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孤独に喰らう

作者: ものまねの実

マイウ王国。

大陸南東部に位置し、突き出た半島のため周囲を海に囲まれており、北から北西部にかけて険しい山脈が並ぶため、諸外国の軍事行動から非常に守りやすく攻めづらい地形をしている。

そのため過去に大陸で起きた様々な戦乱において、地形学的に恵まれた立地を生かし、常に中立を保っていた。


戦火から遠い国だけに、文化的な活動が活発に行われ多くの文化人を輩出している。

芸術や学問で他の国の追随を許さないマイウ王国だが、なかでも美食においては偏執的な熱意を傾けている。

王国内では毎年、新しい食材や調理法などが発見・開発され、それらを余すことなく国民に広めている。



マイウ王国王都。

食と芸術が集まる国の中心地にして発信地でもある、国の特色をもっとも濃く表している場所だ。

一人の男が喧騒入り乱れる雑踏の中を歩いている。


この国には珍しく、目鼻立ちの彫りが浅い、幼く見える顔立ちは10代後半に受け取られることも多い。

しかし、男の年齢は26歳と大人に分類されるに十分なほど人生経験を積んでいる。

外見年齢と滲み出す雰囲気の差に僅かな違和感を受けるが、大しておかしなことでもない。


実年齢より幼く見られるというのは男の故郷ではよくあることだった。

黒髪・黒目という、東の海を越えた先の異国に住む民族によく似た特徴もまた珍しくはあるが、それ以外は至って平凡な外見である。


服装も周囲の市民と変わらない、麻でできた上下一そろいの服を纏っている。

ただ一点、首元に細い布を巻いている。

マフラーにしては細く、首飾りにしては長すぎる。

この国にはないが、男の故郷ではネクタイと呼ばれる、一応フォーマルな服装の一部だ。


なぜ今その男の特徴をここで記しているのかというと、彼がこの物語の主人公だからだ。

男の名は『亀有 四朗』。

れっきとした日本人で、この世界にある日突然迷い込んでしまった異邦人だ。


彼がこの世界に迷い込んだ経緯は今から5年前まで遡って説明する必要があるが、それはまたの機会としよう。

とにかく、彼の今の話をしよう。


5年前に迷い込んだこの世界は現代日本で生きてきた四朗にとっては生きにくい世界だった。

四朗がいた場所よりも死が身近にあり、経済規模も貨幣価値も違う。

奪うことも奪われることも全て自己責任で完結される世界。

ただの大学生だった四朗には日々生きていくことが難しく、持ちうる全てを生かし商売を始めた。


この世界の一般的な商売の形であれば行商から始めて大店を構えるという道のりを進んでいくのだが、四朗だけは全く別の方法を考え実行した。

いままで存在しなかったもの、あるいは既存のものを改良し便利に使いやすく改良したものを、道端で使い方を実践し、独特の言い回しとテンポに乗せて販売した。

そう、現代でいう実演販売を実行したのだ。


物珍しさとイベント性がうけて、用意した商品は毎回飛ぶように売れた。

この成功により、四朗に直接の取引やコーディネートの依頼などが舞い込むようになる。

商人の世界では一躍名の知れた存在となったのだ。


その後、四朗は自分自身の生活の向上のために現代日本の便利な道具の開発を決意する。

様々な紆余曲折を経て、この世界独自の技術であり、四朗自身の要求を満たすものとして魔法に辿り着く。


そう、この世界では魔法が存在している。

その魔法を使う力として存在しているとされる、魔力を道具に蓄え誰にでも扱える魔道具が近年、世に出始めたところである。

現在、四朗はそういった魔道具をこの世界にはない発想で改良し、また新しい物を作り出す技師として生活をしていた。

魔道具開発者でありコーディネーターでもある、この世界では新しい商売のやり方で生活の糧を得ていた。


今日も四朗は依頼されていた品を依頼人に届けて、さらに別の人物からの依頼を受注できたことに満足して、街をブラブラしながら家路を辿るつもりだった。

