4話 ~ちょっと現実辞めて来る~
「もう嫌だよぉ・・・おうち帰してェ・・・」
「なんで?どうしてこんな酷い事するの?」
「嫌・・・嫌・・・やめて・・・イヤァア・・・!!!もう痛いのいやぁあああ!!!」
「タス・・・ケ・・・テ・・・オカア・・・サ・・・ァ・・・ァア・・・」
バタバタと暴れる四肢から鮮血が溢れ出す様子がオレの目の前に広がる。
叩いて・・・引き裂いて・・・潰して・・・細かくする・・・
それでもオレの鼓膜にはまるで焼き付けられたようにその断末魔が何度も再生される。
「ゴウキュウピッグは意気が良いので、よくこねないと焼きにムラが出来てしまいますから気をつけて下さいね。」
「あ、リョーカイです」
初めてのクエストから帰ったオレは厨房担当の杉下さんにハンバーグの作り方を教わっていた。
どうやら基本的には現実の料理とあまり変わったところはないようだ。
というか料理まで出来るなんて実にリアルだ。
もともと料理自体は得意だしゲームでも食材が暴れたり叫んだりする事を除けば苦ではないな。
ちょっと五月蝿いけど・・・。
「ところで杉下さんは一体どのような罪を?」
口髭を蓄えた紳士的な杉下さんはフォッフォッフォと笑う。
その首から下はピンクで彩られたレースのウェイトレス衣装に身を包んでいた。
何か混ぜてはいけない合成魔獣のようだ。
クエストから帰ると最強にして最恐の我がメイド長は店の前で待っていた。仁王立ちで。
因みに出来るだけ目を合わせないようにしていたので表情は分からない。
こんなところでコミュ症が発揮されようとは思わなかったけど出来ればその二本の細長い美脚だけを眺めていたい
そんな痛々しい人生だった。
「おかえりなさいゴミ虫。ワタクシはとても貴方に会いたくて会いたくて仕方がありませんでしたわ。
会いたくて会いたくて腕を組んだ両手の爪は二の腕に食い込み、どういうわけか両足が店の玄関の地面まで抉ってしまう始末
誰かが誰かに拷問しているとしか思えませんね。」
「ご、ごめんなさいっ!!」
自分でもびっくりするくらいの勢いでオレは自分の頭蓋を地面に叩きつけた。
ジャパニーズ!!ドゲザ!!である。
オレはこれを『ダイナミック・ソーリー』と名付けた。まんまじゃん。
「え?ごめんなさい?何か謝罪する事があるのですかゴミ虫?
貴方は何か自分で切断した首を鳥のエサにしなくてはならないような事をしたのですか?」
こんな事になるくらいなら普通に申請書を提出して、普通に帰ってきて仕事してた方がよかったんじゃないかって思う。
というか目的は果たしたのに何でこんなに攻めたてられなきゃいけないんだ。
理不尽!!
・・・って思ったけど通じないよねルル様相手じゃ・・・。
「ところでゴミ虫」
「な、何でしょう女神?」
「そちらは?」
我が負のメシアはオレの背後を示してそう尋ねた。
「ゴウキュウピッグのハンバーグ、おまちどうさまです。」
半熟の謎の生命体の卵を上に乗せて彼女のところへ持っていく。
「いただきます。」
件の・・・、先程ゴブリンからオレを救ってくれたメアと名乗る少女は背筋を伸ばし、まるで何かのお手本のように
丁寧にハンバーグを食べ始めた。
「イタイ・・・イタイ・・・」と食されるハンバーグの叫び声の方が五月蝿く感じた程に静かに食べている。
助けて頂いたのでハンバーグはオレの奢りだ。
というか、周りの客まで彼女の食事をジロジロコソコソ見守っている。
暴れん坊のビリーに至っては堂々と隣の席に座りガン見である。(なんで主人公のオレより堂々としてるんだ?下がれ!)
