小鬼討伐
右手に石を一つだけ握りしめそこにオドを集中させる。すると確かに先程まではただの石だったはずが僅かに黒いオーラを纏っていた。
「全部で七体か…。」
相手の数をしっかり確認した上でユナンはこちらに走ってくる小鬼の列のちょうど真ん中目掛けて石を投げる。
それはまるで追い風でもついているようにぐんぐんとスピードを上げ飛んでいく。小鬼たちはそんなものには気付かないようでただ走ってくるだけだ。
グシャッ
〔⁉︎〕
列の真ん中にいた小鬼の顔がまるでトマトのように潰れ、脳漿や眼球が周囲に飛び散る。もちろん頭蓋骨にはユナンが投げた石がめり込んでいる。
しかし何が起きたのか理解できない小鬼たちは突然頭が破裂し死んだ仲間のそばにおずおずと近寄ってそれを理解しようとする。
「では今のうちに。」
ユナンは小鬼たちが固まっているうちにオドを纏わせた石を次々と投げていく。まるで糸で繋がっているのか石は一つも外れる事なく小鬼の頭に沈む。
そしてようやく攻撃されていることに気づいたのか最後に残った小鬼はユナンに向かって意味不明な叫び声をあげ走り出した。
しかしユナンがそれで焦ることはない。石は全て投げてしまったが足元に落ちていた1mほどの細長い枝を代わりに拾い上げる。
そして石にしていたのと同様に枝にもオドを集中させた。もうすぐそこには眼を血走らせ口から涎を零す小鬼が迫っている。
ビッ
ユナンと小鬼との距離が2mも切った瞬間ユナンは一歩踏み込み枝を薙ぐ。そしてそのまま小鬼の頭上を跳び上がって避ける。
小鬼は突然目の前から消えたユナンを探そうと体を翻したが何かがおかしいことに気が付いた。向きが変わっていないのだ。
体は確かに後ろを向いたはずなのに顔は前を向いたままだ。これはどういうことかと体を動かせば頭が定位置からズレて地面に落ちていく。
ドサッと音がした後それに続くようにバタンッと音がした。頭が先に落ちた後体が倒れ込んだのだ。
「苦しませず殺せたなら僥倖。」
頭と体が切り離され死んだ小鬼は驚愕の表情を浮かべたまま死んでいる。しかしそれを哀れむことはしない。
所詮この世は弱肉強食によって成り立っている。弱い者が死ぬのは世の理。生き抜く術を持たず、持とうとしない者に居場所などない。
「討伐の証は右耳だったな。」
『お前は耳を切れ。素材は俺が分けてやる。』
今まで肩に乗って傍観していたウーバーは地面に降り立って首と離れ離れになった小鬼の体をその体の中に飲み込む。
基本的に魔獣や魔物は体のどこか、最もエネルギーが集中する場所に【魔石】と呼ばれる魔力の詰まった石が存在する。
小鬼やコボルトといった知性の低い魔物は殆ど心臓近くにあることが多い(おそらく生きることで精一杯なので)。
逆にドラゴンなどの知性が高い魔物は頭部にある。魔石は人が生活する上で無くてはならない品なので駆け出しの主な収入源だ。
『ほら。』
「小さいな。」
ウーバーが吐き出した魔石はユナンの手の親指より少し小さいぐらいだった。色は赤黒く濁っていて血の塊のようだ。
魔物にランクがあるように当然魔石にもランクがある。というよりも基本的にこの世界の品々にはランクが存在する。
ランクは冒険者のランクと同様に最低位のFから最高位のSだ。まれに+(プラス)と−(マイナス)が付くこともあるが今は置いておこう。
そして今ユナンの手の中にある小鬼の魔石は最低ランクのFだ。あまり魔力は詰まっておらず魔石を使用する魔導式ランプで使用するとすれば一時間分だ。
価格も安く一つにつき銅貨一枚分にも満たない。売却するとなれば価格はもっと低くなるだろう。
逆に最高ランクのSともなれば魔剣や魔導具に使われ武器に様々な効果を与える。ただしその分加工は難しい。
「残りも手早く済ませちゃおうか。」
その後は何事も起きず、頭の潰れた小鬼から右耳だけ切り落としそれ以外の部位はウーバーが飲み込んで魔石だけを吐き出す作業が続いた。
血の匂いに釣られた魔物の一匹ぐらい現れると少しばかり期待もしていたがそんなこともなく正直拍子抜けしてしまった。
もしかしたら国の首都付近なので冒険者だけでなく兵士によって定期的に魔物を駆除されているのかもしれない。
「まだ昼にもなってないけど…終わっちゃったね。」
『暇だ。まだ森いたときの方がやり甲斐があった。』
「今帰ってもな…。」
おそらく今の時間ぐらいが最も冒険者ギルドが賑わっているだろう。であるならばあまり戻りたくないというのがユナンの本音だ。
昨日宿屋で言われたことがその気持ちを強くさせる。目立つような行動は控えるべきだったと反省してももはや意味はないだろう。
『過ぎたことは仕方ないだろ。』
「そりゃそうだけどさ。」
『じゃあこう考えろ。』
呆れたような様子で魔石を吐き出すウーバーを見る。まるで駄々をこねる子供を嗜めているようで気に入らないが今は黙って聞くことする。
『自惚れ過ぎだ。』
ユナンは言われた言葉に思わず固まった。しかしウーバーの言葉は止まることはない。
たかだか一晩の児戯にも等しい力比べで注目を浴びたからといってその人物の全てを評価されるわけではない。所詮は命もかけないお遊びなのだから。
確かにユナンはそれなりに強いかもしれないが結局は森の中では一度として七人と対等に戦えたことはない。一応非戦闘員のガロウにすらだ。
もしかしたらユナンの実力なんてそんなもんでユーグリントを巡ってみれば本当は大したことがないのかもしれない。そう考えれば気持ちも軽くなるだろう。
「…はは、返す言葉もないな。」
言われてみると結構恥ずかしい。なるほど自分は自惚れていたのかと徐々に顔に血液が集中してくるのが分かる。
「ウーバーは凄いなぁ。」
『浮かれてたんだろ。お上りさんだからな。』
彼の言葉で沈んでいた気分が消えていく。自分の悩みなんてどうでも良くなるぐらいだ。まだこれからだと言うのにこんなことで一々落ち込んでいるのが馬鹿らしい。
「よし、帰ろうか。」
『今日は街の散策でもしよう。』
「いいね。」