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格パラ  作者: 福島崇史
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施術

狭い六畳間、、、横たわる大作の横に崇は陣取った。

ボールペンで大作の背中に下絵を描き始める。その表情は真剣であった。

優子は部屋の片隅でクッションを抱きながら、その様子を興味深そうに見つめている。


普通、一般的に下絵はトレーシングペーパーを用いて転写する。転写インクにて下絵を反転させた状態でペーパーに描き、彫る場所を湿らせてペーパーを貼り付ける。暫く時間が経つと肌に絵が転写されている、、、という訳だ。

しかし崇は画力が落ちるという理由から、その方法をよしとしない。毎回手描きで下絵を描き写していた。

いわゆるフリーハンドという手法。

勿論時間はかかるのだが、崇はずっとこの方法を続けている。


大作の背中は、流石は格闘家と言うべき物であった。

ヒットマッスルと呼ばれ、打撃の威力に大きく関わる広背筋、、、彼のそれは、あたかも2匹の大蛇がうねっているかの様に隆起している。

しかし決してカチカチに硬い訳ではなく、柔軟でしなやかなその筋肉は猫科の猛獣を想わせた。


大作の描いた絵は緻密でデッサン力の高い物だった。

その為に少し時間はかかったが、どうにか20分程で転写は完了した。

「とりあえず下絵は描きあがりました、1度この段階で確認お願いしますね」

崇は描き上がった下絵をスマホで写真に撮り、その画像を大作に差し出した。

大作はそれを見ながら2、3度軽く頷くと、小さく溜め息をつきながら崇にスマホを返した。


「あ、気に入らないですか?」

溜め息に気付いた崇は不安になり思わず尋ねる、、、


「気に入らないっす、、、その敬語!」

強い口調ながらも、その顔は笑っている。

それを見ていた優子までもがケタケタと笑い出した。

「なあ、優ちゃん!気に入らんなぁ?客の要望に応えてくれへんで!」

と、大作。

「うん!気に入らない!客の要望やのに!」

と、優子もそれに乗っかる。


今度は崇が小さく溜め息をついた。

「わかったわかった、、、敬語は止めるわ」

崇のこの言葉に二人は顔を見合わせ、小さくガッツポーズをとっている。

しかし崇の言葉はまだ終わっていなかった。

「たぁだぁしっ!お互いにやっ!二人も俺にはタメ口!それでどないや?」

二人は一瞬戸惑いを見せたが、直ぐに「上等」と大作は親指を立て、優子も笑顔でOKサインを作っていた。

それを見て崇は満足気に頷くと、改めて大作に声をかけた。

「んなら始めよかっ!」

ちゃんとタメ口で言われた大作も満足気に頷く。

話に決着がつくと崇はマスクとゴム手袋を装着し、5本針と3本針のノミを手元に置いた。

「じゃあ筋彫りから始めるな。少し痛むと思うけど、我慢出来ん様になったら遠慮せんと言うてな」


大作は無言で頷き、心の準備を整えた。


筋彫り、、、

刺青で最初に行う図柄の輪郭を彫る作業だ。崇は5本針のノミを手に取ると、たっぷり墨を吸わせたそれを大作の肌に挿し入れた。

刺青を彫る際、左手で思いっきり肌を引っ張り、十分に拡げた上で針を挿す。

簡単に言うならば、刺青は点画である。

拡げた肌に刻まれた複数の点は、元通りに肌が縮んだ際に密集して線や面となる。基本はこの繰り返しで絵を描き進めていく。

無論それだけでは無く、そこに「ボカシ」と呼ばれるグラデーションの技術等、細かい調整を加えて作品を仕上げていく事になる。

当然、全ての輪郭を彫ってしまう訳では無い。

それをやってしまうと平面的な絵になってしまう。

陰影で表現する部分などは、輪郭のラインを彫らずに後々ボカシを駆使して彫る。

とはいえ、筋彫りは刺青の下地となる重要な物、、、それだけに神経を使う。


眉間に皺を寄せながら彫り進める崇の額には、玉の様な汗が浮いている。

一方の大作は、時折痛むのか身体を力ませるが、思いのほかリラックスしていた。自分の中で予想していた痛みの設定値より下回るレベルの痛みで済んでいるらしい。


(思ったより痛くないねんな、、、)

これが最初の素直な感想だった。

彫られながら大作は、墨の入った自分の姿を想像していた。

次の試合は3ヶ月後だ。その時に初めて墨の入った自分を披露する事になる。

その時の観客のどよめきが想像出来た。墨を入れる事は仲間にも話していない。それだけに皆の反応が楽しみでしょうがなかった。

色々と夢想する大作の顔は、知らず知らずにやけている。


その様を見ていた優子は

「大作君、楽しそうやね、、、痛ないん?」

と声をかけた。その口調は既に友達に対してのそれである。


「ん?痛いんは痛いけど、覚悟してた痛みよりかなり楽やわ!楽しそうに見えた?なんで?」

大作は俯せの体勢から無理矢理頭だけを優子の方に向けた。


「だって大作君、ずっとニヤニヤしとるねんもん」

優子が笑いながら答える。


「え?、、、そっか、、、、俺、笑ってたんや、、、見んといて!エッチッ!」

大作は照れ隠しにふざけて見せたが、耳が真っ赤である事からも本当に照れているのが判る。

照れてる、照れてないと、ひとしきり盛り上がったが、それから暫くは沈黙が続いた。静寂の中で崇の彫り進める針の音だけが響く。

(チャッチャッチャッ)


優子はその手元をじっと見つめていたが、突然思い出したように口を開いた。

「山宗さん、1つ質問いいですか?、、、あっ!質問いい?」

優子が慌ててタメ口に言い直す。

「ンフッ」

崇は思わず吹き出したが「どうぞ」と改めて笑顔を向けた。


「なんで彫師になろうと思ったん?」

「あ!俺もそれ聞きたい!」

大作までもが興味を示してきた。


崇の手が一瞬止まる、、、

それは雑じり気の無い、子供の様に素直な質問だった。

しかし、その質問に答えるのは崇にとって色々な痛みを伴う。


「ん~、、」

数秒の間を置いて

「長くなるし、大して面白ない話やから、、、」

そうお茶を濁した崇に

「長くてもいいから聞きたい!」

「俺も!」

二人が口を揃える。


「我がの事話すんは苦手やねんけど、、、」

頭を掻きながらそう前置きすると、崇は諦めたかの様にそろそろと話し始めた。



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