2話 〜ゴミ虫ですけど、何か?〜
『リアル過ぎるVRオンラインゲーム』を開始して——早くも4時間が経過しようとしていた。
普通のプレイヤーならば、きっと今頃はギルドで初級クエストを受けて、少しずつ冒険者としての力を蓄え出した頃だろう。
話の合う他のプレイヤーや、【探索者】という、共に旅ができるNPCと仲良くしたりしてさ…
道中、パーティーメンバーの女の子とあんな事やこんな事だって…。
そんな、羨ま…けしからん事を他のプレイヤーがしている中、オレことトールは、酒場の雑用として、倉庫の棚にお酒を乗せている最中だ! アルバイトだ! 要するに、「バイトなう!」だ。
何が悲しくて、ゲーム世界で肉体労働をしなくちゃいけない。
オレの…ハーレム生活の夢が…白いハンカチを振って、さようならと旅立っていく。
そもそも、どうしてオレが、こんな酒場の雑用をさせられてるのか…それは全て、あの理不尽なドSメイドのせいだと言っても過言ではない。
▼〜回想〜
「この落とし前は、きっちり身体で払っていただきますからね!」
そう言って、スカート丈の短いメイド服を着た、薄紫色の髪の、長身スレンダーなお姉さんは、ズビシッ!と音が鳴りそうな勢いで、オレに指を指してきた。
そんな理不尽な事を聞いていられる訳が…ん? 待てよ? お姉さんは何と言った?
……はっ! 身体…で…だとっ!?
ハーレムへの第一歩、キター!!
「身体でって、そんな…。 まだオレは、お姉さんの事を知らないですし…。 あ! でも、お姉さんの美脚は凄くそそられました! だから…そ、その!お友達から、ゆっくりと時間をかけ…」
「…何を言ってるの? このゴミ虫は。 私の脚を、そんな汚らしい目で見ないで貰えるかしら。 貴方の様な変態は、この酒場で散々コキ使ってあげます。 だから、今、この場で平伏して私に感謝なさい」
クネクネと恥じらいながら動くオレに、メイドのお姉さんは極寒の南極大陸を思わせるような、絶対零度の冷たい視線を投げつけてきたのだ。
先程までの態度とは明らかに違う。
そして、このオレをゴミ虫扱い。
ふっ…オレに虐められたい願望があったとしたら、間違いなく平伏していただろう。
だが生憎、オレにそんな願望など…
「ありがとうございますぅー! 全力でやらせていただきますぅー!! 」
なっ!?
身体が勝手に動いた…だと!!
心とは、時に無情である。
悲しいかな…これが男の性なのだろうか。
そこには、満面の笑みで、床に頭を擦り付け、メイドのお姉さまに感謝を述べる…オレがいたのだ。
「いい心構えです。 さあ、その汚い顔を上げなさい。 床が汚れてしまいます。 これから…貴方が破壊したテーブルなどの料金分、きっちりと働いてもらいますからね?」
そう言って、メイドのお姉さまは、整った綺麗な顔を悪魔の様な笑顔に変えてオレを見下していた。
…ちなみに、黒でした。
▼〜回想終わり〜
まったく!
ちょっとばかり綺麗な顔をしてるからって。
ちょっとばかり脚が綺麗だからって。
ちょっとばかり素敵な黒を履いているからって……えへへ。
先程の素敵な光景を思い出していたら、棚に乗せようとしていた酒瓶が手から落ちそうになり、慌ててキャッチした。 ナイスキャッチ、トール!
