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魔王は世界を救うのか  作者: 戦部孔雀
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門出

七人と話をした数日、ユナンはとうとう成人、つまり15歳になった。

それは七人が住むこの森を出ていくということでもある。

生まれ落ち、肉親の顔を覚えることもなく捨てられ、英雄によって育てられた。


数奇な人生だ。


窓の外を見れば一点の雲もなく青い空が広がって見えた。この空が外の世界まで広がっているのか。

その解はもうじき自身の目で見ることになる。渇望していたのだろう。

本や会話の中で得た知識を持ちながらそれを見ることがなかった十五年の歳月。

しかし今日、ユナンは鳥籠から放たれ自由を手にし、無慈悲な世界を目にすることになる。


その体を包む衣装は簡素なものだ。サファギンの皮を鞣し加工した外套を羽織り、その下には牛の皮で作られた薄い防具を着ている。

腰にはウエストポーチをつけ、肩にも大きめな石一つ入る程度のカバンを掛けている。主武装としてこの大陸では珍しい片刃の剣、カタナを差している。

一見軽装で手荷物も少なく、長旅をするようには見えないが冒険者であればこのような格好は珍しくはない。

高価であるものの増幅の付呪がかけられたポーチやカバンは冒険者の必須アイテムであるし、ごく僅かであるが収納のスキルを持つ者もいる。

出来るだけ身軽に旅をするのが冒険者にとって重要であり武器と回復アイテム以外の荷物はなるべく人目に見えない方が良い。


「…そろそろ行くか。」


部屋を見渡してみてもそこには何も残ってはいない。最初からこうなる未来は約束されていたのでユナン自身物を溜め込まなかった。

彼がこの部屋を出ていけばもうここは誰の部屋でもなくなり、誰かが過ごしていた面影もなくなる。もうここに戻ることはない。

虚しく思えたがユナンはそれをどうにかしたいとは思えず何も語ることなく十五年過ごした部屋を出ていった。


階段を降りて行く道中に誰かに会うことはない。気配感知を発動させて見れば全員家の外にいることが分かったからだ。

そのままどこに寄ることもなく真っ直ぐ玄関まで進んだ。七人の種族も育ちも異なる英雄が共生するこの家はどこか混沌としている。

それが今までごく普通のものだと思っていたが改めて思えば可笑しい風景だと思う。まるで魔女の大釜を覗いている気分だ。

そんな光景を目に焼き付けてユナンは玄関の扉のノブを手に取り開ける。薄暗い室内に真っ白な光が入り込み僅かに目を細めた。


「おぉ、主役のお出ましだ。」


七人は家の前に集まっていた。普段森の中で過ごしている時のような軽装ではなく各々の正装なのであろう正に英雄という称号に相応しい姿をしている。


ハロルドは黒で統一された軍服にグレイッシュな緑のブーツ、頭には軍帽を乗せている。腰にはロングソードを差していた。

カフカは兜は被っていないが竜か魚の鱗のような模様の彫られた白銀の鎧を纏い、サイズの異なるショートソードを三振装備している。

ジンは普段のボロを脱ぎ去り頭と両腕には珍妙な模様の描かれた布を巻き、体はいかにも魔術師といった黒いローブで包んでいる。

ガロウは獅子型の魔物の頭部で鼻の頭まですっぽりと隠し、毛皮を羽織っていた。腕にはバグナグを装備している。

ウィリアムは大陸東部に住む少数民族が着ているキモノと呼ばれる服を着ており背中から生える翼の邪魔にならないよう付け根の部分だけ切り込みが入っている。

ザガンは胴体には鎧の類は身につけておらず二の腕部分から指先まで魔鉱石でできたガントレットだけ装着していた。手にはハルバートが握られている。

ゼノはウィリアム同様東部の民族衣装を着ていたがキモノとは違い唐風な装いをしている。背にはゼノの身長の二倍はありそうな斬馬刀を背負っていた。


「みんなのそんな姿初めて見ました。」

「息子の門出だ。正装で然るべきだろう?…とはいえ暑い、動き辛い。」


