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格パラ  作者: 福島崇史
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Dear Mama

春には似つかわしく無い熱が籠る会場。

その熱のコアであるリングでは、第1試合が始まって既に6分が経過していた。

山岡の打撃に手を焼く藤井はダウンを重ね、まさに今3ポイント目をロストした所である、、、残るポイントは2ポイントのみ。


対する山岡は序盤にロープエスケープして失った1ポイントのみで、まだ4ポイントを保有している。

藤井の左目は最初のダウンを奪われた際に腫れ上がり、今や完全に塞がっていた。

それでも尚、構えを取る藤井を見て、レフリーを務める新木は迷っていた。


(止めるべきか、、、)


試合の流れは完全に山岡に向いている。

ほぼ一方的とも言える展開、、、

しかし藤井の目には未だ光が宿っている。それだけに判断が難しかった。


(次にダウンしたら、、、)

新木はそう心に決め、続行の指示を叫んだ。


「ファイッ!!」


山岡は内心焦っていた、、、

(こいつ、、、なんで立てるねん?)


数え切れない程の打撃を放ったのだ、、、

いくら自分が小人症という障害を持っているとは言え、それなりの威力はあるはずなのに、、、と。

山岡の場合、四肢は発達せずに短いが、幸いにも筋力の低下という症状は今の所ほとんど出ていない。

つまり人並みのパワーで打撃を与え続けているというのに、目の前の男は3度も立ち上がって来た。


年は変わらないが自分以上に幼さの残る藤井に、僅かばかりの恐怖すら覚えていた。

障害により手足が短い山岡には、接近してのインファイトしか戦法は無い。しかしそれこそ空手の最も得意とする距離である。

ならば、相手が立てなくなるまで拳を打ち込むのみ!

そう覚悟を決めた山岡は、一気に藤井の懐へと飛び込んだ。



(ぼく、、、強くなってる、、、)

この闘いの中、藤井はそう自覚していた。


いじめが嫌で学校から逃げた、、、

人との接触が苦手な為、自室へと逃げた、、、

そんな自分を変えたくてグングニルに入ったが、ジムでも人目が気になり練習から逃げた事もあった。

逃げる人生を送ってきた自分だが、その後のグングニルでの日々がそれを変えてくれた。

特に今セコンドとして声を張り上げてくれている吉川の存在、それが大きく作用している事は自分でもわかっている。


この試合だって、昔の自分ならばとうに心は折れていたはずだ。しかし今の自分はこの状況すら楽しめている。

確かにセコンドの吉川に良い所を見せたい、、、そんな想いがあるのは事実だが、誰かの為に頑張るという考えすら以前は持ち合わせていなかった。

それが今はどうだ?

だからこそ思う。

自分は強くなっている、、、と。


こんな痛みなどなんだっ!

自分をいじめてた連中の、人格ごと引き剥がす様な無慈悲な暴力に比べればどうと言う事は無い。

これは技や力を比べあった結果としての痛みなのだ。

そう考えるとむしろ心地よくすら感じる。


今までの試合の流れを振り返ると、どうやら山岡は一切の組技が出来ない様だ。

ならば、、、

藤井がそう考えた時にレフリーの声が響き、半分となった視界には迫る山岡の姿が映った。



藤井の懐へと入った山岡が、正拳突きの連打で狂った様にラッシュをかける。

歯を喰い縛りながら両の拳を奮うその顔には鬼が宿っている。


「真っ直ぐ下がらんと、回って回って!!」

セコンドの吉川から指示が飛んだが、時既に遅し、、、

藤井はコーナーへと詰められていた。


しっかりとガードを固めている為に致命打こそ無いものの、5発に1発くらいの割合でヒットしている。

新木がスタンディングダウンを宣告しようとしたその時、藤井がふいに前へ出た。

山岡が疲れ、打撃の回転が落ちるタイミングを虎視眈々と狙っていた藤井は、その時が来ると子供のケンカの様に両手で山岡を突き飛ばし、間合いを開けた。


突き飛ばされ後ずさった山岡は肩で息をしている。

体力の貯蔵庫が底を尽き、リング中央付近で棒立ちとなった山岡。

それを目掛け藤井が左右のローキックを放った。

疲労から足を上げてのガードが出来ない山岡は、反射的に手で捌こうと上体を前に折った。

藤井はこの勝機を逃さす、更に攻めに出る。

前屈みとなり、位置の下がった山岡の頭を正面から脇に抱え込むと、爪先立ちとなり思い切り体を反らせた。


「フロントスリーパー」

別名ギロチンチョークとも呼ばれる技で、脇に頭部を抱え込み前腕を相手の喉に喰い込ませる絞め技。

その際に爪先立ちで体を反らせ、相手の体を吊り上げる事で技の効果が上がる。


しかしまだ甘い、、、藤井の前腕は未だ完全に首へは入っていなかった。

必死で顎を引き、防御の体勢を取る山岡。

ジリジリと少しずつ腕を滑り込ませようとする藤井。

2人のせめぎあいが暫し続く、、、

しかし焦りからか山岡が墓穴を掘った。

無理に外そうともがいた瞬間、首に隙間が生じたのである。

そこに藤井の腕がスッポリとはまる。


その刹那、藤井がギリギリと絞り上げた!

歯を噛み、目を閉じ、絞り上げる!!

技の性質上、身長差がある程に効果は高まる。

まだ幼さの残る藤井が145㎝、しかし小人症を抱える山岡は更に低く128㎝、、、技が極った以上は17㎝の差は大きく、ひとたまりも無かった。


山岡が力無く藤井の腰を2度叩く、、、タップアウト。

レフリーの新木が慌てて2人を分けた。

山岡が腰からリングに崩れ落ちる、、、

それと同時にゴングがけたたましく鳴り響いた。

途端にリングに飛び込む吉川、安堵か感動かその瞳は微かに潤んでいる。

藤井を抱き締め、頬擦りをする吉川。

離れて顔を見合わせると


「やったやんっ!頑張ったなぁ!!」

そう言って藤井の頭をクシャクシャと撫でた。

藤井は子供そのものの無垢な笑顔を返している。


「ぼく、、強くなったよ、、、、、ママ!」

この日藤井は初めて吉川をママと呼んだ。

ずっとそう呼びたかった、、、

しかし勇気が無かった、、、

嫌がられそうで怖かった、、、

しかし勝ったなら呼んでみよう、、、

試合前にそう決めていたのだ。


吉川は一瞬驚いた顔をしたが、そこに戸惑いや躊躇いは無い。

直ぐにいつもの優しい笑顔を浮かべると


「うん、ママちゃんと見てたで、強くなったね、、、、一彦!」

そう言ってもう一度抱き締める。


吉川もこの日、初めて藤井を下の名前で呼んだのだった。


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