くっ、殺せっ!
「くっ、殺せっ!」
私を殺しにきた女騎士が叫んだ。
私に散々痛めつけられてボロボロだ。
命令される筋合いはない。
魔王である私に命令するなんて、と思う。
望み通りに殺そうと思って、手にエネルギーを集め始めた。
ふと、頬に生暖かいものが伝った。
女騎士が私を見て驚いたように目を見開いた。
「お………お前、泣いているのか?」
また失礼だ。
私は「お前」じゃない。
いちいち、テンプレっぽい女騎士だな。
………『テンプレ』?
………ああ、色々思い出した。
「お前じゃない。私は………鈴木千夏」
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「ちょっともう一回、『くっ、殺せっ』って言ってくれない?」
「チナツ、私は簡単な気持ちで言ったのではない。言えと言われてそう簡単に………」
「ちょっと世界滅ぼそうかなー」
「ま、待てっ。くっ、殺せっ」
「そう、それそれ」
私は懐かしさにまた胸がいっぱいになった。
目にジワリと涙が浮んでくる。
………今、女騎士と私はティータイム中だ。
魔王城の周りには結界を張っているので、新たな敵は入って来ないだろう。
この女騎士は良い人で、泣き出した私を一時休戦を申し出て慰めてくれている。
角の生えた私の部下サキュバスの淹れたハーブティーを神妙な顔で飲んでいる。
ちょっと前まで敵だった魔王の茶を飲むなんて、純粋な人だ。
「それで、チナツは異世界人だったと?」
「………うん、100年以上昔にこの世界に来た。多分。昔過ぎてよく覚えてない」
「そんな昔に」
「うん、女騎士優しいね」
ずっと私の話を聞いてくれている。
「私は女騎士という名前ではない。高貴な騎士の名門タージ・ノクリス家の長子でエルイーという。エルイー・タージ・ノクリスだ」
「うん、テンプレだね」
「テンプレ?」
意味が分からない、と女騎士エルイーが首をコテンと傾げる。
私は薄く微笑んだ。
+++++
………遥か遠い昔に私は日本人だった。
妄想かもしれないけれど。
平和な国の日本人で、ある日いきなりこの世界に落ちてきた。
しかも、魔王城にだ。
何の説明もなく、神様からチートを授けた的なイベントもなく、平和な女子高校生の日常から魔王になった。
周りは魔族で、私を魔王と呼び跪く。
次の日くらいから、私に唐突に備わっていた力で襲ってくる人間を撃退する日が始まる。
死にたくないし、殺したくない。
だけど、相手は襲ってくる。
そんな生活を送る内に日本人としての意識は擦り切れていった。
空いた時間に書く日記での、日本人としての記憶は妄想かもしれないと思う。
長い月日が経って、もう私は最初から魔王だったと思った。
機械的に襲ってくる人間を倒し、魔族に跪かれるのも当たり前と思う。
環境が人を、いや魔王を作ったのだろう。
魔王だけど、魔王じゃない。
でも、魔王。
魔王かな。
人間なら老いて死ぬはずなのに、ずっと老いない体。衰えない魔力。
+++++
「そんな、………すまない。私が住んでいるこの世界がそんな仕打ちを貴方にしていたなんて」
「人を信じやすい所も女騎士っぽいよね。エルイーを見ていると昔に読んだライトノベルをおぼろげに思い出すよ」
魔王だから記憶力は抜群だけど、重なる年月でいらない記憶として頭の片隅にあった記憶。
日本、ライトノベル、女騎士。
この人と居ると女子高校生だった自分を思い出せる。
妄想でも良い。
妄想でも信じたい、私の世界だった。
金髪で青い目の女騎士が、私を心配そうに見つめる。
私は辛気臭い雰囲気を払うように手を打ち合わせた。
「よーし! 魔法の扱いもだいぶできるようになったし、ここはライトノベルっぽくやってみよっかな」
「うん? チナツは何をするつもりなんだ?」
「まず、結界を操ってもう人間は殺さない」
私の宣言に、女騎士エルイーが顔をパァッと輝かせる。
「後は、異世界に来て女子高校生から男の魔王になったから………」
「なったから?」
溜めを作る私を覗き込んだエルイーをグイッと引き寄せる。
「異世界チートハーレムかなっ」
そう言ってから、無防備なエルイーに軽いキスをした。
エルイーが真っ赤になって固まる。
「なっ、なっ、何をするんだー! キスは結婚するものとしかしてはいけないのだぞー!」
「はいはいテンプレテンプレ。チョロいチョロい」
男になって、長いからか女とキスしても違和感を感じなかった。
男の自分を受け入れられなくて、実はファーストキスだ。
女騎士エルイーが、全然力のこもってない拳で私の胸をポカポカ叩いてくる。
日本を思い出して、この世界を受け入れる気持ちが固まった。
「エルイー、好きだよ。ありがとう」
この世界で魔王として生きていく。
心の底から受け入れて、その上で魔王として好きに生きてみよう。
異世界チートハーレムでもしてみよう。
内政を頑張るのも大事だ。
ハーレムはたった1人テンプレ女騎士しかいないけれどね。
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ブクマ評価ありがとうございます。
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