しかし、いつになったらオレは冒険が出来るのだろうか。
ゲームらしく、モンスターを倒したり、ダンジョンに入って宝箱探しなどをしたいのだが。
このままでは、ただのアルバイターとして、日々、肉体労働に勤しむことになってしまう。
そもそも、ゲーム内で働かされるって…恐るべし『リアル過ぎるVRオンラインゲーム』だ。
やはり、ここは直接、あのメイドのお姉さんに直談判をするしかない。
だが、どうすればあのドSメイドを説得できるだろうか…。
「キャッ!」
そんな事を考えていると、背後から小さな悲鳴。
そして、ガッ!と、何かにつまづいたような…そんな音が……。
ゆっくりと振り向いたオレの眼前には、今この瞬間、オレの顔面にぶつかって砕け散るであろう、数本の酒瓶が入った木箱が飛んできていたのだ。
ああ…これはきっと痛いなー。 死んじゃうかなー。
気付いた時には時既に遅し。
ガシャーン!っと音を立てて、とっさに目を閉じたオレの顔面に、酒瓶が入った木箱が勢い良くぶつかる。
しかし…
…ん? あれ? 痛くないぞ?
来たる痛みに備えて、目を閉じていたのだが、やはり今度も痛みはない。
先程もそうだった。ビリーの、太くて硬い拳に殴られたはずなのに、痛みが全くなかった。
ましてや、今回もHPは微動だに減っていない。
どうゆう事なのだろうか?
「あーっ!危ないですー!」
そしてこちらも、どうゆう事なのだろうか。
もう既に、ぶつかった後なのだが…なぜ事後報告?
目の前には、オレの顔面に、酒瓶の入った重い木箱を投げつけてきた、メイド服を着た少女が突っ伏している。
薄紫色の髪に、丈の短いメイド服。
勢いよく転んだのか、丈の短いスカートは捲れあがり、ピンク色の下着が……うむ。実に絶景である!
薄紫色の髪とメイド服を見て、ドSメイドなのかと思ったのだが、どうやら違うようだ。
髪の長さも、ドSメイドは短かったのだが、こちらのメイドは、腰まで伸びている。
喋り方も違うのだが、なによりも…ピンク色ではなかった! ドSメイドは黒だった! オレの記憶力をなめないで貰いたい。
しかし、いつまでも彼女を放置しておくのは可哀想だろう。
オレは、素早く彼女の側に駆け寄ると、ピンク色の下…もとい、髪の長いメイドに手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「…ふえ?」
彼女はうつ伏せのまま、赤くなった鼻をさすり、声をかけたオレの手を、きょとんとした顔で見つめる。
「ほら、手を出して」
再度、立たせてあげようと、オレは彼女に声をかける。
彼女は、おずおずと手を伸ばし、オレの差し出した手の平にポフッ!と自らの手を乗せてこう言った。
「ワンっ!」
…………………………。
…………………………。
…………………………。
…………………………。
そんなこんなで、斜め上をいった彼女の反応に、オレの思考が停止したり、捲れあがったスカートに気付いた彼女が、涙目になりながらぷるぷると震え、か細い声で「…見ました?」などというので、オレは正直に、ニカッ!と白い歯を見せて、サムズアップしながら「バッチリ!」と言って、そんなオレの反応を見るなり、彼女は、何処からともなく取り出した大型のライフルの様な銃を、オレの腹部目掛けて零距離射撃をしたのは、つい先程の話しなのだが…。
零距離射撃を行った彼女は、未だに恥ずかしがりながら「うぅー。 もう、お嫁に行けないですー」と、両手で顔を覆い嘆いている。
ちなみに、彼女の持っていた大型の銃は、出てきた時と同様、気付かない間に無くなっていた。
予測ではあるが、彼女達NPCも、オレのようなプレイヤー同様、武器やアイテムなどを収容しておける【アイテムボックス】を所持しているのであろう。
ともあれ、つい先程、零距離射撃されたオレは「あ! これは死んだわ!」と、間違いなく死を覚悟していたのだが……なぜか無傷でその場に立っている。やはりおかしい。
ビリーに殴られたり、はたまた、酒瓶の入った木箱を顔面にぶつけられたり、終いには腹部への零距離射撃だ。
零距離で、お腹にあんな馬鹿デカイ銃の直撃を受けても平然としてるのは……やはり、なにかのバグがオレの身体に起きているのだろうか。
「えっと…確か……」
ゲームをインストールしていた時に、説明書は軽く読んでおいた。
ステータスの表示の仕方や、ドロップアイテムの確認などの方法は見たはずだ。 多分…これであってる。
「ステータス、オープン」
そう呟いたオレの目の前には、オレ自身のステータスが表示された。
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トール アルバイト見習い
Lv.1
HP 100
MP 20
状態 普通
筋力 10
敏捷 5
知力 3
魔力 5
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なるほど。
ステータス自体は、他者と比べられないからどうなのか解らないが、レベル1ならこの程度なのだろう。
なにより、アルバイト見習いというのが気になるのだが……多分、これは現在の職業のようなものなのだろう。
冒険をする為にゲームを始めたにも関わらず、最初の職業がアルバイト見習いとは……。
いや!これから冒険者になればいいだけなのだから、ここで落ち込んでなどいられない! オレは、ハーレム王になるのだから!!
