父母
「ただいま。」
森の奥深く、とある場所に少年の帰る場所がある。
そこは僅かに木々を伐採し土地を拓き一本の巨木をそのまま家にしたものだ。
家の近くにはそれほど大きくはないが畑があり、果物の木が植えられおり、それと離れた場所には動物が家畜として飼育されていた。
少年の他にも人影があり、それらは少年に気づくと声をかけたり手を振ったりする。彼はそれらを通り過ぎ家の中へ入る。
「父上、母上、いますか。」
室内は家同様木材を基調としている。
一枚板の机や小難しそうな本がぎっちりと入った棚、様々な色を放つ鉱石が入った瓶の保管棚、大小バラバラな盾や剣が立て掛けられた飾り額。
他にも色々あるが少年は気にせず部屋の奥へと進んでいく。通路を通り、階段を上がり、最上階と思わしき階まで上がる。
そこはこの家に住む者たちのプライベートルームがある階であり少年の部屋もあるわけだが彼は己の部屋に戻ることなく突き当たりの部屋へ向かう。
コンコンコン
「どうぞ。」
ノックをすると男性の声が部屋の内側から聞こえてきた。少年はそれを確認するとドアノブを捻り入室する。
「あぁ、ユナンか。今日は何を狩ってきたんだ?」
室内にいたのは二人。一人は少年と同じ黒髪であるが瞳の色は髪と同じ黒、ラッシュガードにズボンという簡易な装いの男性。
服も黒で統一されておりまるで死神のような印象を受ける。手にはロングソードと羊毛が握られていた。手入れの途中だったようだ。
そしてもう一人は男とは正反対に真っ白な髪に金色の目、透き通るような肌の女性。
彼女は男とは違いシャツを羽織っているがそれも薄手のもののようで下に着ているであろうアンダーウェアがわずかに透けている。
二人は少年、《ユナン》とは血の繋がりはないがそれでも彼は二人を父母として尊敬しているし二人もユナンを愛している。
「マッサカーボアです。瘴気が濃くなっていたので狩りました。」
「高位の魔猪か…、この辺りには生息していないはずだが…はぐれかな。」
「先日ガロウの報告にドラゴンの出現があった。それと関係しているのでないか?」
二人はこの集落の長のようなものだ。ユナンの他に目の前の二人、そして五人の住人がいてたった八人だけで生活している。
何故こんな少人数でしかも生まれも育ちも違う者同士で生活しているのかユナンは知らない。
しかし彼は目の前の二人を両親だと思い生きてきたし、他の住人たちのことも家族だと思っている。だから理由などいらない。
「…カフカ、みんなを集めろ。」
「承知した。」
《カフカ》と呼ばれた白い女性は傍に掛けられていたジャケットを羽織るとユナンの横を通り過ぎ部屋から出て行った。
「さて、ユナン。お前いま齢は幾つだ?」
「もうじきで15になりますが。」
「もう十五年か。早いな、大人じゃないか。」
遠い目をする黒い男だがユナンから見て男の外見は彼とそこまで変わらないと思う。
父親のように思ってはいるが男の髪には一本も白髪はないし、皺もない。その姿はユナンの物心がついた時から全く変わらないのだ。
当然のように先ほど部屋から出て行ったカフカも変わっていないし他の住人もそうだ。ユナンだけが変わっている。
まるで他の住人は時が止まってしまったように姿が変わらない。
「可愛い子には旅をさせよ、だったか。」
「何ですかソレ。」
「俺のご先祖様の言葉らしいぞ。甘やかさず苦労させろって意味だ。」
そう言いながら笑う男はロングソードを額にしまうとシャツを着る。そして椅子の背に掛けられていた黒い軍服の上着を手に取る。
「さぁ、俺たちも行くぞ。お前と俺たちの今後について話さんとな。」