「さっきの事について訊きたい事があるの」
やがてメアはふぅ・・・っと息を吐きナイフとフォークを置き口を拭くとそう言い出した。
「さっきの事?」
「そう、さっき貴方が言った『ハーレム』とは何の事?どういう意味?」
どこからともなく冷たく鋭い視線が、ルル様の視線が突き刺さる。
もうその眼光だけで何を言いたいのか解るまでに至った気がする。
そしてこの後オレがどうなるのかまで・・・。
きっと、「仕事サボって女口説いてたのね?呆れたゴミ虫だったわ。」と言いたいんですね。
「『ハーレム』って言うのはまぁ、仲間みたいな?そんな感じですよ。仲間を集めて夢を追い求めよう!みたいな」
実にしどろもどろした誤魔化しが完成した。
が、微妙に間違いではなかった。・・・間違ってないよね!?
「ふーん。つまりは私とPT組みたいって事ね。」
「あ、そんな感じです。メアさん強いですし一緒に組んでくれたら嬉しいなぁなんて」
ふーん。っとメアは難しい顔をする。考えたくは無いけど嫌そうな顔だ。
オレとしては一緒にPT組んでくれたらひょっとするとこんなバイトからはおさらばして今度こそ冒険に・・・
「出掛けるぜ!やったぁ!とか思っているんじゃないでしょうね?ゴミ虫?」
「いえいえいえ思っているわけないじゃないですかぁ!!」
音も無くモノローグにまで侵入してくるメイド長。
またしてもトールの楽しい大冒険のオープニングを叩き潰される音がズッシリと響く。
「何を慌てているのゴミ虫?ワタクシはまだ何も言っていないのだけど?
ただ質問をしただけなのにどうしてワタクシの言葉を遮るのかしら?」
貴方には予知能力でもあるのかしら?愚かだわ。とルル様は仰る。
「私は強くはないわ。少なくとも強いのは『私』じゃない」
「まさか・・・二重人格設定!?」
「なんで二重人格?」
この予想は実は結構自身があったのだが違うらしかった。
だってその言い回しじゃそう思うじゃないですか。
スっと彼女は自分のスキル欄を開きオレの方に見せてくれた。
見せて・・・というか魅せられた感だ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
メア エキスパート魔術師
Lv.92
HP 7980
MP 12000
状態 普通
筋力 4800
敏捷 5500
知力 7860
魔力 7950
「自然回復Ⅴ」
「アベレージⅢ」
「高速詠唱Ⅹ」
「高速チャージⅩ」
「転移」
「普通荷車免許」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
スキル欄はフルオートのパッシブスキルと戦闘時や日常で好きなときに発動できるアクティブスキルがある。
その全体を見てオレなんかとは比べ物にならないほどの量のスキル名が並んでいた。
「普通荷車免許」ってなんだよ・・・。
これ一個で一気に履歴書みてぇになっちまったじゃねぇか。
しかしその一番下のスキルはオレンジ色の光を放ち一際一番星の如く輝いていた。
【次元魔法】っと刻まれていた。
時間を操ったり時空を曲げたり、重力を動かしたりその名の通り次元の超えた最上級魔法の使用が可能。
「凄いって思うでしょ?確かに身を護るには便利だけど色々と苦労する事もあるのよ」
その最強と言っても過言ではないであろうスキルを苦虫を噛み潰すような表情で表現する。
凄い人にはすごい人なりに辛い事もあるのだろう。
【次元魔法】という最強スキルは、どうも彼女の身体に或いは精神に現れるのだという。
その所為で辛い目に遭って来たのだという。
「私はこの力を使い様々な困難を乗り越えてきたわ。どんなに強い敵も一瞬で決着がついた。
険しい環境に赴く事になっても身体の構造を作り変える事で難なく達成できた。」
しかし・・・と彼女は言った。
それでも違ったと彼女は表現した。
そのスキルの欠点を叫んだ。
「時間が経つと見た目が変わるじゃぁ!!!」
先程オレの目の前に居た金髪のエルフはシワシワイボイボの、鉤鼻が特徴的な老女と摩り替わっていた。
(尚、声は同じ)
店の中全体で極寒の波動が流れた。気持ち的に・・・。
「もう、本っ当信じられない!何なのよこの能力!困ってる人を助けたら化物扱いだし!
