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格パラ  作者: 福島崇史
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誰が為にゴングは鳴る

苦手意識…そんな生易しい物じゃなかった。

水戸が大作に対して抱いてしまった物、それは思った以上に根深い。

1度心に住み着いてしまった恐怖、それを追い出すのは並大抵の事では無い。


水戸には1つトラウマがある…

それは幼い日、兄に無理矢理に連れて入られたオバケ屋敷での事だ。

突然の物音に驚いた兄は、繋いでいた手を放して1人で先に逃げてしまった。

足が竦み動けなくなった幼き日の水戸は、背後に気配を感じ恐る恐る振り返った…


すると、血の気の失せた顔で白目を剥いたゾンビが、直ぐ後ろに立っていたのだ。

まだ小さかった水戸は、恐怖でその場に座り込んでしまった。

小便を漏らし泣き叫んだ挙げ句、係員に手を引かれ非常口から出ていくという失態を演じたのだった。


他人からすればくだらない話と思うかも知れないが、10年以上も前のこの出来事が、恐怖心として今も深く深く心に根を張っている。

今でもゾンビやホラー映画、怪談の類いが全く駄目なのは勿論だが、難儀なのは今TVで人気の白目を剥いて喋る芸風の若手芸人、彼等を見ただけでもトラウマスイッチがONになってしまう…


そして前の試合、意識も無いというのに涎、涙、鼻水…挙げ句小便までも垂れ流し白目で迫って来た大作は、あの日のゾンビ以上に恐怖心をもたらしたのだ。

今、目の前にはそんな恐怖の対象が立っている。

目を合わせる事すら憚られる…

だが、こうも思う。

もし再び大作に勝つ事が出来たなら、過去のトラウマすら乗り越えられるのでは…と。


この試合を承けた事は今でも後悔しているが、その一点に希望を持ってこの試合に挑む事を決心したのだ。

ましてルールは自分に有利なバーリ・トゥード…十分に勝算はある。

勇気を出して上目遣いに大作を見た…

するとまさにその時、試合開始のゴングが鳴ってしまった。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー


2度とバーリ・トゥードを闘う事は無いと思っていた。

グングニルを旗揚げして以降、バーリ・トゥード用の技術は一切練習していない。

つまり1年のブランクがあるという事だ。

グングニルの公式ルールであるロストポイント制とバーリ・トゥード…同じ総合格闘技だが似て非なる物で、ゴルフとゲートボール程の差がある。

そう考えると、やはり1年のブランクは大き過ぎる。


しかし今回のルールを秘密にしていた以上、皆の前でバーリ・トゥードの練習は出来ず、ジムでの業務が終わってから知人のブラジリアン柔術の道場へと出稽古に通った。

しかしそんなのは付け焼き刃、テスト前の一夜漬けに等しい。

それが通用する程に甘い物では無い。

それを十分に理解している大作…やり残した事だらけで本心は巨大な不安に圧し潰されそうだった。


まして目の前に立つ男は、今やグラップスのトップ選手の1人だ。イージーな相手である訳が無い。

しかし…経緯はどうあれ、拒む水戸をリングに引っ張り出す事は出来た。

条件は厳しいが、忘れ物を取り返すチャンスは手にしたのだ。

前回は敗れて小便まで垂れ流したが、今回はクソを漏らしてでも食らい付いてやる!

そんな心づもりで挑むが、それでももし敗れたならその時は引…

頭に浮かびかけた不吉な2文字を、1文字目で慌てて掻き消す。


強い覚悟を宿した瞳を水戸へと向ける。

上目遣いにこちらを見る水戸と目が合ったその時、鈍くゴングが鳴り響いた。

そしてその直後、試合終了を告げるゴングが打ち鳴らされる事となった。


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