再会
ここから出なければとまた思った。
いや、そんなことは、もう、どうでもいいんだともジョンは思った。
そんな時だった。
なにかの拍子に、ジョンは上を見上げた。
「あっ」
我ながら間抜けな声だった。遠くにかすかな光が見えたのだ。
「なんだ?あれは、出口か?」
ジョンは立ち上がる。
その光はどんどんと大きくなって、まぶしさに耐え切れなくなりジョンは目を覆った。その瞬間、ジョンは自分の中を風が通りすぎていくような気がした。
ふんわりと身体が浮かんだような気がして、次に目を開けるとジョンは海岸の砂浜に立っていた。
「あれ?」
さっきいまで寝転んでいた砂浜である。
ジョンはあたりを見ました。ジョンが寝る前となにも変わらない。
波は砂浜を行ったり、来たり。小さなカニ的なものが、朝日を受けてぶくぶくと土の中から餌を取っている。
「なんだ……?」
あれは夢だったのか?俺は寝てたのか?
ぺちぺちっとジョンは頬を叩く。泣きすぎて頬が晴れていた。
「なんだ、俺は最初から閉じ込められてなんていなかったのか……?」
ハハっとジョンは笑った。
そうか、閉じ込められてなんかいなかったのか。
それを思うと、さっきまでの自分がひどく滑稽だった。
バカみたいだ。あんなに泣いたりして。
閉じ込められてなんていなかったのに、勝手に閉じ込められてた気分になっていたのか。
ジョンはゲラゲラと笑い続けた。
恐ろしい親父の顔も、納戸のかび臭さももうそこには存在しなった。
あんな納戸だって。
と、ジョンは思った。
もう大きくなったのだから、ひょいっと開けることができる。開け方だってもう知っている。なのに、何を怖がっていたんだ。
ふうっとジョンは深呼吸をした。
空は青く、絶好の航行日和だ。
闇の中の、父親の悲しそうな顔をジョンはまた思い出す。ジョンは少しだけ寂し気に笑った。
すべては自分が決めたことなんだ。
だとしたら、こんなところで死ぬのは冗談じゃない。
賢者イナフに会いにいけ。
ジョンがあのクソ賢者の言葉を思い出した時、海の向こうで帆船がゆっくりと進んでくるのが見えたのだった。
「いやあ。まじ旦那たち、すごいっすよ。あのクラーケンをバーンしてドーンするなんて只者じゃないっすよ」
港町マラッカの酒場で、好物のソーセージを食いながらそう調子のいいことを言うニクキュウの姿があった。
「いやーまあ、あんなイカ、俺らにかかれば大したことないっていうか。でもドラゴンスレーヤーさんを吹き飛ばしちゃったのはまずかったかなぁって」
そう照れたように笑いながら言うのは、勇者ダイスケである。
「なにがドラゴンスレーヤーっすか。あんなやつ、ドラゴンスレーヤーでもなんでもないっすよ。ただのクソホビットですよ」
その時だった。ハッと殺意の波動を感じて、ニクキュウは振り返ろうとした。と、それより早く、
「誰がクソホビットだ、こらぁ」
むんずっとニクキュウは首元をつかまれてひっぱりあげられた。そこにあるのは見知ったジョンのブサイクな顔であった。
「ジョンんんん!?お前生きてたのか!?」
ニクキュウは、驚きのあまりおちっこをちびりそうになった。
「生きてて悪いか!通りがかりの客船に助けてもらったわ!」
「わあっ!ドラゴンスレーヤーさん!生きてたんっすね!よかったあ!」
ダイスケはジョンの姿を見て、嬉しそうに駆け寄った。
「俺たち、マジ心配してたんっすよ。あのまま、海に落ちて死にかけたんじゃないかって」
うるうるとダイスケは目を潤ます。それを見てジョンは白けた気分になった。
「いや、確かに死にかけはしたけど」
ぼりぼりとジョンは頭を掻いた。
「心配してくれてたんなら探してくれてもよかったんじゃないの?」
意地悪くジョンはそう言うと、
「え、いやーそれは」
と、ダイスケはバツが悪そうに目をそらした。
「い、いやそれは俺たちもなんていうか忙しくて。でも心配してたんですよ」
「そりゃーどうも。まったく」
あーあっとジョンはため息をついた。
「人間の本心は行動に出るってやつだよな」
ちらりとジョンはニクキュウの方を見た。
「俺は西の方に行くぞ。お前はどうするんだ」
「えっ。俺?俺は……う、うーん……」
ニクキュウはダイスケの方に媚びた目線を送った。それと同時に、ニクキュウはダイスケから受けた恩を思い出した。
餌にもらった高級マグロ……。
餌にもらった高級ソーセージ……。
餌にもらった……。
「全部食い物じゃねぇか」
ぺしっとジョンはニクキュウの頭を叩いた。
「ぺしぺし人の頭を叩くなよ。タンバリンじゃねぇんだぞ。もう俺は決めた!俺はこいつらについていく!だってこいつらのほうが羽振りいいもん!ダイスケさんたちはお前みたいなケチなホビットとは違って、冒険者アカデミーを出たエリートなんだよ!猫にも優しいんだよ!」
「あー!そういうこと言うぅぅ!?冒険者アカデミーとか大したことないとか言ってなかったか!?好きにしろ!お前のような肥満猫は高脂血症で死ね!!!」
「死ぬか!動物医療保険に入るわ!」
「あ、ドラゴンスレーヤーさん。猫ちゃん、連れてってくださいよ」
「えっ」
ニクキュウはダイスケの言葉に固まった。
「やー。パーティーの女の子の一人が、しゃべる猫なんて気持ち悪いって言ってて。俺たち的には全然平気なんですけど、やっぱ苦手な人がいたらそっちに気を使わなきゃいけないっていうか」
「そ、そんな……俺のことあんなに可愛がってくれてたのに……?」
ニクキュウは抱き上げてくれた女の子たちを思い出した。彼女たちの甘い匂い……正確には抱き上げてくれた時に触れ合う女の子たちのおっぱいの柔らかさを思い出した。
ニクキュウは涙目にふるふると震えた。
「あの笑顔は偽りのものだったのか!?」
ふっとジョンは馬鹿にしたように笑った。
「あきらめろ。こいつらはこういう奴らなんだ」
ひょいっとジョンはニクキュウを肩の上にのっける。
「じゃあまた連絡くださいねぇ」
酒場を出るとき、ダイスケは晴れやかな笑顔でジョンたちに手を振った。
「愛してくれるっていったのはウソだったのねぇぇ!!」
その姿においおいとニクキュウは泣き出す。
「おい、泣きまねはよせ」
「くっそう呪ってやる。俺の愛をこんな形で返しやがって。あいつらがダンジョンで全滅するように呪ってやる」
「すごい情念だな」
「猫をアレするとアレになるんだよ!」
ちなみに、ニクキュウの呪いがきいたのか、ダイスケ達はしばらくしてダンジョンで全滅することになるのだが、それをジョンが知ることはない……たぶん。