ラグナロク へ
大作と水戸がグラスを交わしたその3日後、グラップスより水戸が引退を撤回したという連絡が入った。ジムでその報せを受けた大作
(ちゃんと立ち上がったか、、それでこそ我がライバルや)
心の中でそう呟いた。
そしていよいよグングニルは目標だったラグナロクへと動き出す。
各マスコミが話題にしてくれてるお陰で、それなりの反響があった。
ネットワークに参加してくれるジムや道場も増え、レスリング、修斗、ブラジリアン柔術等、多種多様の試合を行える公算も立ってきた。
グングニル障害の部にも、1人だけだが新メンバーが加入した。
生まれつき下半身に麻痺があり、松井と同じく車イス利用者である。しかし松井のそれとは違い、スポーツ用の車イスを常用していた。
というのも、これ迄に車イスバスケや車イスマラソン等、色々なスポーツに挑戦してきた経歴を持っているらしい。
名は工藤 要27歳。
少し長めの髪をゴムで後ろに束ねている。
日焼けした外見からも少しチャラく見えるが、眼力のある精悍な顔立ちと、見事に引き締まった上半身はアクティブな印象を人に与える。
特筆すべきはその腕の太さである。
車イススポーツをしている者は、当然ながら上半身を酷使する。特に腕の運動量は想像を絶する。
樹の幹の瘤を想わせる隆々とした腕は、その産物なのだろう。
ずっと格闘技に興味はあったが、出来る場所が見つからず諦めていた。
しかしグングニルの存在を知り、嬉々として門を叩いたという訳だ。
それと有り難い事に、NPOの障害者支援団体からも入門希望の案内や、ラグナロク開催の折の手伝い等を申し出て貰えた。
しかしである。
得てして光が強まれば影も濃くなるのが世の常、、
否定的な意見も目立つ様になってきた。
その殆んどが売名行為的に見る物や、障害者を見世物にしているといった類いだった。
しかしグングニルもネットワーク参加団体も
(やらせている)
のでは無く
(やりたい者に出来る場を提供している)
という自負があり、当の選手達も信念を持ってやっている。そんな外野の心無い批判に屈する事は無かった。
そんなある日、何度目かのネットワークの会合を終え、ジムへと帰路につく大作、崇、優子の3人。
「ちょっとお茶しよか!」
という大作の言葉でファミレスに立ち寄った。
勤務時間だが、社長自らの提案である。2人は喜んで従う事にした。
席に着き注文を終えると、大作がいきなり崇に尋ねる。
「ところで福さん、、例の件は順調なん?」
何を言っているのか解らず、一瞬呆ける崇だったが
「例の件、、ひょっとして前に話した俺のやりたい事ってやつか?」
と訊き返す。
それ以外に何があると言わんばかりの顔で
「そっそ!」
と大作が答えると優子も
「もうそろそろ、それが何なんか話してくれても良くない?」
と口を尖らせた。
「話してもええんやけど、、お前ら絶対に笑いそうやからなぁ、、」
横に流した目で、疑う様に2人を見る崇。
「人のやりたい事、、夢を笑ったりせえへんよ!」
優子の口が更に尖る。
「ほんまやでっ!俺がグングニルを立ち上げる時、ラグナロクをやりたいって話をしても、福さん笑わんと聞いてくれたやんっ!、、その代わりめっちゃドヤされて、闘うはめなって、、泥んこなって、、酷い目におうたけど、、」
励ますつもりが、とんだ恨み節になっている。
そんな大作を優子が睨むと、それに気付いた大作は身の危険を感じたらしく、肩を竦めて口を閉ざした。
その眼力で大作を黙らせた優子が、さあどうぞっとばかりに視線のパスを崇へと流す。
それを受け取った崇が、少しはにかみながら話そうとした時
「お待たせいたししました!」
の声がそれを遮った。
最悪のタイミングで運ばれたケーキセットだが、
それぞれの前に並べられるのを見届けると、改めて崇が口を開いた。
「俺な、、書きたい物があってさ、、」
「描く?刺青の下絵か何かって事?」
優子が訊きながら、パリパリと音をたてミルフィーユにフォークを挿し入れる。
「いや、、絵の方の描くやなくて、文章の方の書くやねんけどな、、」
そう答えた崇はブルーベリーチーズケーキには手をつけず、コーヒーを一口含んだ。
「え?文章って、、」
ホットケーキにシロップを滴ながら大作が問うと
「ああ、小説や、、」
僅かばかりの恥じらいを見せながら答える崇と、それを見つめる大作と優子、、驚きからかその手は止まり、信じられない物を見たかの様に目を見開いている。
「ほらっ!なっ!?そういう風になる思ったから、話すの躊躇ってんっ!」
崇が軽く拗ねて見せると
「いやいや、約束通り笑ってないやんっ!」
大作が慌てて取り繕い、優子も残像が見える程の勢いで首を縦に振っている。
それを見て不満気に大きく鼻を鳴らした崇だったが、気を取り直すと静かにこう言った。
「お前らとの日々を、、俺達の物語をどうしても残したくてな、、まだどうなるか分からんけど、出してくれる出版社を探すつもりや」
それを聞いた2人は1度顔を見合わせると、笑顔で各々が応援の言葉を述べた。
「勿論、最初の読者は俺達やんな?出来上がったら真っ先に読ませてなっ!」
「今のうちにサイン貰っとこっかな!あ、それと出演料はここのお代でええから♪」
それを受け小さく頷く崇、晴れやかな笑顔を返すと
「ありがとな」
心からの感謝を込め、その一言だけを口にした。