは人々の負の感情が凝縮され澱んだマナを吸収し、瘴気を纏った魔物が変異した存在らしい。
何故元々魔物だった存在に【神】なんて言葉を付けるのか不思議だが世界を破滅させるほどの存在なんて邪とはいえ神といって差し障りないとか。
「少なくともあと五百年の間は出現しないと思うぞ?前の時もそうだった。」
「そう、ですか…。」
五百年。それはまた気の遠くなるような年月だとユナンは呆けた。おそらくその時が来るまでハロルドたちは生きているのだろう。
そのために生きているようなものだと思うし…しかしそうだとしても何故外界と関わりを持とうとしないのだろ。
この集落にあるものはほど全てがハロルドたち自身によって作り出されたものだ。
近くの鉱山から鉄などの鉱石を採ってきてそれらを製鉄、魔物や魔獣を狩り解体、家は巨木をそのまま改築、家具も木を切り出し作成。
そのほか言い出せばきりがないが徹底的なほどの自給自足を貫いている。流石に一から十とまではいかないけれど。
森から少し離れた山から岩塩が採れるらしいが胡椒やらその他諸々は流石にこの辺りでは採れない。
しかし家の裏にある倉庫には何十年分かと思うほどの大量の香辛料が魔法によって貯蔵されている。
どうやら何十年かに一度だけ周辺の国を巡り一度に自分たちではどうにも手に入れられないものを仕入れて来るとのこと。
ちなみに仕入れはほぼカフカが行くと決まっている。彼女は他の六人と比べ【変装】【迷彩】【印象操作】といったスキル多く持っているからだ。
「カフカのご先祖様の恩恵だな。」
「変装の達人かなにかですか?」
「いや、ただの化け物だ。」
ユナンが頭上にクエスチョンマークを浮かべているとカフカから制止が入った。どうやら触れられたくない話らしい。
普段話が進められるのをじっと見つめ、エスカレートすれば落ち着かせ、横道に逸れれば軌道修正するといった役割を務める彼女にしては珍しい行動だ。
彼女は決して話を有耶無耶にしたり中途半端に終わらせることを良しとしない。その彼女が話を中断させたのだ。
何かあるのだろうな、と思いはするが彼女にだって秘密にしたいことぐらいはあるだろうと聞くのをやめた。
「森の外からでないのには理由があるのですか?」
「あぁ、使徒になった時にあまり世界に干渉しないようにと言われてる。」
使徒一人の力が大きすぎるが故自分が元々住んでいた国などに留まっていると戦争などで駆り出される可能性がある。
創造神の使徒が国家の兵器として使われるべきではないとはるか昔使徒たちの間で決めた誓約が『国に属さない』というこだ。
一つの国に属さず己の親族たちとも距離を置き、使徒同士お互いを監視しながら世界を守護する。それが今の使徒の在り方だ。
「俺たちは余程のことがない限りこの森から出るつもりはないし、ユナンが出ていった後は森を別の場所へ転移させるつもりだ。
世界に干渉しない。お前を拾った時点で守れてない気もするが俺たちは全員の意思でお前を育てる決めた。
けどそれもお前が大人になれば終わる。会うこともないだろうし、会うとすれば世界が滅亡する危機にあるときぐらいだ。」
清々しいほどきっぱりと告げられた言葉を理解するのには数秒かかった。
ユナンは数秒かけてゆっくりと言葉を理解し、飲み込み、二人に視線を向けた。
「ユナンもこの森で生活していたから分かるだろう?ここは外界から隔絶された、何が起ころうが外のことなんぞ知り得ることができない場所。
…お前が出ていった後どんな成長をするのか見守れないことだけが唯一の心残りだ。」
この外見と中身がまるで噛み合わない父が今だけは何故かもう長い眠りにつくのを待つだけの老人に見えた。
外見は自分より少し上なだけに見えるのに不思議なこともあるものだとユナンはまるで他人事のように彼を見つめた。
「出て行く前に他の奴らとも話をしていけ。後悔しないようにな。」
ユナンの手より少し大きく、しかしはるかに多くの死線を乗り越えてきたのであろう手の平が彼の髪をゴシャゴシャにかき回しながら撫でた。
そして満足したように笑顔を浮かべてハロルドはカフカを連れて部屋から出ていった。