夕暮れを迎えてだいぶ経ち、酒場が賑わいを盛りにする時間帯になった現在、


--四朗は

-----腹が

-------減っていた。





どこかいい店はないかフラフラと歩いていると、一つの屋台に目が行った。

売っているものは何かを確認したくて近づくと、漂ってくる匂いが四朗にその正体を告げてくる。

甘い匂いに混ざって少しの焦げ臭さ。

この世界では割とポピュラーな木の実を使ったクッキーだ。


四朗はこの世界にきて2年目程だった頃に初めて食べたその味を思い出し、懐かしさに足を運びそうになったが、1歩進んだところで踏みとどまった。

--いやいや、焦るな。俺はただ腹が減っているだけなんだ。


とにかく腹が減っている今、こういったもので腹を満たすのはどうにも良くなかった。

四朗の腹の虫はもっとしっかりとした食事を要求している。

デザートともとれる甘味をを先に腹に入れるのはあり得なかったのだ。


屋台の前を通り過ぎてしばらく歩くと、少し先に酒場と思われる建物が入り口を解放されており、賑わいを四朗に伝えてきた。

中から聞こえてくる声は酔った客の笑い声と店員を思しき若い女性と客のやりとりだった。

入り口から少しのぞいてみると、中はだいたい7割の席が埋まっており、テーブルの間を給仕の女性が一人、忙しそうに歩き回っていた。


中はやや広めに間隔を空けてテーブルが10台ほど並んだ店舗だ。

大き目な丸テーブル1つに4から5人がついており、店の奥にはカウンターもあるが今日は誰も使っていない。

客はやはり全員が酒を飲んでおり、テーブルの上には料理もあるが見た感じでは酒のあてが多いようだ。


店の雰囲気がどことなくアットホームなのがいい感じだ。

一人暮らしで、仕事も一人でこなすことが多い四朗はこういう雰囲気に飢えていた。

今日はここで晩飯にしようと決めて、店の入り口をくぐった。


「いらっしゃいませー。お好きな席へどうぞー」

給仕の女性が声をかけてきたのでとりあえずカウンターに座る。

一人でテーブルを一つ占拠するのは気が引けたのだ。


壁にかかったメニューを見て何を食うのか計画を立てる。

やはり酒に合う料理が多い。

しかし普通の食事メニューも意外と充実している。

四朗としては米を食いたいが、この世界ではまだ米は一般的ではないため、大衆食堂ではなかなかお目にかかれない。


山羊肉と根野菜の辛炒め

今日の魚の塩焼き

今日の魚の煮物

薄切り肉の皿盛り

猪肉の塊煮

塩野菜


――選択肢がさほど多くないな。一応パンはついてくるみたいだが…。


悩んでいると給仕の女性は注文を取りに来た。

「注文はおきまりですか?」

まだ決まってません、とは言いたいがいくつかメニューの質問をして注文の参考にする必要があると思い、いくつか聞いてみることにした。


「今日の魚の塩焼きってどんなのですか?」

「今日のはアム魚ですね」

聞き覚えのない魚、そのままにして注文することはいささか不安だ。

食べられないものを提供するとは思えんが、しかし聞いておかなければなるまい。

「アム魚?それってどういう…」

「少々お待ちくださいね、いまお見せします」

そういって小走りでカウンターの向こうに行き、恐らくアム魚だろうものを両手で抱えて戻ってきた。


「これです、アム魚って。すごい珍しいらしくて思い切って仕入れてみたんです。すごくおいしいですよ」

そういってニコニコしながら四朗に見せてくる。

このアム魚、見た目は現代でいうキスなのだが、頭から尾鰭まで80㎝ほどある。

四朗が知るキスとは大きさがまるでかけ離れており、少し硬直してしまったが、好奇心で食べてみたくなった。


とりあえず魚の塩焼きとパン、適当なおすすめの料理一品とアルコールの入っていない飲み物を注文した。

女性は酒場にきて酒を頼まない者が珍しいのか少し驚いた顔をしたがすぐに持ってくると言い残し他のテーブルに呼ばれていった。


料理が来るまでの間、周りのテーブルの上に並んでいる料理を盗み見てみると、やはり肉メインの酒に合いそうなものが多い。

当然だ。

