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こじらせホビットの冒険   作者: ずんずん
1/18

プロローグ

その日の空は頭のてっぺんが引っ張られるぐらいに青く、そんな空を眺めながらジョン・ホビットは今日こそ死のうと考えた。


ジョンは、今年56歳、人間の年齢で言うと大体28歳、男盛りの働き盛り、西の果てにある小さな小さな庄から出てきたホビット族で、ホビットというと小柄で目が大きくてかわいらしいのが一般的だけど、ジョンの場合は少し違っていて、どちらかというとずんぐりむっくりして、お世辞に可愛いとは言えない。それはジョンもわかっていて、彼は鏡を見るのがとても嫌いだ。身なりもどちらかというと清潔感を感じさせず、伏し目がちな目から人の顔色を窺うようにこちらをのぞき込む。

まるっとまとめてしまうと、


「こいつモテなそう」


これが人がジョンに抱く第一印象だ。

そんなジョンだが、こう見えても彼は歴戦の勇者である。西の小さなホビット庄を飛び出てはや幾年、7つの海を渡り、時として邪悪なドラゴンを倒し、時として太古の遺跡を探索し、偉大な秘宝の数々を手に入れた。偉大な者は語らないというが、ジョンの場合はそんなわけではなく、ただ単に語る友達がいなかっただけである。


「でも童貞じゃないぞ」

 ジョンは誰とともなくそう呟いた。昼下がりのとある宿屋でのことである。

 夏が来るまであと少しの季節。風が心地よく、窓際の黒猫もそれに同意するかのように大きく伸びをした。そして、その猫は、

「なんだ、お前、また死ぬ気なのか」

 と、あくびをしながらつまらなそうに言った。そう、彼こそはジョンが偉大な冒険の結果手に入れた秘宝の一つ『しゃべる黒猫』である。とある三匹の鷹が天空に舞う森から手に入れてきたというが、ここでは詳しく語るのはよしておこう。

「そうだ、俺は死ぬぞ」

 ジョンは決意を込めて繰り返した。

「もううんざりなんだ。どんな冒険も、もはや俺の心をときめかしたりはしない。どこに行ってもみんなおんなじだ。人間は馬鹿で、ドワーフは野蛮で、エルフは高飛車だし、ホビットなんてお話しにならない」

「お話しにならないってお前もホビットだろうが」

 しゃべる黒猫、ニクキュウは呆れたように言った。

「俺は確かにホビットだが、どちらかというと選ばれたホビットだ。とにかくもうこんな世界にうんざりしたんだ。こんな世界からはサヨナラバイバイだ」

「ポケ*ンかよ。その程度のボキャブラリーで書籍化を狙う気なのか?」

「それを言われるとつらい所だ」

 ジョンは舌打ちをした。

「だが、死ぬにしても痛いのは嫌だ。なんかこうふわっと多幸感に包まれて死にたい」

「贅沢な奴だなぁ。そんな気持ちいのいい死に方があるわけないじゃないか」

「お前そこは考えろよ。お前はもう何百年も生きてる黒猫なんだろ?俺なんかよりもずっと物を知ってるはずなんだから、今まで俺が払ってきたお前の餌代ぐらい返すつもりで考えろよ」

「うっわー!うっわー!何それ、金払ってきたのは俺だぞってその態度。いやだいやだ。こんな男」

「だってその通りじゃないか。俺がいなかったお前は、遺跡で一人ネズミも捕れずに飢え死にしてただろう」

「ぐう。恩に着せる奴だなぁ……うぅん、仕方ない考えてやるか。気持ちのいい死に方、気持ちのいい死に方……」

 うんうんとうなりながらニクキュウは、何かを思いついたように床を叩いた。

「お、思いついたか?」

「いや全く」

「おい、期待させるなよ」

 がっくりとジョンはうなだれた。やはり、猫は猫だ。何百年生きているところで、猫にすぎないのだ。ジョンはにゃんとも言えない気分になった。

「待て待て、そう早まるな」

 ニクキュウはそんなジョンの気配を感じ取ったのか、ずいっと右前脚を上げる。

「確かに俺は、気持ちのいい死に方は知らないが、それを知ってそうな奴を知っている」

「知ってそうな奴?」

「そうだ。知らない時ってのはな、もっと自分より知ってる奴に聞くのが一番なんだよ。ここから海を越えてちょっと言ったところに、それはそれはありがたい賢者様がいるって話だ。その賢者様なら、痛くない気持ちのいい死に方を知ってるんじゃないか?」

「うーん、賢者かぁ。海を越えるとかめんどくせぇな……」

「おい!ガッツだせよ!死ぬんだろ!」

「いやガッツ出せって……」

 ジョンはもにょもにょとしながら続ける。

「俺、船旅ってあんまり好きじゃないんだよね。揺れるし。それに、最近、ここらへんの海にはクラーケンが出るって話じゃん?クラーケンって知ってる?大きなイカみたいなやつだよ。大きなイカっていってもマジでかくって20メートルぐらいあるとかなんとか。そんなのに乗ってる船が襲われてみろよ。沈没だよ沈没。俺は溺死とか嫌だね」

 グダグダと言い続けるジョンに、ニクキュウは、ハアアっとため息ため息をついた。

「あれだよお前は死ぬ死ぬ詐欺ってだよ。死ぬ死ぬ言って本当は死ぬ気なんてないんだよろ?どうせ口先だけだろ」

「なんだと」

 ジョンはぎろりとニクキュウをにらみつける。

「俺を誰だと思ってる?」

 グイッとジョンはニクキュウをつまみ上げた。首元をつままれたニクキュウは、ふぎゃあと変な声を上げた。

「ジョン・ホビット様だぞ?七つの海を渡り、竜殺し(ドラゴンスレーヤー)の名を持つ偉大なるホビットの俺様に向かって口だけだと?」

「何が偉大なるホビット様だ!」

 ニクキュウはスパッとジョンの顔をひっかいた。

「あいて!何しやがる!」

 思わずジョンが手を放した次の瞬間、ニクキュウはトンっと床に着地した。

「お前なんて単なるずんぐりむっくりのちびのデブホビットじゃないか。死ぬなんて口だけだろ。何を言っても行動しなきゃ意味がない。そんなに言うなら死んでみな!」

「あーあー!そういうこと言っちゃうぅ?わかりました!わかりましたよ!そんなに言うならきっちりすっぱり死んでやるよ!」

「死ね!今すぐ死ね!」

「今すぐは無理だって言ってるだろ!俺は痛いのはイヤなんだよ!わかったわかった、その賢者とやらに会いに行けばいいんだろ。待ってな!ちょっと船の席空いてるか聞いてくるからよ!」


 こうして、ここにジョン・ホビットの死ぬための旅が始まったのであった……。



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