薬草摘み
ソロモンから出て少し離れればすぐ草原に着く。そこはユナンが森から出て初めて訪れた場所でもある。
見渡す限り草原が広がっており近くに森や洞窟はない。遠くには山が見えるが辿り着くには日を跨ぐことになるだろう。
まずこの草原で行わねばならないのは一つ目の依頼【クラル草の採取】だ。追加報酬は魅力的だがまずは十本採取しなくてはいけない。
「競争するか?」
『良いだろう。』
フードに収まっていたウーバーが跳躍し地面に降りる。ブルブルと体を震えさせるとその体の形が変化していく。
『先に五本集めた方が勝ちだな?』
「うん。」
『じゃあ後はいつも通りで。』
その姿はガロウが使役していたトリニタースルプスに瓜二つだった。
違う箇所といえば色と大きさぐらいで変化したウーバーは本物と違いひとまわり小さく透明な灰色だ。
彼はユナンの返事を聞くや否や四足で駆けていく。その速度は相当なものでまだ数十秒しか経っていないのに豆粒ほどの大きさしか姿が見えない。
競争である以上いつまでもその姿を見ているわけにはいかずユナンも薬草探しを開始する。…とはいえ一面に映える緑はどれも同じにしか見えない。
「さて。」
しかし彼は慣れたものだ、と言わんばかりに自身から数歩横の場所に生えている草に手を伸ばす。
「人の手のような形の葉、裏の棘、…クラル草だ。」
クラル草自体はユナンは見たこともあれば調合をしたこともある。ジンとゼノは調合が好きでどこからか素材を引っ張り出してきては混ぜていた。
ユナンに調合の基礎を教えたのもこの二人だ。ただし明らかに怪しい物を作っているであろうと察したときはカフカに逐一報告をしていた。
それはジンが地下室で調合をしているのを見学していたとき何をしたのか今でも分からないが大爆発を引き起こしたからだ。
地下室は魔法と物理攻撃に対する強力な付呪が施されていたため崩れることはなかったが室内の本棚や薬箱などは酷い有様だった。
調合をしていたジン自身とユナンも爆発を至近距離で食らい火傷を負った。
ちなみにその時ジンは間に合わなかったが僅かに障壁を展開したため怪我はユナンよりずっと軽かった。
それ以来ユナンは調合がすっかり苦手になってしまい殆どウーバー任せにしている。
「あぁ、アレもそうだな。」
あいにく過去のトラウマもあり調合は苦手でも素材を集めること自体はザガンのおかげで好きだ。
ザガンは【鑑識】の魔眼と後天スキル【直感】のおかげでフィールド上にある薬草や鉱石を探し当てるのが得意だった。
よくゼノも連れ立って家の近くの鉱山に採掘にも行った。とはいえあそこは蟻の巣のような状態になっていたのでユナンは深層には行ったことがないが。
ザガンは無口無表情で無愛想に見えるが(※というよりも竜/龍人族は感情の機微が他種族に比べて見分けづらい)案外世話焼きだった。
どの素材がどんな効能を持ち、採取する上で何を気をつけるべきか。彼はそれを時間をかけてユナンに教えてくれた。
調合の素材としてだけではない。花弁をつける薬草であれば押し花や砂糖漬け、鉱石であれば塗料など様々な用途を細かに教えてくれた。
お陰で使わなくとも素材を見つければ採取するぐらいに収集癖が付いたぐらいだ。流石に溜めすぎた時はカフカに叱られのでそれ以降は自重するようにしている。
「一本見つかればすぐに集まるな。これで五本だ。」
ウーバーから合図がないということはユナンの方が早かったのだろう。ユナンはウエストポーチから笛を取り出すと勢いよく吹く。
しかし通常の笛の様に甲高い音が鳴り響くことはなくシュー…、と空気が抜けていく音だけがした。
しかしウーバーには笛の音が聞こえたのか遥か彼方から狼の遠吠えが聞こえてきてそれに付随する様に地を駆ける小さな狼の姿が見えた。
「俺の勝ちかな?」
『おう、お前の勝ちだ。だが俺は良いものを見つけたぞ。』
背から伸びた触手に三本のクラル草を握りしめたウーバーは楽しそうな声で言う。クラル草を受け取ると彼はまた走り出す。
少し走ったところでウーバーは姿を元のスライムの形に戻して止まっていた。ユナンが手を差し出せばそこを伝って肩まで登っていく。
『この先を見てみろ、獲物がいるぞ。』
言われた方角を見てもユナンの目には何も映らない。しかしウーバーがないものをあると言ったことはないので目の周りにオドを集中させる。
すると先程まで見えていた風景のさらに先が鮮明に映し出されていく。そこには小さな黒い人影のようなものが複数見えた。
「…小鬼か。」
『わざわざ洞窟に行く手間が省けたな。』
「クラル草をあと二本見つけて狩るか。」
ユナンは腰に差していたカタナを鞘ごと引き抜いてその場で円を描くように草を薙いだ。そして足元から緑色のオーラが滲み出す。
瞬間小さめの竜巻が発生し大地から切り離された雑草などが舞い上がっていく。それに向かって肩に乗っていたウーバーを放り投げた。
すると彼の体の至る所から触手が伸び一部の草だけを掴み取る。それを見たユナンはカタナを元の場所に差し終えると腕を右から左に勢いよく振る。
それに続くように一陣の風が吹きウーバーが掴んだもの以外の草が吹きと出せれていく。重力に従って落ちてきたウーバーを片手で捉える。
「何本?」
『クラル草は六本、パラリジ草が四本だ。』
ひとまず目標の本数には到達していたので二本だけ受け取りユナンは自身の手元にあったクラル草と一緒に束ねる。これで薬草摘みは完了だ。
一緒に採取できたパラリジ草は麻痺毒などを作るときに使う薬草だ。アール草と調合する事で鎮痛薬になる。
こちらはポーションと違い傷を癒すことはない。名前通り痛みを感じさせなくなるだけで冒険者や兵士にとっては最終手段として服用するものだ。
痛みがなくなっても出血は止まらず傷を塞ぐこともないので出血死する事だってある。なので出産や手術のために使われることが多い。
「何かしらには使えるでしょう。」
『おい見ろ、ユナン。獲物が来たぞ。』
薬草をウエストポーチにしまっているとウーバーが肩の上で跳ねる。ユナンにも聞こえているが視線は向けない。
どうやら豆粒サイズにしか見えなかった小鬼たちは先ほどの竜巻に興味を持ったのかこちらに走ってきていたようだ。
「武器も要らないな。」
そう呟いたユナンは足元に転がっていた赤ん坊の拳程度の大きさの石を何個か拾い上げる。そして小鬼たちを見やった。