酒場に来て酒を飲まない人間はまずいない。

食事だけをしに来たとしても、何か軽い酒を飲むぐらいはするだろう。

――俺はつくづく酒の飲めない日本人だなぁ…。

そう思って少しだけ自分が歓迎されていないのではないかとネガティブな感情を抱き始めたとき。

「お待たせしましたー!」

待望の料理が運ばれてきた。


【四朗’セレクション】

ライ麦パン

アム魚の塩焼き

炎鳥のモツ煮込み

冷茶


この世界では使われない、いただきますの言葉を手を合わせて呟き、並んだ料理に視線が踊りだし、期待が頂点に達したとき、おもむろにフォークを使って口に運ぶ。

一口噛み、舌に味を乗せると一気に味覚へ感動の嵐が巻き起こる。

――いいじゃないか、いいじゃないか。焼き魚はホロホロのふわふわ。モツは…うん、味が染みててこれ一品でメインを張れるなぁ。あ~米がほしくなっちゃったなぁ


かつて日本で食べたキスと比べると大分味が違う。

記憶にあるキスより弾力が強い身を噛みしめるとグッとうま味が出てくる。

強いうま味を感じるがくどくなく、切れのいい魚の脂が満足感を足してくる。

さらには魚独特の生臭さがほとんどない。

かわりにハーブだろうか。

飲み込んだ後に口内に残される清涼感が心地いい。

舌でにおいを感じる、通常ではあり得ない表現だがこれ以外に伝える言葉がないのだから参ってしまった。

――これは当たりだ。この魚も珍しいからそうそう食べれるものじゃないだろうが、その珍しい魚の本来の味を殺すことなく十全に生かし、なおかつハーブでを足してより旨味を引き出した調理ができるとは。


一通り味わうと、メインから添えてあるものに手が伸びる。添え物としては一般的な野菜の酢漬け、店ごとにそれぞれ味が違うので楽しみだ。

この店のはシンプルなカブの酢漬けだ。変に香辛料を足したりしないで酢と塩で浅く漬けてあるだけ。だがそれが四朗には非常に好ましく感じた。

――そうそう、こういうのでいいんだよこういうので。

一つ食べ、二つ食べると歯触りと舌に残る酸味をありがたく感じ、いつまでも楽しめそうだ。

――このシンプルな味、心地よい歯触り、くぅ~っ俺にはこんなので十分なんですよ。



腹具合にも味にも十分満足いく食事を食べきり冷茶で食後にマッタリ過ごしていると店の入り口から男が一人入ってきた。

席につかず給仕の女性になにやら注文をしている。カウンター付近でやり取りしているため、なんとはなしに会話が耳に入ってくる。


「いらっしゃいボダさん、今日は飲んでかないんですか?」

男はボダというらしい。どうやら酒を飲んでいかないのは珍しいほどの常連らしい。

なにやら鍋のようなものを手渡している。

借りていた鍋を返しているのだろうか?

「いやぁ明日は遠出でね、今日はやめとくよ。モツ煮持ち帰りで鍋1つ分もらえるかい」

――持ち帰り!そういうのもあるのか…


男が他の常連と話しているうちに料理の入った鍋ができたようで、それを布で包み、男は店を後にしていった。

四朗も持ち帰りに大きく心を揺さぶられたが、生憎今日は鍋を持っていない。

残念だが今回は見送るしかない。

だが持ち帰りというシステムを知ることができたのは大きな収穫だ。

次の機会には荷物を増やして店を出ることができると思い、四朗は笑みを隠しきれなかった。


会計を終え店を出ると街は完全に夜の顔にかわっていた。

酒場こそまだ営業しているが、ほかの店で開いてるところはほとんどない。

大通りをすこしそれていけばまた別の夜の顔もある。

四朗はそんな場所に行く機会はそうそうないため、大通りをただ歩いていく。


うまい食事は他のどんな娯楽にも勝る。

満足感に浸りながら歩く夜の街は、なんだかいつもより暖かい気がした。


今日はいい店に出会えた、明日は何を食おうかと早くも次の食事に思いを馳せ、足取り軽く家に帰る。

出会いの幸運に感謝しつつ、明日からまた頑張ろう、その活力だけが孤独を癒す。

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