最強、いや…最凶タッグの冷やかし
birthdayを終えた次の日、優子と吉川の2人は朝からお世話になったスポンサーや協賛企業、そして協力してくれたグラップスと烏合衆への挨拶回りをしていた。
ようやく終えてジムに戻ったのは夕刻になってからだった。
「おかえりっ!お疲れ様ぁ」
大作がいつもの調子で明るく労う。
「…ただいま」
一瞬恨めしそうな顔を向けた優子が、抑揚の無い声で平たく答えた。
隣の吉川も沈んだ表情ながら、強い視線を大作に射している。
2人のただならぬ黒いオーラに思わず後ずさる大作。
「えっと…俺…なんかしたっけ?」
こめかみの辺りを掻きながら窺う様に大作が尋ねると、その動きを真似ながら
「えっと…俺…なんかしたっけ?とちゃうわっ!!バーカ、バーカッ!!」
優子が叫んだ。
そして吉川も静かに口を開く。
「社長…失礼を承知で言わせて下さい…バーカ、バーカッ!!」
「んぐっ…」
優子はまだしも、吉川にまで罵られた大作は言葉が出ない。
それを見ていた崇が腹を抱えて笑っている。
そして一頻り笑ってから
「2人の言う通りこいつがバカなんは疑う余地無いけど…何があったん?」
涙を拭き拭き訊くと
「このバカのせいで滅茶苦茶に怒られたわっ!!」
口をへの字に結び鼻を膨らませた優子が答え、隣の吉川は腰に手を当て何度も頷いている。
話の経緯はこうだ。
昼過ぎに訪問したスポンサー企業。
新規のスポンサーで、神戸市内に30店舗を展開している地域密着型スーパーマーケット「トーゴウ」
ここの会長は大の格闘技ファンであり、バーリ・トゥード主流の今の格闘技界でロストポイント制の試合を行い、障害者へと門戸を開いたグングニルに賛同してスポンサーを名乗り出てくれた。
ところがである…
birthdayに於いて大作は、あろう事か秘密裏に交渉を進めバーリ・トゥードでの試合を闘った。
会長はその事に御立腹だったらしい…
今回は2人が平謝りしたお蔭で何とか治まったが
「次にこんな事があったらスポンサー降りるから」
と釘を刺されたという。
それを聞いた大作、頭を掻きながら欠伸混じりで
「はぁ~…しがらみって奴やな…やりにくい世の中やなぁ…」
と呑気な言葉を吐き出した。
「セイヤ~ッ!!」
「チェスト~!!」
「グアッ…!」
吉川が右膝裏に、優子が左膝裏にそれぞれ渾身のローキックを叩き込み、呻いた大作が前のめりに崩れ落ちた。
四つ這いで顔をしかめる大作に、2人が屈み込んで顔を近付ける。
「おい!兄ちゃん…もっと他に言う事あるんちゃうか?」
眉間に皺を刻みながらVシネマよろしく優子が凄む。
それに乗っかって吉川も
「姐さんっ!このボンクラやってまいましょうやっ!!」
そう言って顎を突き出している。
「あ…いや…そのぅ…すいません…御迷惑おかけしました…」
色の消えた顔で大作がようやく非を詫びると
「ん、わかりゃあええねん、わかりゃあ♪」
そう言って2人して笑い出した。
崇も一緒に笑っていたが、内心は驚いていた。
ジムに入会した当初は笑顔すらまともに見せなかった吉川が、今ではこんなミニコントを演じるまでに変貌している。
心の病を抱える彼女だが、このまま良い方向に向かえばな…
ふとそんな事を考えながら見つめていると、それに気付いた優子が
「あれ?福さん…今めっちゃ優しい顔で悠さんの事見てなかった?!」
そう言って冷やかしにかかる。
「え?マジでっ!?」
ようやく自分から矛先が外れた大作、ここぞとばかりに便乗し始めた。
「歳も近いし…ええんちゃうん?」
いつもの悪い流れが始まった…こういう時の優子と大作は最強…いや最凶タッグだ。
「オッサンをからかうなって…」
渋い顔で耳をほじくる崇だが、鼓動が速まるのを自覚していた。
確かに心のどこかでは吉川に魅力を感じている。
それを表に出してしまった事がこそばゆかった。
「前にも言った通り、俺は恋愛なんて出来る身分やないねん…俺はともかく吉川さんまで困らせるなって」
そう言って鎮火にかかるが、火の勢いは思いのほか強く、こんな言葉では止まらない…
「でも前に、こうも言ったよね?自分と同じ位のリスクを抱えた相手とならっ…て。障害を抱えた同士で支え合えるし、条件は合ってるやん!」
こういう事に関して、優子は鋭く核心を抉る。
優子と大作が吉川に目を移すと
「私も恋愛なんて出来る身分ちゃうから…」
そう言っていつもの薄い笑顔を浮かべる吉川。
先までのテンションと明らかに違う吉川を見て、流石の2人も黙るしか無かった。
「そっか…残念…」
大作のその言葉でこの話題は終わり、それと同時に思い出した様に吉川が口を開いた。
「あっ!!グラップスで小耳に挟んだんやけど…水戸選手、引退するらしいよ…」
それを聞いた崇と大作は、目を見開きながら顔を見合わせた。