閑話・二匹の猫
「それで?」
薄暗い照明の中カウンター越しに向き合っているのは二匹の猫だ。アイスブルーの四つの瞳は暗闇の中でも煌めいている。
「雇い主への報告は済ませてある。勿論他の猫どもにもだ。」
カウンターの内側で積み上げられた書類の山に目を通しているのは老いた猫だ。白髪が灰色の髪の中で目立ってきたが老いぼれというにはまだ早い。
数年前まで冒険者であったのも関係しているのかもしれない。彼は魔法が不得手だった代わりに剣術と体術はずば抜けて優れていた。
肉体派であったため未だに自衛のための訓練は毎日欠かさないらしい。お陰で筋肉は現役時代よりは落ちたものの同年代に比べれば精力的だ。
「彼、魔人なんですか?ハーフエルフにしか見えませんでしたけど。」
「俺も本物の魔人を見たことがないので断言はできん。」
二匹の猫の片割れ、若い猫は手元に置かれていた羊皮紙に書かれた文字の羅列を指でなぞりながら追っていく。
そこに書かれているのは一人の青年の情報だ。どこでいつから調べてきたのかは分からないがたった一日で拾い上げた成果とは到底信じがたい。
今日の昼頃、門前で下位の冒険者と言い争い猫獣人、キトゥンを助けた。従魔を連れ街に入り“寄り道”をしつつ冒険者ギルドで登録を完了。
担当者はハオラン・ロ・ウェイ(龍人族・元Bランク冒険者)、補佐にギュンター(ミクスドエルフ・元船乗り)。
ギルド登録完了後二階部で談話をしその後落龍のねぐらへ向かった。店主との取引により鍵付き部屋での宿泊が決定。
現在はキトゥンとともに部屋にて就寝中。目立った動きは無し。明日はギルドへ行く可能性が高い。
「ユーグリントを巡るのであれば他にも協力者が必要ですね。」
「使えそうな奴らへは既に連絡済みだ。」
相変わらずこの老いた猫は仕事が早い。若い猫はカウンターに置かれた果物の果汁を水で薄めたものに口をつける。
やはりただ水で割っただけのものは美味くない。少し前に知り合いがくれたものは美味かったが同じ果物の汁といってもこれだけ差が出るか。
同じものを作ろうと思考錯誤しているがなかなか上手くいかない。やはり薄めず絞っただけのものを飲んだ方がまだマシかもしれん。
若い猫は飲みながら一人の知り合いのことを思い出していた。変なものばかり集めている男だが時折予想だにしないようなものも持ち出してくる。
己のことをゴミ漁りなどと自称するがあれはスラムにいるような浮浪者たちとは全く違う次元にいる者だと分かっている。
「ゴミ漁りですか。」
「聖教徒殺し、イーラベルの隠者ども、あとはスノードロップヤードの遊牧民族もな。」
「そこまでする必要が…?」
確かに自分たちの雇い主は莫大な資金を提供してくれいる為失敗は許されない。とはいえ対象はたった一人の成人したばかりの青年だ。
しかも彼が雇い主の言っていた対象であるのかも明確に分かっていない。なのにこれほどの包囲網を敷くとは。
確かに彼は謎が多い。自分たちはユーグリント中に目を持つがいまだに彼の出生地や家族構成すら調べられていない。
まるで何もない空間から突如現れたような存在だ。自分たちの雇い主のことも同様に詳細がつかめられないが彼ほどではない。
「雇い主の言っていた人物は彼で間違い無いのですか?」
「それはまだ分からん。しかし中間報告の時点で雇い主は彼から目を離すなと指示を飛ばしてきている。
我々はその指示に従えばいい。勿論他に該当しそうな輩が現れればその都度報告入れる。しかし目下注目するべきはかの青年だ。」
ならば仕方ない、と思考を止める。雇い主がそう指示するのであれば自分たちはその指示に従う他ない。
「ガティート、余計な詮索は無用だ。俺たちは犬ではないが奴らよりはよっぽど知恵がまわる。【猫の集い】の一員として務めを果たせ。」
「…分かりました。」