巣立ちの前
家の二階、そこには楕円形の机があり8人分の椅子が置かれていた。定位置は誰が言い出したでもないのに決まってる。
部屋の入り口から最も近いのが《ユナン》。
逆に最も遠いのが黒い軍服の男、ユナンの父。
その右隣に座るのが《カフカ》、ユナンの母。
その隣には頭に布を巻きボロを纏った老人。
老人とユナンに挟まれて座るのは薄緑色の髪と腕から生える羽毛が特徴の青年。
軍服の男の左側に座るのは八人の中で最もガタイのいい頭に角を生やした巨人。
その隣には巨人の青年とは対象的に小柄なこれまた角の生えた少女。
少女とユナンに挟まれて座るのは顔と体に無数の傷がある青年。
「全員集まったな、では始めよう。」
この八人がこの家に住む住人の全てであり、血の繋がりはないが家族と呼ぶ者たち。
「まずはじめにマッサカーボアが出現、これをユナンが狩った。おそらくはぐれだ。先日ガロウが報告したドラゴンから逃げてきた個体だと思われる。
まぁ所詮高位で止まるような魔獣だ。放っといてもそこらの冒険者が倒してただろうがね。」
この森には魔物、魔獣と呼ばれる生き物が極端に少ない。
魔物や魔獣は体内には魔石というものがありそれが心臓のようなエネルギーの循環器の役割を果たしている。
魔石にはマナと呼ばれるエネルギーが溜め込まれていてそれを使うことによって魔物たちは魔法を行使することができる。
魔物、魔獣は共に通常の動植物よりも危険で各国に存在する【冒険者ギルド】などで討伐クエストが出る。
何故この森には魔物たちが出難いかは不明だがどうやらカフカの隣に座る老人の能力が関係しているらしい。
「結界の強化が必要かの?」
「不要だ。そこいらの魔物共ならばガロウの従魔で追い払えるだろう。」
「幻獣、神獣じゃなきゃ余裕だぜ。」
胸を張って言い切ったのはユナンの隣に座る傷だらけの青年、《ガロウ》。彼は魔獣を己の配下として使役する能力を持つ。
この森に住む魔獣の殆どが彼の従魔であり、この森の見張りの役割を持っている。…あくまで見張りが仕事であり迎撃はしないのだが。
「で、次だ。もうすぐユナンが15歳になる。」
軍服の男の言葉に部屋中がシンッと静寂に包まれる。
「もう15年か。」とカフカ。
「時の流れは早いのぉ、すっかり忘れておったわ。」とボロの老人。
「もうそんな時期かよ。」と薄緑の青年。
「異論はないぞ。」と巨人。
「教えることもないしね!」と小柄な少女。
「俺ら以外の奴とも戦わねぇとな。」とガロウ。
ユナンは思う。長いようで短かったが自分と彼らには約束がある。しかしそれを思うとやはり時の流れは早い。
15歳。それはこの世界での成人を意味する。ユナンは拾われ子だ。子供であるうちは七人の庇護下にあることが約束されていた。
しかし自分はもうすぐ大人になる。つまり巣立ちの時がくるということだ。
「正直このまま俺たちと暮らしててもいいと思うんだがね。」
「ハロルド、過保護はユナンの為にならない。」
カフカは軍服の男、《ハロルド》を嗜める。二人はユナンの両親だ。たとえ血が繋がっていないとしてもそれは変わらない。
十五年前この二人に拾われなければ自分は今生きてはいない。二人と他五人、ユナンは彼らに育てられた。
感謝している。だから、だからこそ自分は彼らから離れなければならない。いつまでも甘えていてはいけない。
「うん、カフカの言う通りだな。ユナンにはもっと広い世界を見てほしい。」
ハロルドの眼差しは優しくもユナンを試しているようなどこか厳しさを秘めたものだ。
「父上、俺も外の世界を見たい。父上や母上、他のみんなが教えてくれたことが世界でどれだけ通用するか試したい。」
生意気なことを言っている自覚はあった。ユナンはここにいる七人から様々なことを教わった。
それは狩猟、戦闘、文字、言葉、世界の歴史、規則、国、そこに住む人々、他にも数え切れないほど膨大な知識。
しかしどの分野に至っても自分は彼らの上をいったことは一度もない。自分が勝ったことがあるの森に時折現れる魔物たちぐらいだ。
「それでこそ俺たちの子供だ。」
ユナンの言葉にハロルドはとても嬉しそうに笑っていた。