予兆
ドンドンドン!っと激しく玄関を叩く音がした。
「あっ!いけね!もうこんな時間だったか!」
ジンジャーが慌てて玄関の鍵を開けると、泥酔した露出の高い女がぐでんぐでんになって部屋に入ってきた。
「ごめんね、マイコちゃん。一人で帰らせて……」
「ジンちゃんのばかぁ!なんで私のこと迎えにこないの!」
酔った女はジンジャーの顔を見るなり、彼の頭をひっぱたく。
「ご、ご、ごめん。友達が来ていて……」
殴られて乱れた髪を直しながら、ジンジャーは慌てて言い訳を言った。
友達?
いつの間に?
ジョンとニクキュウは顔を見合わせる。
どうやらこの半裸の女は噂のジンジャーの彼女の様であった。
「あー!そうですか!私のこと放っておいて、友達と楽しく飲んでたんだあ!あたしが働いてるのにジンちゃんは飲んでたんだあ!」
「ちょ、ちょ、ちょ。マイコちゃん。もう遅いから大きな声出さないの」
「あたしが悪いの!?大きな声出すあたしが悪いの!?あたし、もうやだああ!あんな仕事やだああ。汚いおじさんにお尻触られるのはいやだああ。ジンちゃんがもっとちゃんと働いてくれたらあたし、こんな仕事しなくてすむのにぃぃぃ」
マイコはボロボロと泣き出して、その場に座りこむ。
「ちょっとマイコちゃん……。ジョンさん、すいません。マイコちゃん、酔っぱらっちゃってるみたいなんで、介抱してきます。今日はどうぞ泊まっていってください。隣の部屋空いてるんで」
半笑いを浮かべながら、ジンジャーはマイコを引きずるように寝室に連れて行った。
リビングに残されたジョンは、あっけにとられながら
「女と住むって大変なんだな……」
と呟いた。
「ジョン、あのケースは特別だ。ああいう女はメンヘラって言うんだ」
「メンヘラリティ……」
この日、新しい言葉を覚えたジョンであった。
ギシギシ アンアン ギシ アンアン
その夜、ジンジャーに部屋を借りたジョンは、隣の部屋の物音に眠ることができなかった。この小説一応、全年齢向けになってるんだけど、そろそろ怒られるんじゃないか?そう思いながらも、ジョンは気合いで眠りについた。
「……」
眠りについたジョンの頬を2、3回ぷにぷにつつくと、彼が完全に眠ったことを確認して、ニクキュウは鼻の頭できぃっとドアを開けた。リビングへと出ると、そこには上半身裸で水を飲んでいるジンジャーの姿があった。
「よう」
ニクキュウが声をかけると、ジンジャーは困ったように笑った。
「ニクキュウさん。すいません、お恥ずかしい所を見せて」
「女のお守りは大変だな」
ニクキュウに言われて、ふっとジンジャーは笑う。月明かりに照らされた彼は美しく、ジンジャーは何をしても絵になる男だった。
「しょうがないですよ。僕が悪いんですから。マイコちゃんの言う通りなんです。僕がもっとしっかりしてれば、彼女もあんな仕事しないで済むんです。僕、借金もありますし」
「仕事を変えたらどうだ?割のいい仕事なんていくらでもあるだろう」
「いや、どうでしょうね。やっぱフード系からはフード系しかいけませんし。それにフード系は給料低いですね。同じ給料ならバイトのほうが楽っていうか」
くわっと目を見開きながら、ジンジャーは早口でまくしたてる。
「やっぱりお前ねぇ。才能あるよ」
うんうんとジンジャーはうなずいた。
「知ってるか?人生には予兆ってもんがあるんだ」
「予兆?」
ジンジャーは首を傾げた。
「古代語で言うならば、サイン、シグナル、オーメン、オラクル、まあ色んな呼び方がある。人は誰でもその予兆を受け取っているんだ。お前は何度その予兆を見逃している?」
「え?」
「何度でもあっただろう。お前が楽士になるチャンスなんて。どうして、それを見逃した?」
「チャンスなんて……」
ニクキュウの言葉にジンジャーは震えた。
まるで、学院の鐘が耳の奥で聞こえるようであった。