とりあえず、状態をみる限り、なにかおかしな点がある訳でもないようだ。
他におかしな点がないか確認するべく、自身のスキルも確認しておこう。
そこでオレは、たった一つの、意味のわからないスキルを目にする。
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スキル
《無敵》
効果・攻撃、状態異常、全てを無効にする。レベル差などの攻撃に対しても無効。ってか、この世の全てのダメージ概念を無視出来ます。おめでとう!
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……説明文のフレンドリーな感じが妙に鬱陶しい。
おめでとうってなんだよ。
この世の全てのダメージ概念を無視にって…なにそのチート。
ははは、そんなふざけたスキルがあるわけ……ここにあるよなー。
現に、ここに来るまでの全ての攻撃に対して、無効にしているのだから。
納得しようと思えば出来るし、正直嬉しいのだが……なんとも言えない感情が胸の奥にある。
全てのダメージ概念を無視。
つまり、これから先、いくら激しい戦闘を行なっても無敵である。
じっくりレベルを上げて、仲間達と強くなっていって、強敵との戦闘時にもオレは無敵である。
周りが傷付いて倒れて行く中、オレ一人だけ無傷でぼっ立ちだ。
「ここはオレに任せて…先に行け!」などという、憧れの死亡フラグを全開に立てたとしても、オレは死なずに無敵である。
それどころか、仲間達には、「何を言って……なんだ、トールか。よし!頼んだ!」と、肉壁扱いされるのが関の山だろう。
つまり、このゲームを始めて速攻で、オレはチートキャラになった。いや、された。
こんなチートスキルを、他のプレイヤー達にもホイホイと付けているのだろうか。
だとしたら、このゲームの運営は、間違いなく頭がおかしい。
何が『リアル過ぎるVRオンラインゲーム』だよ!
こんなスキルがあったら、リアルどころか非現実過ぎてつまんないだろ。
それどころか、視界の端にあるHPの概念は一体なんなんだよ。
「……あのー、聞こえてますか?」
下を向いてブツブツと文句を言っていたオレのすぐ側には、先程まで恥ずかしがってモジモジしていたメイドが立っていた。
どうやら先程から、オレに声をかけていたらしい。
「ああ。悪い!考え事をしてた!それで、どうした?」
「あの、えっと、その。先程…あのような事をしてしまって…すいませんと…でも、お兄さんも悪いんですよ?私の、その、下着を…」
後半はゴニョゴニョと呟きながら、彼女は耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
このゲームは、キャラクターに関しては確かにリアルだ。
表情や仕草、さらには、匂いや感触まであるのだから、そーゆう点に関しては素直に評価出来る。
「先程……?ああ!零距離射撃の事か!別に何もなかったし、大丈夫だぞ!オレも、無神経な事を言って悪かったな」
「いえ!下着を見られたのは、確かに恥ずかしかったのですが……でも、やり過ぎてしまったのは私です。すいませんでした!」
そう言って彼女は勢いよく頭を下げた。
その瞬間、オレの視線は、彼女のある一点へと吸い寄せられた。
……もう一度言おう。勢いよく頭を下げたのだ。
彼女の事を正面からしっかり見ていなかった為、先程までは気付かなかったのだが……たわわだ!
