肉親
一日の終わりにするのは消費アイテムの確認と装備の点検。これはユナンが七人から様々な指導を受け始めた頃からのルーチンだ。
とはいえ魔物に出会ったとしても武器を構えることは少ない。大概は素手か魔法で倒してしまえるからだ。
剣術の修行をするときも大概は木刀や刃潰しをした模造刀を使用するので真剣を使うことなど稀なのだが日々の手入れは欠かせない。
コンコンコンッ
不意に扉がノックされ反射的にそちらを振り返った。もうじき眠る時間だが誰だろうと疑問に思ったが待たせるのも悪いと思いユナンは扉を開けた。
「よう。」
音の主人はハロルドだったようだ。彼はユナン同様もう寝るだけなのかタンクトップにクロップドパンツという軽装だった。
何事かと尋ねると話したいことがある、と返され立ったままでは何だしと部屋の中へ招き入れた。
ベッドと本棚、ローテーブルと座布団しかないつまらない部屋だがもう出て行くだけのユナンにとっては何の感慨もない。
「俺以外の奴らとは話をしたんだろ?」
「はい。不安はありますが自分の思うように旅をしてみます。」
「旅か…では冒険者になるんだな。」
冒険者になる方法は一つ。冒険者ギルドで登録をする、それだけ。条件はなく冒険者は出生、身分関係なく就ける唯一の職業だ。
ただしそこは実力、強いて言えば腕っ節がものをいう世界であり強い者は崇められ、弱い者は虐げられる、そんな世界だ。
ちなみに冒険者ギルドに登録しなくても冒険者と名乗ることはできる。しかしそういった存在は限りなく少ない。
「ある程度設定を作っておいた方がいいな。」
「設定…ですか?」
「どこから来てどういう生活をして来たか、まさか俺たちに育てられたなんて言えまいよ。」
確かに、とユナンは納得する。ハロルドたちはもはや外界では伝説のような存在であり自分が彼らに育てられたと言われても他人は信じないだろう。
「まぁ、無難なのは山奥で親と暮らしてたが死んで食い扶持がなくなったので冒険者になりに来た、ってとこか。」
「そういう方は多いんですか?」
「多いね。冒険者はそういう奴らが殆どだ。」
制限がない分志願者は多い。しかし危険も多く、昨日まで調子よく働いていた冒険者が今日は死体になっている、なんてことも珍しくない。
良くも悪くも全て個人の判断で行動することを許されているので自分の許容以上の依頼を受け結果死亡するというのはよくある話だ。
「冒険者は面倒ごとが多いからなぁ、厄介ごとには首を突っ込むんじゃないぞ?」
好き好んで冒険者になる人は少ない。それこそ職にあぶれたか、没落貴族か、戸籍も持たないようなスラム出身者か。
兎にも角にも社会のヒエラルキーの最底辺にいる存在でもなれる職業であるがゆえに無下な扱いを受けることも珍しくはない。
そんな理由もあってか冒険者は他人、強いて言えば同職の冒険者以外を信用しない傾向が強い。
「俺はこの森と父上たち以外の人を知らないから世界を回るのが楽しみですよ。ついでに自分のことも知れたら良いと思っています。」
「そうか…ザガンとゼノがお前と話したことを教えてくれてな、これを持っていけ。」
彼はズボンのポケットから一枚の封筒を取り出した。それは古い物のようだが皺や傷はなく日焼けもしていなかった。
よほど大切に保管されていたのか、それとも誰の目にも付かぬようにどこか奥深くにしまわれていたのか、それを知るのは目の前の男だけ。
「それは…。」
「十五年前お前を拾った時一緒に揺りかごに入れられていたものだ。」
「!」
封筒から出てきた紙は一枚だけで他には何も入れられていない。三つ折りにされていたが広げてみてもその内容はとても少なかった。
ハロルドから手渡されたその紙には必要最低限のことしか書かれていない、もしくは書けれなかったのではないかと疑った。
その者の名は姓は持たず《ユナン》である。
《ウヅ》と《エニヤ》の血族である。
彼の血を絶やしてはならない。
その三つだけが記されていた。衝撃は思っていたよりも少なくて、心が揺れ動くこともなかった。
何故こんなにも落ち着いていられるのかユナン自身にも分からない。自身と肉親を繋ぐ唯一のものだと理解しているのに大きく関心が持てなかった。
疑問に思うことは多々あれどそれはさしてこれからの生に関して亀裂を入れるほどではないと自覚する。
肉親とは言え物心がつく前から捨てられた身だ。生みの親より育ての親という言葉もあるしそれも理由にあるのかもしれない。
「…父上、俺は…。」
「今はまだ何も分からなくて何の感情も芽生えないかもしれんが焦ることはないさ。」
ハロルドはユナンの言葉を遮り肩を叩きながら笑う。まるで言おうとしていることが分かっているようだ。
「ゆっくり考えりゃあ良い。」
「そんなものですかね。」
「そんなもんさ。その為に旅をするんだろう?」
成るように成る。成るようにしか成らない。刹那主義で楽観的で、だがそれでいて日和見主義ではないこの男の口癖だ。