プロローグ
ある森の中でまだ歯も生え揃わない幼い男児の泣き声が響いた。
森には子どもの拳より小さいものから大人の背をゆうに越す大きな獣に満ちており男児などいい餌でしかない。
しかし獣は子どもには近寄らない。獣は本能的に自分より巨大なものから身を潜める。
ザザザザザッ
草木を掻き分け、枝の上を飛び移り、地を駆け、常人の目では追えない速度で移動する人影があった。
黒い髪と黒い瞳、上から下まで黒色の軍服を身に纏い外套は風に流される。
意思の強さがはっきりと現れた目は惑うことなく前を指し、目的の場所へ足を進ませる。
その後ろを追う影がもう一つあった。
白い細く細やかな髪に金の目、銀の鎧を身に纏った騎士だ。
二人は迷いなく足を走らせると先に黒い軍服がある場所で立ち止まる。
それに続く様に白い騎士も数歩下がったところで足を止める。
二人の前にあるのは一つのゆりかご。
黒い軍服はゆりかごに近づきその中を確認すると中に入っていたのは先程泣き声をあげた男児だった。
「…魔人だ。」
「町に届けるか?」
男児を抱き上げゆりかごの中を物色する黒い軍服は男児の下にひかれていた二つの封筒を見る。
片方の封筒には微小ではあるが金銭が。
片方の封筒には手紙と思わしき書類が。
手紙と思われるものを取り出し中を除けば黒い軍服は次第に顔を歪めていく。
「何事か?」
「この赤ん坊は連れて帰る。」
「それがお前の意思ならば、私はそれに従おう。」
黒い軍服は男児をゆりかごに戻すとそれらをまとめて抱えゆっくりとした足取りで来た道を戻っていく。
白い騎士はその姿に僅かに目を見開いたがすぐに元の表情になおると追うように歩き出した。
この瞬間、後の世に名を轟かせることとなる魔王の誕生が決定した。
だがそれはまだ誰にも知る由のない話である。