優先席に誘導されるし!!・・・ぁ、ちょっとお手洗い貸してよ・・・」
トイレの中からは薄っすらとヒステリックな叫び声と嘔吐してる音声が再生されていた。
しばらくしてトイレから戻ると姿も手品みたいにさっきのエルフの姿に戻っていた。
この世界の腹話術すげー。とかちょっと思った。
「腹話術じゃないし!副作用よ。つまり私は度の越えた力を使うとババアになったりジジイになったりするの」
軽めなら短い時間で元に戻るらしい。
そのクセ副作用自体は全然軽くは無いみたいだけれど・・・。
「そんなに辛いなら【次元魔法】使わなければ良いのでは?」
オレの提案に周りの客達もウンウンと頷く。あんた等まだ居たのかよ・・・。
「そうは行かないわ。家に仕送りしなきゃいけないし妹も大学行きたいって言ってるし、結構クエストでお金稼がなきゃ
自分の生活だって厳しいもの・・・。クエストしたって差し引かれちゃうからね。」
ギルドに税金として何割かは吸収されてしまうらしい。
「あぁ、解る解る。俺も実家に仕送りしてぇんだけど世知辛いよなぁ・・・オーガ酒おかわり!!!」
バリィィイン!!
「キャァアア!避けてくださぁい!!!」ララちゃんがうっかり酒瓶の箱を投げ付ける悲鳴と瓶が砕ける音が響く。
これはお酒を我慢できないビリーさんへの天誅なのかもしれない。
「ララ、そのお酒高いんだから気をつけなさいよ?」
ルル様はビリーさんをゴミ箱に片付けながらお説教をする。
「私は王都へ用事があるの。この能力を抑える薬を作ってる人が居るって噂を聞いてね。
その間でいいならPTを組んであげてもいいわ。」
ちょっと不安だけどね・・・。っと言うつぶやきは聞こえない。
いや、寧ろそんな発言はもともと無かったものとして受け入れた。
だってオレのハーレムが始まろうとして居るんだもの!!
「ゴ・ミ・ム・シ・・・・」
背後に忍び寄る冷たく鋭い声が鼓膜を通り抜け精神ダメージを与える。
天国から地獄へのジェットコースターで思わず失禁してしまいそうだ。
震える声で「・・・・・はい・・・」とだけ答える。
いや、もう失禁してしまっているんじゃないだろうか・・・。
内臓とか色々締め上げられているみたいで息が出来ない!!
「王都へ行くんですって?」
寧ろ嘔吐してしまいそうです・・・。
というかもう嘔吐してしまっているんじゃないでしょうか!?
「王都へ行くならお遣いを頼めないかしら?」
「・・・ぇ、お、お遣い・・・?何でしょう?」
訊く前から引き受けること一択。負け確のイベントバトルだ。
「さっき貴方が手に入れて持ってきた物にね、私の想い人がイベントをするって書いてあったのよ。だから・・・」
なんと・・・
なんと・・・
なんですとぉ!?
あの冷血な最強最悪なルル様に想い人ですってぇ!?
というか仕事中に雑誌なんて読んでいて良いんですかメイド長。
「最近の流行を認知しておくのも営業として当然でしょう?世界は私がルールです」
今、この人は『世界』と仰った!!
つまり、ルル様の崇拝するアイドル的存在がこの世界でバンド活動を行っていて
近日、大規模なライブイベントをするらしいのだ。
しかし、ルル様は仕事でどうしても見る事ができないのでオレに変わりにそのライブへ赴き
ライブ映像をルル様に届けさせるつもりらしい。
因みに違法行為なので本当はいけない事。
なんだ、結局捨て駒じゃんオレ。
「わ、わかりました・・・。」どの道逃げられやしないだろうし、
というかいざとなったらログアウトして逃げれば良いしな。これはプレイヤーとしての特権だな。
トゥルルルル・・・。
メアとPTを組んで冒険に乗り出すため街の正門を目指し歩いていると
突然ボイスチャットが鳴り出した。
その音でちょっと前の悪夢が再び蘇る。
ルル様、まだ何か言いたい事があるのだろうか?今更気が変わったから戻って来いとか絶対嫌だなぁ・・・。
しかし、流石に慣れた。
逃げたいけど逃げたって仕方ない事に慣れた。
逃げちゃダメだ逃げちゃダメだと自分に言い聞かせて通話ボタンを押して
「はい、こちらトールです」
すると向こうからはジュウジュウと何かが焦げる音と賑やかな声が響いていた。なんだかお腹が減る。
というかオレってば今日何も食べてないんだよなぁ。
だって、向こうからはカルビがどうのとか、ホルモンがどうのとか、明らかに通話相手焼肉行ってるだろ!
