聖剣
ゆっくりとした、そしてどこか懐かしい歌声が辺りを包み込む。
その歌はこの地方に伝わる古い子守歌だった。
その優しいメロディにジョンは瞼がトロンとした。いやジョンだけではない。逃げ惑ってた人々が、ばったんばったん倒れだして眠りだす。
「これはすごい……」
眠気のあまり、ジョンは思わず片膝をついた。
人がどんどんと倒れていき静まり返った周囲に、ジンジャーの歌声だけが響き渡る。
『お、おふう……なんだこれは……』
あらがおうとしていた、キマイラが千鳥足になり、ばったんと倒れ込んだ。
巨体が倒れた衝撃にも起きるものはいない。
「す、すげえ……」
耳をふさいでいても襲ってくる強烈な眠気に抗いながら、ジョンは一部始終を眺めていた。
こりゃあかん。
俺まで寝てしまう。
ジョンがそう思ったその時である。
“小さき勇者よ……。これを使うのです”
「!?」
天から光り輝く剣が降りてくるのをジョンは見えた。
天から一本の光がジョンの元へと降りてくる。
「なにこれ?」
ジョンが両手をかざせば光は十字にまぶしく光り剣へと、形を変え地に刺さった。
「なに?これ使えってこと?」
ジョンは、ずぼっと剣を引き抜くと、しげしげとそれを見た。重すぎず軽すぎず、小柄なジョンの体型にジャストフィットなその剣は、35年ローンでも買えなそうな業物感がある。
「うぅ。ねむい……ジンジャー、そのまま歌うのをやめるなよ」
ジンジャーは歌いながらうなずいて、よろよろとジョンは寝転んでいるニクキュウに近づく。
「残念だったな、ニクキュウ。これまでだ」
寝ぼけ眼でジョンは剣を構える。
『うぐぐぐ……こしゃくな……ミュージシャン崩れのヒモの歌で、このニクキュウ様が負けるわけがない!』
ニクキュウが最後の気力を振り絞り立ち上がり、炎を吐いた。
「!」
ジョンはとっさに剣を振った。
風が走って空が裂け地が割れ、その風圧に炎がかき消された。
『炎を切る剣だと!?』
ニクキュウが驚く暇もなく、風の刃はそのまま勢い余って、
スッパンと
のニクキュウの頭と胴体を切断した。
「なんだってぇ!?」
頭と胴体が切れたニクキュウの肉体は、しゅしゅしゅーっと、みるみる体が小さくなり、元の黒猫の姿に戻って地面に転がった。そして、その側にはマイコが倒れていた。
「マイコちゃん……!」
マイコの姿にジンジャーは思わず歌うのをやめた。
その瞬間、人々が覚醒し始めたのである。
目覚めた人々は、キメラの姿が消えたことに歓喜の声を上げた。抱き合い喜び合い街中がお祭り騒ぎのようだ。
「お前、すごいよ」
ジョンに言われてジンジャーは少し照れたように笑った。
気絶しているマイコもすぐに目覚めるだろう。
「さてと……」
と、ジョンは転がっているニクキュウをむんずとつかみ上げた。
「ひ、ひえええええ」
掴まれたニクキュウはおびえたように震えた。
「ジョン様、お許しください。いや、なんていうか。これは不可抗力っていうか。魔獣のわがままボディを思う存分楽しみたかったんですよ。自分が悪いのは分かってるんです。反省してます」
今までの強気はどこにやら、ニクキュウは媚びるような笑みを浮かべて早口でまくしたてる。
「ほら、そんなこといいから、とりあえず吐けっ」
ぐいっと背中を押されてニクキュウは、けぽっと丸い玉を吐いた。その丸い玉浮かびあがり、ジンジャーの胸に吸い込まれいった。
「良かったな。これでニクキュウに食べられたお前の魂は戻ったぞ」
「ほんとですか!」
ジンジャーは喜びの声を上げる。
「それでお前、この大惨事どうするんだよ」
ぐぐいとジョンがニクキュウにすごんだ。
「衝動を抑えきれなかったんです。悪魔は誘惑に勝てないんです。ほんと悪かったって思ってるんで、許してください」
「なんだよ、その棒読み。お前みたいな奴が再犯を繰り返すから、この世に犯罪はなくならないんだ」
「いや心から言ってますから。でもすごいですよね。その剣、どこに隠してたんですか」
「その取りあえず人の持ち物褒めてご機嫌取ろうっていう態度止めろよ……。でも、確かにこの剣、どこから落ちてきたんだ?」
はたっとジョンは握りしめていた剣をしげしげと眺めた。不思議な剣である。このジャストフィット感、あたかもジョンのために作られたような剣であった。
「それは私のものです」
そんな声がして後ろを振り向くと、そこにはやけに露出の高い女が立っていた。