頭を下げた勢いで、前屈みになった彼女の胸元は凄まじいほどの破壊力を保有している。
ムニュっと谷間が強調され、尚且つ、頭を下げた勢いで、双方の山がぷるるんと揺れた。
なんて…素晴らしい景色なんだろうか。
今まで、これほどまでに心を打たれた景色などあっただろうか。
否!そんなもの、この景色に比べたら、全てが霞んで見える。
オレは、脳内にその光景を焼き付けるべく凝視し、そして脳内の【神からの贈り物】フォルダへと保存した。
「えっと…それで、お兄さんに用事がありまして…」
彼女は、ゆっくりと頭を上げ、そして上目遣いでオレの目を見つめてくる。
ゲームと解っていても、やはりドキドキしてしまうのは、オレが現実世界でどれだけ女性との接点がなかったのかを改めて実感させられる。
「……あ、オレの名前はトールね!お兄さんじゃなくて、気楽にトールって呼んでくれ!それで、用事って?」
ドギマギしながら、どうにか自己紹介は出来た。
彼女は、オレのハーレムの一員として必ず加えなければならない!
故に、今のうちに彼女の記憶にオレという存在を植え付けておかなければ!
「トールさん、ですね。覚えました!私のことはララと呼んで下さい。えっと、用事というのは…」
彼女が用件を伝えようとしている最中、オレの背後から、物凄い殺気を感じた。
そして、背後から殺気を放っていたそれは、オレの首筋にナイフを当ててこう言った。
「……ごみ虫。私の妹と二人きりで…更には、そのいやらしい目つきで、妹に何をしたのか言ってみなさい。ボクはイヤラシイ目つきでララを見ていました、と」
声の主は…ドSメイドさまでした。
凄く、凄く冷たい声で、ボクの首を切ろうとしてます。
《無敵》スキルがあると解ってても、この人は、それすら突破してきそうな気がします。
神様、どうしてボクは、ゲームをしたいだけなのに、何度も死に直面しないといけないのでしょうか。
「…お姉ちゃんが、トールさんを呼んで……って、あれ?ルルお姉ちゃん?」
もっと早く教えて欲しかったな。
ララちゃんは、それはそれは報告の遅いドジっ子メイドさんだったのです。
そして、お姉さんのルルさんは、それはそれは心の狭いドSメイドさんだったのです。
故に、オレの首は、現在、ゆっくりと切られようとしてます。
どうか、オレの《無敵》スキルが、今回もしっかりと発動しますように…。
「生まれてきてしまった事を懺悔しながら……ゆっくりと死に絶えなさい」
最後にオレの耳に聞こえたのは、メイド服を着た悪魔の様な女の声でした。
『ハーレム目当てでネトゲしてたら無敵だった!』を読んでくださった皆様!
どうも!楓希です!
まず、タイトルが長いので…
略して『ハレゲー』と呼んでくださるとありがたいです。
そんなこんなで、やっと第2話を投稿出来ました。読んでくださってる方々は解ってるとは思いますが、楓希史上、初めての変態な主人公です。笑
欲望に忠実なトールが、これからどんなヒロイン達に出会っていくのか!
そして、どんなおバカな展開になっていくのか!
これからも、ゆっくりと更新していきますが、ハレゲーを読んでくださると嬉しく思います。
そして、今話投稿の宣伝を、楓希と火薬のTwitterにて開始させて頂く予定なので、もし良ければ、Twitterのフォローなどもお待ちしております!
それでは、次回の投稿まで、もう暫くお待ち下さいませ。