「あの~・・・、もしもし??トールでぇす!!もしも~し!!」
「あ、繋がってました?どぉもすんませぇん!!っちょやめろって、今電話中!!つか俺の分残しといてよ!?」
騒がしいのか互いに大声になる。
リアルで、現実でオレが体験できない賑やかな空間に相手は居そうで通話を切ってしまいたくなる。
つか切った。
「っちょ!?なんで切っちゃうんですか!?」
「いや、なんとなく・・・」ムカつきました。これは言わなかった事だ。
気を取り直して
「貴方はどちら様ですか?オレに何かようですか?今忙しいんですけど?」
「えっとですね、私BBGのタナカと申しますが、トール様で合ってますか?」
さっきから何度も名乗っている名前をもう一度名乗る。
というかBBG?
どこかで聞いた事あったような・・・。あぁ、このゲームの会社か。
インしてからというもの、この運営には言いたい事が沢山あったんだ。
「リアル過ぎるのはいいんだけど、さっきからずっとアルバイトばっかで全然冒険できなかったじゃん。オレの時間返せ!!」
「でもメイド長の美脚は最高でしたでしょ?」
「全くもってけしからんかった!!これからもタワワと美脚を頼む!!」ってそういう事じゃない。
しかしオレはこの時気付いてしまったんだ。
このゲーム、女性キャラへ向けられた愛情がとっても強くけしからん事に!!
あの細くスラリとした脚、2つに割れたタワワ達、そしてクッキリ綺麗な鎖骨!!
細長く白い嘗め回したくなるような指!!サラサラと麦畑のように波打つ髪!
時にはパッチリ!時にはナイフのように鋭い妖艶なお目目!!最高で文句の付けようがありません!!
「しかし、このゲーム実は今日でサービス終了してるんですよ。知りませんでしたか?」
「っは?つまりどういう意味ですか?」
「おい!!誰だよ俺のカルビとったの!!とっといてって言っただろうが!!」
ピ・・・ツー・・・ツー・・・ツー・・・
通話を切った。
程なくしてまたタナカさんから電話が掛かってきた。
「だから何で切っちゃうんですか!?」
「いや、なんかムカついたから」今度は包み隠さずぶっちゃけた。
「どうもサービス終了する瞬間、なんらかのバグ的な何かでゲーム内に取り残されてしまったみたいですね。すいません」
そのせいでログアウトが出来なくなったんだとか・・・。
「あ、でも美脚眺められるし貴方なら大丈夫ですね。」
ピ・・・ツー・・・ツー・・・トゥルルル!!
「三回も切られると流石に慣れますね。つか、喋ってる途中で遮られると傷つくからやめてくださいねマジで!?」
ならば余計な事を言わなければ良いのでは??と思う。
「ご飯とかどうすんの?後トイレ!膀胱炎になっちゃうじゃないですか!この年でおねしょとか絶対嫌ですよ?」
リアルの自分の惨状を想像し、やんわりと危機を感じた。
「その辺は大丈夫な感じにしときます。あと食事もゲーム内で食べれば大丈夫になってます。リアルですから」
「リアルってすげぇ!!じゃぁ、トイレは!?トイレはどうなるんですか!?」
「リアルですから!!」
流石リアル!!
「とりあえず、このゲームを満喫していて下さい。その間にログアウトできるようにシステムを組みなおしますので。
・・・あのゲームのバックアップどこやったかなぁ・・・」
後半のセリフは不安を覚えながら聞き流す事にした。
どうやらオレはしばらくこの世界から脱出する事は出来なくなってしまったらしい・・・。
いつかは出られるんだよね??
お久しぶりです。楓希な火薬です。
まずは本作品をご愛読ありがとう御座いました。
大変長らくお待たせしましたが、まった復帰してハレゲーの方を更新していこうと思います。
さてようやく主人公であるところのトール君の旅が始まろうとしています。
ちょっとずつ更に新キャラを出していこうと思うので、どうかまた応援よろしくお願いします。