意識
グングニルの面々にとって地獄の時期がやって来た。
立秋とは名ばかりで、暑さが本格化する8月上旬。
元々が工場で空冷の整っていないグングニルジムでは、昨年と同じ光景が広がっている。
ハズレの日の動物園、、、ダレて動かない練習生達を見ると、まさにそれを想わせる。
そんな中で流れる汗もそのままに、無心にエアロバイクを漕ぐ男の姿があった。
ラグナロクの開催が現実的となった今、大作との約束を守る為に崇は身体作りに余念が無い。いや、、
実際には小説の執筆やラグナロク開催の段取り等、余念だらけなのだが、真剣に取り組んでいるのは事実である。
上半身の筋力は今でも人並み以上なのだが、如何せんスタミナに不安がある。
しかし足が不自由な崇にとって、有酸素運動は天敵だ。王道であるランニングや、ロープスキッピングが出来ない以上、エアロバイクに頼るしか無い。
それも人と同じ内容では駄目だとペダルを最も重く設定し、ゆっくりではあるがもう2時間も漕ぎ続けている。
その鬼気迫る様子を(動かぬ動物達)が、へたったままで見つめていた。
そしてようやくエアロバイクから降りた崇、疲労から流石にマットへと倒れ込んだ。
「もう駄目、、死ぬ、、、」
呟く崇の所に吉川が近づいた。
その手にはスポーツドリンクの入ったボトルが握られている。
「はい」
しゃがみこみ感情を出さないまま、崇の眼前にそれを差し出すと
「最初から飛ばし過ぎちゃう?まぁ、、気持ちは解るけど、、、」
表情を変えぬままでそう嗜めた。
僅かに顔だけを上げ声の主を見た崇。
疲労で重くなった身体を無理矢理に起こし上げると、座ってボトルを受け取り
「あ、、ありがと、、」
たどたどしい礼を述べた。
前に大作と優子から冷やかしを受けてからと言うもの、吉川への接し方がどうにもぎこちない。
大人なので流石に避けたりはしないが、以前より距離を置いてしまっているのは確かだ。
そしてそんな幼稚な自分に閉口していた。
しかしこれには崇なりの言い分、、というか言い訳がある。
又あの最凶タッグが冷やかさないとは限らない。
もう吉川に不快な思いをさせたくない、、そんな考えからの行動でもあるのだ。
尤も当の吉川はそんな事は全く気にしていない様子なのだが、、
ボトルの半分程を一気に飲み干し
「クゥ~、、生き返ったぁ!!」
そう言った崇の前に、今度はタオルが出てきた。
瞬きの増えた顔を上下させ、タオルと吉川の顔を交互に見る崇に吉川が言う
「トレーニングするんやから、タオルくらい持っといでぇな、、」
今回は感情が顔に出ている、、、それは言うまでも無く呆れ顔だった。
「え、、でも、、これ、、」
明らかに私物であるそれに崇が躊躇っていると
「ええからっ!汗そのまましてたら、筋肉冷えてまうやんっ!ほらっ!!」
珍しく強い口調で、差し出したタオルを更にグイッと差し出す。
「悪いね、、」
崇はチョコンと頭を前に出し、恐縮しながらそれを受け取った。
崇が汗を拭き始めたのを見て吉川が言う
「それ、洗って返そうなんて思わんでええから。トレーニング終わったら、そのまま私に渡してな」
その口調と表情はいつもの平淡な物へと戻っていた。
「え?いや、、でも、、」
言いかけた崇に反論の余地を与えぬまま、背を向けた吉川、、ヒラヒラと手を振りながら自分のトレーニングへと戻って行った。
言葉を発する事を許されなかったその口からは、大きな溜め息だけが吐き出され、複雑な想いでその背を見送った崇。
手にしたタオルに視線を落とし、微かに笑顔を浮かべると再び汗を拭き始めた。