YOUはSHOCK!
日本を代表するハードロックバンドの名曲が流れる中、鈴本が青コーナー側よりリングに上がった。
会場が狭いため花道と呼べる程の物は無く、舞台袖を出たら数メートルでリングへと辿り着く。
コーナーに凭れ高梨の入場を静かに待つ鈴本。
セコンドの新木が軽くマッサージを施しながら、耳元で何やら囁いている。
「博、、、いつも飄々とした哲っさんを熱くしたれやっ!!」
「ん、勿論そのつもりやで」
高梨の入場口に目を向けたままで、鈴本がニヤリと笑う。
ここで鈴本の入場曲がフェードアウトし、一瞬の沈黙の後で高梨の入場曲が流れ始めた。
それはアニソンだった。
一子相伝の暗殺拳を使う、胸に7つの傷を持つ男を主人公としたアニメの主題歌。
それに合わせて入場してきた高梨の姿に会場は沸いた。
時は少し遡る。
控室を出て舞台袖に着いた高梨は、前以てそこの棚に用意しておいた自分の荷物から赤マジックを取り出すと、それを崇に手渡した。
訳がわからずマジックと高梨を交互に見る崇に、それがさも当然の事の様に高梨が言い放った。
「俺の胸にそれで7つのキスマーク描いてぇな」
「、、、はい?」
至極当然と言える崇の反応。
「時間無いから早よぅして」
表情1つ変えず言う高梨に
(あぁ、、、本気なんや、、、)
と悟った崇は、絶望感と共にマジックのキャップを外した。
高梨の身体に唇を7つ、北斗七星の形に描きながら
(俺、、、何してんのやろか、、、)
軽く自己嫌悪に陥る。
そんな崇を余所に真顔で高梨が言う。
「俺も今日からプロやからな、プロならパフォーマンスも必要やろ?」
プロレスファンの高梨らしい発想に、危うく納得しそうになるが、慌ててそれを打ち消す。
すんでの所で高梨ワールドからの脱出に成功した崇がキスマークをようやく描き終えると、今度は荷物から何やら取り出した高梨。
それを身につけると
「準備完了や」
そう言って数回頷き、満足気な顔で入場の時を待っている。
下半身は試合用のショートタイツ、そして上半身には肩パッド付きのレザーベスト、、、はだけた胸元からはキスマークが覗いている。
もう、、ちょっとした変態にすら見える。
崇が不審者を見る目で見ていると、何やら思い出したらしく高梨が残念そうな声を上げた。
「しもた!マジックで眉毛を太くするん忘れとった、、、もう時間無いわなぁ、、、しゃあない、諦めよっか?」
言いながら崇に視線を投げる。
まるでこの姿になったのは崇と共同のアイデアかの様なその口振りに
(いやいやいやっ!諦めよっか?って、、、俺に同意を求めるなって!そもそもこんな出来の悪いコスプレする事自体知らんかってんからっ!)
と思ったが、言っても無駄とそれを飲み込み
「せやな、、、」
とだけ答えておいた。
ここで崇の想像した通りあの曲が流れ、いよいよ入場の時がやって来た。
「よっしゃ!行くどっ!(嫌やけど、、、)」
崇が先導して出て行くと、入場曲で沸いていた観客が、高梨の姿を見て更に沸いた。
歓声と喚声、そして笑い声の唸ねりの中
(さぞ怒ってらっしゃるでしょうね、、、)
そう思うと崇は新木と鈴本を見るのが怖かった。
しかしリングは目と鼻の先、その姿は嫌でも視界に入る。
怒ってはいない、、、いや、正確にはまだ怒ってはいない、、、
今はまだ驚きと呆れが勝っている為、2人共にポカンと口を開けて瞬きもせずに高梨を見ている。
だが、時間と共に怒りが込み上げるはず、、、
その崇の想像は当たっていた。
リングに上がる頃には、鈴本と新木の顔色は明らかに変わっていたのだ。
新木が鈴本に言う。
「哲の奴、、、嘗めとんな!」
ただでさえ厳つい顔なのに、目が据わり一層怖い物となっている。
「まぁ哲っさんらしいな、、、けど、ぶっ殺す!」
クールな鈴本が珍しく物騒な言葉を使った。
表情は変わらず冷静を装おっているが、その内部では蒼い焔が緋い焔へと変わっていた。