とある社長命令
「大ちゃん!!」
引き留める様子すら見せない大作を、咎める様に優子が尖った声を上げた。
「優ちゃん、言いたい事は解るよ、、、小言は後でちゃんと聞く。せやけど今はちょっと待って」
変わらぬ笑顔のままで大作が告げる。
優子は何かを言いかけたが、それを飲み込み不服そうに頷いた。
「福さん、、、理由だけ聴かせてぇな」
再び頬杖をつき、真っ直ぐな視線を投げ掛ける。
同じ視線を返した崇が、迷い無く答えた。
「やりたい事が出来た、、、今はそれしか言えんけど、その時が来たら真っ先にお前等に話すよ、、、約束する」
「そっか!応援するから頑張ってなっ!!」
崇の答えに満足気に頷く大作。
しかし優子は、やはり寂しそうな顔で大作の袖口を握っている。
大作はようやくケガの治った手で、優子の手をそっと包むと諭す様に話し始めた。
「優ちゃん、俺は無理矢理に福さんをこっちの世界に引き戻した、、、それやのに力を貸してくれて、実際ようやってくれた、、、感謝しとるよ。そんな福さんが次のステージに向かおうとしとるねんで?その足にしがみついて歩みをとめさせるんは、友達のする事や無いよ、、、だから俺は笑って見送って応援する。友達やからな」
強張っていた優子の表情が柔らかく緩む。そして大き目の溜め息を吐き出すと
「私も友達やから、、、そないせんとね」
そう言って崇を見つめた。
「ごめ、、、いや、ありがとうな。でもまぁ今すぐどうこうって話や無いし、今の一番やりたい事がラグナロクなんも変わりは無い。それにグングニル抜けたからってお前等との関係まで終わる訳ちゃうんやし。取り敢えずの目標は次の自主興行、、、成功させんとな!」
詫びそうになった崇だったが、それを感謝の言葉に変えて明るく前向きにそう語った。
すると大作が急に表情を変え、低い声で意外な事を言い始めた。
「ただし、、、1つだけ条件がある。これはお願いとか提案じゃなくて、社長命令として言わせて貰う、、、ええよな?」
「ああ、、、勝手を言うたんは俺やからな。何なりと」
覚悟を決めてその条件を待つ崇。
暫しの沈黙の中、優子の喉が鳴るのが聞こえた。
「ほんなら、、、社長命令!格闘技パラリンピック、名称ラグナロク開催の折、第1試合への出場を命じる!!」
「!!」
優子と崇が食い入る様に大作を見つめている。
その目は2人共に大きく見開かれていた。
そのリアクションに気を良くした大作はドヤ顔で鼻腔を膨らませていたが、1つ溜め息を洩らすとドヤ顔を笑顔に戻して更に続けた。
「福さん、引退試合してへんやろ?幕引きの場、俺に用意させてぇな、、、」
照れくさそうに俯き顎を掻く。
「それいいねっ!流石は社長!素晴らしいお考えをお持ちでっ!!夫人として鼻高々やわぁ♪」
先までが嘘の様に優子がはしゃぐ。
苦笑いでそれを宥めると、大作は崇に向き直り想いを告げる。
「俺のグラップスでの最後の試合ん時、福さんに何でグラサンかけとるん?って訊いたけど、答えてくれんかったやん?で、後から優ちゃんに理由聞いたんよ。あの時から、、、いや、この部屋で押入れの中を見た時から決めててん、ずっと日陰を歩いてた福さんを、いつか明るいあの場所に立たせようっ、、、て」
言葉を出せずにいる崇を見つめ、大作が尚も続ける。
「前に公園で俺と闘った後、部屋に来て本音語ってくれたやん、、、格闘技に未練タラタラやって。で、考えたんやけど、、、指導者としては戻って来てくれたけど、福さんは選手としてやり残した事もあるなぁ、、、って。それが引退試合。俺が福さんの立場やったら、不本意に身を退いた上にその区切りもつけて無いのは耐えられへん、、、承けてくれるな?てか社長命令やから強制やけど♪」
そう言って笑う大作は、秘めていた想いをようやく伝えたからかとても清しい。
「強制やから♪」
例の如く大作の言葉に乗っかる優子、彼女も楽しそうに笑っている。
そんな2人を見ていると、崇も自然と笑みが浮く。
「わかりました社長、そして社長夫人!それに向けてせいぜい身体作りに励みますっ!!」
そう言って仰々しく頭を下げる崇。暫くして上げられたその顔は、大作と同じくとても清しい物であった。