施術前
「はぁはぁっ、、、あぁ~苦しっ!腹筋痛ぇ~♪」
息切れする程に一頻り笑っていたが、それが落ち着くと大作は改めて話し始めた。
「山宗さんなら多分知ってると思いますけど、、、昔の総合格闘技で主流だったルール、ロストポイント制ってわかります?」
勿論知っていた。崇が現役の頃に一般的だったルールだ。
団体によって多少の違いはあったが、各選手は5ポイントを持って試合に挑む。
打撃によりダウンを奪われたり、関節を極められそうになってロープにエスケープをするとそのポイントをロストしていき、持ちポイントを全て失うとTKO負けとなる。
勿論、ダウンをして10カウントを取られればKO負けだし、関節技から逃げ切れずにタップすればギブアップ負けとなる。
グレイシーがバーリ・トゥードをもたらして以降、現在の総合格闘技界では殆んど行われなくなったルールである。
「えぇ、勿論知ってますよ、、、それが何か?」
崇は答えた。
「俺ね、あのルールが好きなんですわ、、、」
大作は少し恥ずかしそうにはにかみながら尚も続けた。
「勿論、俺もプロになるつもりやし、試合に勝つ為にも今の技術はちゃんと練習してますよ。そしてはっきり言って強いです!」
清々しい程に自信を持った男である。だがそこに不快感は無い。
「でね、、、もっと強く有名になって、いつかあのルールを主流に戻したい、俺が格闘技界を変えたい!そう思ってるんです」
大作は照れながらも力強くそう語った。
「成る程、それでこの図柄を選んだと、、、」
ようやく崇は合点がいった。
しかし、、、隣で合点がいってない様子の人物が居る。
松尾優子その人である。
これまでの格闘技界の流れ等、全く予備知識の無い優子にも理解出来る様に、崇は出来るだけ簡単にそれらを説明した。
「ふ~ん、、、なんとなくだけど解りました」
なんとなくでも理解してもらえて崇はホッとしていた。
せっかく見学に来て、彼女だけ話が見えず蚊帳の外になるのは偲びない。
そうして理由に納得した崇は、次に3枚の絵の彫る配置をどうするか大作に尋ねた。
「あいたっ!絵を描き上げて満足してしもて、配置迄は考えて無かったぁ、、、」
と、大作。
「3つ共、背中に入れたらゴチャゴチャしてまいますよ」
崇はアドバイス代わりにそう述べる。
「ん~、、、」
大作は考え込んでしまい、暫しの沈黙が流れる。
そこで崇は優子に目を向けた。
「優子ちゃんはどない思います?」
無茶振りでは無く、客観的な意見を聞きたかったのだ。
「え?、、、率直な意見言って良いです?」
いきなり意見を求められた優子は一瞬動きが止まったが、それでも自分なりの意見を語り始める。
「山宗さんの言う様に、1ヶ所にまとめるとゴチャゴチャして折角の絵が死んじゃう気がします」
はっきりと自分の考えを示し、二人の顔を交互に見ながら更に続けた。
「で、思うんですが、、、一番アピールしたい絵を大きく背中に彫って、残りの絵を両肩口に彫るってのはどうかな、、、と」
言い終えた優子はまたいつもの彼女に戻り、上目遣いに二人の反応を窺っている。
「彼女はこう言ってるけど、どない?」
崇は大作に意見を求めた。
基本的に客には敬語で話すのだが、熱が入ったのか普段の口調に戻っている。
だが大作はニコリと笑い
「やっと敬語やめてくれましたね、歳上に敬語使われるとケツがムズムズするんで止めてもらいたかったんですわ」
そう言ってから改めて感想を述べた。
「このバランス、ええと思います!優ちゃんありがとなっ!!」
初対面でも当たり前の様に愛称で呼んでいる。
それがとても彼らしさを感じさせる。
そして何より相手にそれを嫌と思わせない、、、このコミュニケーション能力は、人間として大きな武器である。
ふと見ると大作は、また優子の頭にゴツくも優しい丸みを帯びたその右手を乗せている。
一方の優子も緊張が解けたのか、そのままの状態で
「気に入って貰えて何よりです!」
そう笑顔で答えていた。
その様子を崇は微笑ましい想いで眺めている。
「じゃあ背中は関節技を狙う絵でお願いします、で、右肩に打撃、左肩に投げという事で!」
大作のその声である種の老婆心をかき消した崇は
「決まった事やし早速始めましょうか」
と二人に声をかけた。
「いよいよかぁ、流石に少し緊張してますわ」
そう言った大作は、上半身裸になり俯せでマットレスに横たわった。
崇が言う。
「背中の図柄だと、今日1日では輪郭の筋彫りしか出来ませんが、、、やっぱりメインの図柄から始めます?」
「そうっすね!やっぱり背中からでお願いします!、、、てか、また敬語に戻ってますやん!止めて下さいって!」
大作が笑って答えた。
崇は苦笑まじりに一言だけ返す
「了解、、、」
すると優子も
「ついでに私への敬語もやめて下さいね!」
悪戯な表情で崇に告げた。
頭を掻きながら、またも崇は一言だけ返した
「了解、、、」