出会い
日もどっぷりと暮れた頃である。
レマー王国の首都クアンプルの路地裏を歩く、ちんちくりんのホビットと黒猫が一匹、ジョンとニクキュウである。
「腹減ったにゃーん」
ジョンの頭の上に乗るニクキュウが情けない声でそう言った。
「かわいこぶって語尾ににゃーんとかつけても可愛くないんだよ」
ジョンはあきれ顔で言う。
「だってよ。せっかく、この国の首都に来たっていうのによ。俺たち朝から何も食ってないじゃん。もう腹ペコだよ」
「しょうがないだろ。クラーケンに俺の部屋壊されて荷物も海に流されて、手持ちの路銀がないんだよ。旅行保険が出るまで我慢しろ」
「それっていつだよ」
「あと一週間か、二週間か……はあ。でも確かに日銭を何とかしなきゃなんないなあ」
ため息をつきながら、ジョンはとぼとぼと道を歩いた。安い宿屋に泊まるためには、治安の悪い所に行かないとならない。治安の悪い所となれば、
「おめぇ!金出せこりゃあ!!」
なんて、路上でブルボッコにされてる人に出くわすこともある。
「うひゃあ。クアンプルは治安が悪いって聞いてたけど、本当なんだなぁ」
ニクキュウはいかつい二人の男にぼこぼこにされている若い男の姿をしげしげと見つめた。
「おい、ニクキュウ。目を合わせるなよ。厄介ごとに巻き込まれる」
と、言い終わる前にバシッとぼこられている男とジョンはばちっと目があった。
「たっ、助けてください!!!」
ぼこられてる男は必死の形相でそう言った。明るい黄色の髪をしたチャラそうな若い男である。
「あぁ?兄ちゃん、こいつの知り合いか?」
いかつい男Aがジョンの方を見た。
「いや、全然知り合いじゃないっす。通りがかりっす。そんな若くて顔のいい男とか知らないっす。つーか、若くて顔のいい男がぼこられてる姿って爽快なんでどうぞ続けてください」
「お前、歪んだ願望がにじみ出てるぞ」
頭の上のニクキュウがあきれたように言った。
「この若い奴はさ、人から金かりて全然返してくれなくって俺たちも困ってるんだよ」
いかつい男Bが倒れてる若い男の頭をつかみながらそう言った。AとBどっちも同じ顔をしているので、ジョンには識別ができなかった。
「それはいけませんね。借りたら返す。息を吐いたら利息が付く。人間界の常識ですね」
うんうんとジョンはうなずいた。
「だから俺たちが教育的指導をしてやってるわけ。でもさ、そういうところを見られちゃうと、俺たちもまずいんだよね」
「いやいや。俺は本当に通りかがりなんで、誰にも言いませんよ」
ぷるぷるとジョンは首を振った。
「本当?いやー。会ったばっかの君のことどうやって信じられるかなぁ。誠意見せてくれるかな」
いかつい男Bは親指と人差し指をくっつけて円マークを作った。
「まあ通行料ってことで」
「いやーすいません。俺、マジ金ないんすよね」
ジョンは申し訳なさそうに頭をかいた。
「はぁ!?金もないのにこのクアンプルの街を歩くとか、バカなの死ぬの?」
Aのほうがそう凄んできて、
あー俺、昔っからこういうのに絡まれるんだよなぁ……。
と、諦めの境地でジョンは聞いていた。
「いやすいません。まじこの街、今日ついたばかりなんで、ちょっとジモティのルールとかよくわかんないんですよ」
「じゃあさ、金がないなら身ぐるみおいてけよ」
「あっ。それは断るっす」
ぴたりとAとBの動きが止まり、二人は声を出して笑った。
「何それ本気で言ってるの?」
Aのほうがゆらりと動いた。
「本気っす。身ぐるみはがれて寒いのとか嫌なんで」
「あーじゃあ君にも教育的指導が必要だよねっ!」
ひゅんっとジョンを殴りとばそうと、Aが拳を振り上げた。
「!?」
その拳はジョンの頭にたどり着く前にぐいっと不自然に方向を替え、そのままA自身の頭を叩きつけた。ぐおんっと鈍い音がして、Aはそのまま地面に倒れ込む。
「な、なんだ…?おめえ、なにやったんだ?」
Bは思わず後ずさった。
「言い忘れてたんですけど、俺、カウンター魔法かけてるんで。対人物理攻撃とかは無効なんですよ。敵意を持った物理攻撃はすべてそのままはじき返します。どうすします?続けます?」
「はっ?なにそれ!きも!覚えてろよ!」
Bはそのまま走り出し逃げていった。
「キモ……キモくはねえだろ……」
グラスハートのジョン傷ついていると、ボコられていた男がよろよろと立ち上がった。
「あ、ありがとうございます……」
黄色の髪をしたその男は情けなさそうに笑った。線は細く、殴られて顔が腫れていてもイケメンであることはすぐに見て取れた。ジョンはなんかもうこの細っちょろい男の姿にイラッとした。
「ありがとうじゃないよ!君ぃ!人を勝手に巻き込んでおいて!ああ!?誠意見せろよ!誠意!?」
「えっ!えっ!?」
イケメンはたじろいだ。
「金で誠意見せるのが、こっちの流儀なんだろ!?金出せ金!こらああ!!!」
「う、うわあああああ!?助けてもらったと思ったら、なにこれ!?厄介すぎ!!?」
「こちらとら日銭が必要なんだよ!金がないなら身ぐるみ置いてかんかい!!」
「お前、学習能力高いなあ」
頭の上に乗ったままのニクキュウは感心したように言った。
「うわああ!?猫がしゃべった!?」
イケメンは驚いた声を上げる。
「ほら!猫に勝手に触らない!触ったらお金もらうよ!」
ぺしっとジョンはニクキュウを触ろうとするイケメンの手をはたく。
「まったく。絡まれ損だぜ」
深くため息をつくと、ぎゅるぎゅるぎゅるーっと腹の虫が鳴ってジョンは苦い顔をした。
「くそっ、無駄なカロリーを使った。じゃあな。借金はちゃんと利息つけて返せよ」
「あっあっ。待ってください」
イケメンはむんずっとジョンのマントをつかんで止めた。ジョンは引っ張られて、バランスを失い、ごっちんと後ろにひっくり返って道路に頭をぶつけた。
「うあああああ!!!!」
ゴロゴロとジョンは転がる。
「あっ、あっ。ごめんなさい」
イケメンはびくびくと震えた。なかなか嗜虐心をそそる男である。
「あのね。君ね、カウンター魔法はね、こういうの跳ね返せないの。わかる?」
後頭部にできたコブを涙目でジョンはさする。
「本当にすいません。僕、こういうの全然空気読めなくて……あの、おなかへってらっしゃるんですよね。助けていただいたお礼に、もしよかったら僕んちでごはん食べてってくれませんか?」
「ごはん?」
ぎゅるぎゅるぎゅるーともう一度腹が鳴ったので、ジョンは痛い頭をさすりながらイケメンの後についていくことにしたのだった。