オンボロの聖地にて
自主興行を行う事が決まった以上、これからは忙しくなる。
ポスターや物販品、パンフレットの制作、スポンサーとの打ち合わせや協賛企業探し等々、やらなくてはならない事は数知れない。
今までは優子にほぼ任せっきりだったが、これからはそうも行かない、一人でこなすには負担が大き過ぎる。
恐らくスタッフ総出での仕事となるだろう。
倥偬な日々になる前に、やはりあの事を話しておこう、、、そう考えた崇は、ある日大作と優子を自室に誘った。
思えば3人でこの部屋に集まるのはいつぶりだろう、、、
ボロアパートの一室、3人の友情が始まった場所、、、
尤も、その内の2人は愛情に変わった訳だが。
エミの店「コモ・エスタス?」で崇と優子が出会い、そこへ「沼川」で飲んでいた大作から電話が入る、、、考えれば数奇な運命である。
そしてそれが絡み合い、初めて3人揃って顔を合わせたのが六畳一間のこの部屋だ。
云わば聖地とも呼べなくは無いが、その称号を与えるには余りにもみすぼらしい。
2人に出会うまで後ろを向き、自縄自縛な日々を過ごして来た崇。その主の「気」を吸ったかの様に陰鬱だったこの部屋だが、2人と出会って以降は浄化されたみたいに空気が変わった。
そんな場所だからこそ、この話をするのに相応しい。
そう思い今日2人を招いたのだ。
「、、さんっ!福さん!?」
ふいに大作の声が耳に入った。
「ん?何?」
「ん?何?とちゃうわっ!さっきから呼んどるのに!どしたん?ボーっとして、、、」
物思いにふけ、大作の呼び掛けに気付かなかった崇、バツが悪そうに顎を一撫でする。
「ごめんごめん、ちょっと考え事しとってな、、、で、何?」
「それはこっちの台詞、、話って何?」
呆れて脱力した優子が、肩を落とし薄く開いた目でそう尋ねた。
大作は頬杖をつき、崇の言葉を待っている。
2人の視線を浴び、少し躊躇いを見せる崇。
しかし一瞬の間の後で決意を込めた眼差しを向けると
「まぁまだ先の話になるんやけど、これから忙しくなるしその前に話しとこう思ってな、、、」
そう前置きし、2人の顔色を窺った。
「あんまりええ話じゃ無さそうやね、、、」
何かを感じ取ったのか、優子は顔に皺を寄せている。
「、、、せやな」
大作は表情を変えずに、ただ崇を見つめていた。
崇はその視線から逃げる様に俯くと、2人の反応には敢えて触れずに本題へと入った。
「自主興行が成功したら、ラグナロク開催もぐんと近付きそやな。障害を抱えた選手のネットワークも構築出来た、、、ルールの整備も整った、、、選手も順調に育っとる、、、あとはその時を待つだけや、、、」
そこまで言ってタバコに火を点ける崇だが、話を始めてから1度も2人と目を合わせてはいない。
「福さん」
鼻筋を掻きながら大作が呼ぶと、初めて崇が視線を投げた。
「遠回しな物言いはやめような。俺達は何んでも気兼ね無く話す、、、その約束を交わしたんはこの部屋やで、せやろ?」
どこかしら諦めの混じった笑顔で床を指差す大作。
優子はと言えば、困り顔を2人の顔の間で往復させている。
大作に諭された崇は、自嘲気味に鼻で笑う。
「せやな、せやったな、、、じゃあはっきり言うわ。ラグナロクが終わったら俺、、、グングニルを辞めようと思っとるねん」
そう言った崇は至って普通だった。
その表情や口調には己に対する気負いも、2人に対する引け目も何も無い。
普通の会話の様に言葉が流れ出ていた。
「ちょ、福さ、、、」
言いかけた優子を手で制した大作は
「そっか!わかった!」
それだけを答えた。
その顔はいつもと同じく、人を惹き付けて止まない太陽の様な笑顔だった。