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格パラ  作者: 福島崇史
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大と小

「お前…ほんまにそれでええんか?」


barのカウンターで横並びに座った2人の男。

身体の大きい方が小さい方に問う。

独り言の様に静かな言葉だが、どこか責めている様にも取れる。


問われた男は答えなかった。

ただただ困惑した表情で、手にしたグラスを見つめている。

琥珀色の液体の中で、綺麗に丸く削られた氷がバランスを崩した様にその身を転がす。

僅かばかりの沈黙に堪えられないのか、グラスの中でパキパキと音を発していた。


やっと口を開いた小さい男

「自分でもどうして良いのか解らないんス…怖くて…」

言いながらも未だその目はグラスに向けられている。


「怖い?」

大きい男も正面を向いたままで訊き返す。


「怖いんスよ…アンタの事も…闘う事も…」

そう言うと、苦い言葉の口直しでもするかの様にグラスの酒をチビリと舐めた。


「解るよ…俺もお前が怖かったから」

この言葉に驚いた小さい男、凄い勢いで隣を見た。


「アンタが?俺を?…嘘やろ?慰めのつもりっスか?勝者が敗者を慰めるんは残酷っスよ…」

薄笑いを浮かべているが、その目には不快感が露呈している。


それを見た大きい男は

「気を悪くしたかも知れんけど慰めとちゃうよ…俺はお前が怖かった。それに俺達は1勝1敗やろ…勝者も敗者も無いやん♪」

そう言って笑った。


「いや…俺が敗者っスよ…アンタみたいに直ぐに再戦を望む強さは俺には無い。それに…」

言葉に詰まる。

どう表現して良いかが分からずに言葉を探しているようだ。

大きい男は急かす事無く、次の言葉をただ黙って待っている。


「それに…俺は心が悲鳴を上げた。折れたんや無くて、悲鳴を上げたんスよ…思い出したく無いけど、一生忘れる事も無い。こうなるともう格闘家としては終わりっス…闘う資格なんてもう無いっス」

ようやく絞り出した己の言葉で顔が歪んでいる。


ゆっくり数回頷いた大きい男はビールを一口飲むと

「それも解るよ…俺もお前に負けた直後は同じやった。情けない事に俺、あの後行方くらましたからな…誰とも会いたく無くてさ」

そう言って自嘲気味な笑顔を晒した。

しかし直ぐに真剣な表情に変わり


「でもな…俺は乗り越えたで」

そう言って射る様な視線を向ける。

その目は問うていた。

(お前はどうなんだ?)…と

(そのまま踞っているのか?)…と


小さい男が思わず目を反らす。

大きい男は、暗に責めてしまったのを取り繕うかの様に1つ大きな溜め息をつき、それから努めて明るく言葉を繋いだ。


「もちろん俺1人の力で乗り越えた訳ちゃうで、仲間や彼女さんのお陰で立ち上がれたんやけどな。俺も弱い人間やからさ!まぁ…そもそも元々強い人間は格闘技なんかせんやろぅけど」


「それ、俺も同感っス。格闘家って弱者の代表であり代弁者なんやと思いますわ」

同じ思想が嬉しかったのか、小さい男がようやく笑顔を見せた。


「せやろ?だから恥じる事なんてあらへん。自分の弱さを認める…それも立派な強さやと思う。躓く事は恥や無いよ…でも立ち上がらへんのは恥なんやと思う」

柄にも無く真剣に熱く語っている事に照れが出たのか

「なぁんてなっ♪俺も偉そうな事言える立場ちゃうかったわ!」

そう付け足した。


「いや…やっぱアンタは凄いっスよ。皆に愛されてるのも納得っス」


「愛されてるって…なんかこそばいな…でも皆にはほんまに感謝しとるよ。あっ!彼女には確かに愛されてるけどなっ!!」


「なんスか!?のろけっスか!?」


「せやっ!のろけっスよっ!!」

この日初めて2人が声を出して笑った。


そして小さい男が1つ疑問を口にする。

「でも…今日はなんでわざわざ俺なんかの為に?」


照れた様に鼻を掻きながら大きい男が答える。

「お前は今のグラップスの要や…こんな所で潰れて欲しく無いねん!それに…」


ここで表情を曇らせ言葉を止めると、何かを決心した様に1つ頷き続きを語った。

「1人、格闘技に想いを残したままで身を退いた人間を知ってるねん…もうそんな人間を見たく無いしな…」


一瞬寂しそうに視線を落としたが、直ぐに顔を上げると

「お前はライバルではあっても敵な訳や無い。むしろ同じ世界で上を目指す同志やと思っとる。2回も拳を交えたんやからもう仲間や!理由はそれで十分やろ?」

そう続けた。


「拳を交えたら仲間って…昔の番長みたいっスね!」

小さい男が苦笑する。

そして

「でも…なんか救われたっス…ありがとうございました」

そう言って頭を下げた。


「そっか!なら良かった!とにかく時間かかってもええから、今は心身休めて必ず戻って来い。俺達の戦績は五分や、いつかケリをつけたいと思ってる…あの眩しい場所で待ってるから!」

そう言うと大きい男は立ち上がり、ポケットから出したクシャクシャの1万円札をカウンターへと置いて背を向けた。

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