格パラ外伝「神室」後編
床に視線を這わせたままで中へと入って来る池上と川田。
怖くて岩本と目を合わせられない様子で、モジモジと落ち着かない。
岩本はそれを睨めつけて居るものの、戸惑いも隠せない複雑な表情を浮かべている。
「どした?えらい戸惑っとるみたいやないか」
楽しそうに室田が言う。
「いや、、、親父の手を煩わせてしもて、えろうすいません、、、こいつら何処に潜っとりました?」
そう問う表情は不自然で、明らかに室田の顔色を窺っている。
「ん?ワシん家♪」
ニコニコと自分を指差して答える室田。
「、、、どういう事です?」
岩本の額にポツポツと脂汗が浮く。
「どういう事か、お前が一番解っとるんちゃうか?
1つ尋ねるが、、、お前、こいつら見つけてどうするつもりやったんや?」
「勿論、見つけ出したら三島さんの所行って、一緒にワビ入れるつもりで探してましたが、、、」
本人は気付いてないようだが、真顔で答えたつもりが胡散臭い顔となっている。
「ほう、、、大した心掛けや、お涙頂戴やのぅ。でもなぁその芝居、大根過ぎて見てられへんわ」
みるみる顔から血の気が引く岩本。
その時、応接室のドアが開き、北谷と三島興業社長の三島 臣人が姿を現した。
2人が共に室田へと頭を下げる。
それに答える様に笑顔で手をグッパーと開閉する室田。
「岩本、茶番は終いじゃ。お前に指示を出したあの日の内に池上から連絡あってのぅ、、、全部話すから保護して欲しい言うもんやから、迎え行って親父の家に匿っとったんや」
北谷が事の成り行きを語った。
「もっぺん訊くど、、、こいつら見つけてどうするつもりやった?」
言葉が出ない岩本に、追い討ちを掛ける様に一喝する。
「ワレッ!口封じるつもりやったんやろがぃオォッ!?ワレが命令して薬捌かせとったんやろがコラッ!!」
その迫力に岩本は肩を竦めたまま動けない。
「ワレが裏で糸引いとったんはわかっとるんじゃ!で、三島さんに連絡入れて御足労願ったんや。三島さんにはワシからワビ入れて手打ちは済んどる。池上と川田は脅されて、しゃあ無しにやっとったっちゅう事でお咎め無し、、、と言いたい所やが、脅された時点で相談しとけばこんな事にはなってへん、、、暫く謹慎や、大人しゅうしとれ」
岩本から2人に視線を移し、そう申し渡した。
「はい、、、すんませんでした、、、」
2人が揃って頭を下げる。
ここで三島が初めて口を開いた。
「岩本はん、、、下っ端の〝おいた〟やったら笑って済ましたかも知れん。せやけどなぁ大幹部のアンタがやったんはシャレにならん。それなりの覚悟しときぃな」
言われた岩本が目を剥き吼える。
「なんやワレッ!!手打ち済みや言うのに、ウチと事構える言うのんかいっオォッ!?ウチの組は一歩も退かんどっ!!そっちこそ覚悟したれやっ!!」
やおら室田が含み笑う。
「とっぽい奴っちゃのぅ、、、ウチウチ言うのやめてくれるか?」
意味が解らず首を傾げる岩本。
「せやかて、組が嘗められましたんやで?親父はそれで宜しいのんかっ!?」
子供みたくムキになっているその様は滑稽ですらある。
「アホやなぁ、、、ウチと事構える訳や無くて、お前個人を的にかける言うてはんのや、三島さんは」
そう言う室田の手には、1枚の紙がひらついている。
それは「絶縁状」であった。
極道社会に於いて最も重い処分、、、破門ならば後々に復縁の可能性はある。
しかし絶縁にはそれが無い。
1度絶縁状が流れた者は、他の組にも拾ってはもらえない事が殆んどである。
元々、社会に適応出来ずに裏社会の住民となった者にとって、これは死刑判決にも等しい。
手にした絶縁状をヒラヒラ振りながら
「関係組織にはFAX済みやから、あしからず♪」
茫然自失で膝をつく岩本。
「う、嘘や、、何かの間違いやっ!ワシはハメられたんやっ!」
膝をついたままで室田の上着を掴み、懇願の目を向けている。
「ワレ、、、その薄汚い手で誰様に触ってくれとんのや」
そう言うや否や
「ヨイショー!」
掛け声一番、岩本の顔面に膝を突き刺した。
踞る岩本、、、鼻と口から溢れ出る血を手で掬っている。
その髪を無造作に掴み上げると、くっつく程に顔を寄せ警告を与えた。
「ええか、、、この先、池上と川田の身に何かあったら全てワレの仕業と判断するどっ、、、それが事故であろうが、病気であろうが、全部ワレの仕業や、、、もう家族や無い以上、手心は加えん。そのつもりでおれ!」
言い終えると、掴んでいた髪を汚い物でも捨てるかの様に投げ捨てた。
「せ、殺生やで親父ぃ、、、」
あの狂気の男が半べそをかいている。
「もう親父やないわボケッ!まぁ尤もお前がこいつらを的にかける前に、お前が三島グループの的になるんやろけどなっ、、、まっせいぜい長生きせえや、、、おぅ北谷、後は委せるど」
そう言った室田は冷やかな笑顔を浮かべると、岩本に背を向けた。北谷が綺麗なお辞儀でそれに応える。
それに続いていた三島が、振り向きざまに言い放つ。
「岩本はん、、、また近々お会いしましょ。んなら、、、」
怖い笑顔を残し、室田と共に事務所を後にした。
そして、、、
岩本の死体がポートアイランドの倉庫から発見されたのは、それから4日後の事だった。
室田があの日話してくれた話。
鳥居がそれを辿り終えると同時にチーズケーキは皿から姿を消した。
この事件で裏社会に嫌気がさし始めていた室田は、平成3年に施行された暴対法を機に組を解散した。
その折、組員全員の次の居場所を探したらしい。
堅気になる者には就職先を、この世界に残る者には受け入れ先の組を見つけたという。
そして長年学び免許皆伝を承けていた、合気道の道場を開く事になる。
短い友人期間であったが、鳥居にとって決して忘れられない人物となった室田。
忘れない、、、それが最高の供養なんだろう、鳥居はそんな事を考えていた。
そしてもう1つ。
彼の言った事は本当だったんだ、、、と切ない気持ちで思い出す言葉。
それは、、、
(自分は試合に向けて意地を張る)と約束した時の
「長老が今、何かを張ってるなら教えて」
という問いに対する答え。
「フム、、、そうじゃなぁ、、、あえて言うなら僅かな余命、、、じゃなハハハ」
改めて思う、、、こっちは笑えない、、、本当に笑えない。
そう言えば、、、と思い出したかの様に鳥居がマスターを見る。
視線に気付いたマスターがやって来た。
やはりマスターには室田の死を伝えておくべきだろう、、、
そう思い鳥居はその事実を口にした。
「そうでしたか、、、愉しい御方だったのに、、、残念です」
静かにそう言うと、再び口を開く。
「報せて頂きありがとうございます」
微かな笑顔へと無理矢理に表情を変えたマスターが、カウンターへと戻って行った。
その後もう1杯コーヒーをおかわりし30分程寛いだ鳥居。
そろそろ帰ろうとレジへ向かった。
するとマスターがあの優しい笑顔で
「お代はもう頂いてますよ」
そう言って天を指差した。