軍帽を扇ぎ涼もうとするのは如何なものかと思うが本人が良しとするなら構わないのだろう。


「そういえばみんなから贈り物もらったってなぁ?」


楽しそうに口元を釣り上げながら見つめるハロルドは軍服のポケットに手を入れるとペンダントを取り出しユナンに渡した。

真っ赤な小指の第一関節ほどの大きさのある宝石のついたそれは中心だけ妙に黒い。まるで血が渇いたような色だ。


「もし旅の行き場に困ったら帝国領のノーザンクワイトベルクに行って見な。面白いモノが見れるかもしれん。」


帝国。この大陸に五つあるうちの国の一つ。かつてユーグリント最強の戦争国家として全盛期には大陸の三分の一を有していたとか。

正式名はディアヴェルス帝国。弱肉強食を掲げ、強い者であれば種族問わず欲するものが手に入ると約束された一攫千金を夢見る者が集まった国だ。

建国以来数千年以上覇権を争い続けてきた最大の敵対国、メギディリア神聖皇国とは切っても切れない仲らしい。

ちなみにハロルドとゼノは帝国、カフカは皇国、ガロウとジンとザガンはイーラベル王国、ウィリアムは浮島の出身だ。


「それと、これもだ。何事も先立つ物がなけにゃあ始まらんからね。」


そう言って差し出したの小ぶりな麻袋に入れられた金銭だった。金色の硬貨が10枚、銀色と銅色の硬貨が50枚が入っていた。

ユーグリントでは各国特有の硬貨が存在するが大陸共通の硬貨も存在する。主に冒険者が使う硬貨であり大きな街でしか換金出来ないが便利な物だ。

今ユナンが渡されたのは共通硬貨であり単位はゼニー、全部で五種類ある。まず青銅貨(一ゼニー)、銅貨(十ゼニー)、銀貨(百ゼニー)、金貨(千ゼニー)。

そして最後に滅多に出回ることのない白金貨(一万ゼニー)。この白金貨は総枚数自体少なく原材料となる白金剛石も少量しか採れない。

実際に見たことはないが聞くところによると金貨の中央にごく少量の白金剛石が埋め込まれているらしい。


「こんな大金…。」

「先日渡した手紙と一緒に入れられていたものだよ。」

「!」

「お前を煩わしく思っていたらこんなことはしないさ。」


ユナンは未だ両親がどういう思いで自身を手放したのか想像がつかないでいた。何度も手紙を読み返した。何度もその紙面をなぞった。

しかし分からない。ユナンは魔人だ。だからきっと両親も魔人なのだろう。ユーグリントに魔人は存在しない。

どこに行ってしまったのか。どこへ行けば会えるのか。魔人は暗黒大陸に住んでいるという信憑性もない噂程度の話しか知らない。


「父上たちのことはずっと尊敬していますし、感謝もしています。でもやっぱり血の繋がった両親のことも気になって仕方ないんです。

顔も見たことない。何かしてもらった訳じゃない。他人同然な人でも…一度で良いから話をしてみたいんです。」

「お前の人生だ。好きにやりな。我慢する必要なんかないさ。」


革手袋越しに撫でられているはずなのにハロルドの手は暖かいと感じた。今日でこの温もりも最後なのだ。

彼らは世界の守護者であり、本来ユナンは出会うはずもなかった異分子でしかない。ここで離れて仕舞えばもう二度と会えない。

震える手をハロルドの軍服に這わせ、縋るように掴む。すると彼はおもむろにユナンを抱きしめた。


「例え二度と会えなくてもお前は俺たちの可愛い息子さ。お前が俺たちを忘れてしまっても俺たちはお前を忘れない。絶対にな。

約千年の生涯の中のたった十五年。それでも俺たちにとっちゃ二度と経験できない貴重な時間だったからね。」


彼等がいつからこの森に住んでいるかは知らない。だが住民だけは変わらない。彼等は世界の誰とも関わることなく自分たちだけで完結している。

その中に突然混じったユナンの存在は彼らにとって間違いなく特別で今後一切同じことは起きないだろう。


「さぁ、行こうぜ。旅立ちに涙は邪魔なだけだ。」


手を引かれハロルドを先頭に歩いていく。他の六人も何か喋ることなく二人に続く。目指すのは森と外界への境界線。

ユナンとハロルドたちが初めて出会った場所だ。

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