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格パラ  作者: 福島崇史
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友よ、、

世の中には言って良い冗談と悪い冗談てのがある。

そしてこれは明らかに後者だ、、、あの時の鳥居はそう思った。

練習後にわざわざ皆を集めてまで、、、

悪趣味なドッキリ、、、崇の神経を疑った。


いや、本当はそうじゃない。

自分でもわかってるのだ。

そう思う事で現実から目を背けたのだ。

ただただ認めたくない、、、

しかし今、右手には現実を思い知らされるであろう物を握ってしまっている。

開封してしまえば、全てを受け入れねばならなくなる白い封筒。


帰り際に崇から手渡されたそれには、自分宛てである事を示す墨字が記されている。

読めば膝から崩れそうな気がした。

それが怖くて、ジムでは開封出来ないまま持って出てきてしまった。

そして今もまだ握ったままで歩いている。

見ねばならないという使命感と、見たくないという拒絶感が何度も交錯した。


(いっそ見ずに捨てたろか、、、)

そんな思いすらも頭を過る。

しかしふと気付いた、、、これは遺言、、、

あの時、背中を押してくれた「人生の大先輩」そして秘密を共有しあった「友」の遺言なのだ、、、と。


そう思うと先まであれ程に交錯していた感情の針は「早く見たい」という想いに振り切られた。

もはや使命感なんて不粋な物では無い。

「友」が自分だけに遺してくれた言葉なのだ、それを見ずに居られるものか。

問題は何処で見るかだ、、、読めば恐らく涙するだろう。

やはり人前でのそれは避けたかった。

自宅に戻ってから見るか?

しかしながら愛しい我が家は狭い。

自分の部屋もあるにはあるが、常に家族の視線に曝されてるに等しい、、、却下。


公園や駅、図書館、、、色々な場所を思い浮かべるがどの場所もしっくり来ない。

立ち止まり、電柱に凭れながら手にした封筒を見つめる。

その時にふと頭を過ったのは、あの日の光景だった。


(なんで思いつかんかったんやろ、、、)

人目につく場所ではあるが、「友」との最期の会話を楽しむのはあの場所しかないではないか。

「喫茶ヘブン」である。

思い付いた鳥居の足は、回転数を上げその場所を目指していた。


ドアを開くとあの日と同じベルの音がカランと鳴った。

店内に目を配ると、入って直ぐのテーブルに中年女性の3人組が居るのみで、その他の席は全て空いていた。


「いらっしゃい、お好きな席にどうぞ」


マスターの声が響く、、、と同時に先客の女性達が一瞥くれる。

しかしダラリと垂れ下がり動かぬままの左腕に気付くと、いけないものを見たかの様に急いで視線を外した。

入って来た時はワイワイと談笑していたくせに、今は鳴りを潜めて彼が通り過ぎるのを待っている。


(どうでもええわ、、、しょうもない)

好奇や偏見、そんな物には馴れている。

糞喰らえ!そんな事を思いながら歩を進めると、前に室田と座ったテーブル席に腰を下ろしかけた。

しかし、、、奥にもう1つテーブル席がある事に今日初めて気が付いた鳥居。


(あ、ここなら他の客と顔合わさんで済むな、、、)

そう思い直しそちらに移動した。

そう!あの日優子が息を潜めていたあのテーブル席である。

今日もダンディーなマスターが注文を取りに来た。


「今日はお一人ですか?」

前回、常連の室田と一緒だった事で、覚えて貰えていたらしく、そんな声を掛けてくれた。

どうやら室田の訃報は知らないらしい、、、


「ああ、、、はい、、、」

悲しい位に不器用な笑顔と曖昧な返事。

それを取り繕うかの様に、慌ててホットコーヒーを

注文する。

無言のまま笑顔だけを返し、カウンターへと戻るマスター。

彼が動くと後ろに束ねた白い長髪が、白馬の尾の様に跳ねている。


マスターがカウンターに戻ったのを見届けた鳥居は、今も手にされたままの封筒へと視線を落とす。

ずっと握られていた部分はじんわりと湿り、不機嫌そうに皺が寄っていた。

それを丁寧に伸ばすと、更に丁寧に封を解く。

片手が不自由な鳥居を気遣ったのだろう、開封しやすいように糊では無くテープで留められている。


ゆっくりとそれを剥がし封を開くと、中には1枚だけの手紙が入っていた。

折り畳まれたそれを開く前に、一度深呼吸して気持ちを整える。

(よしっ!)

覚悟が決まったタイミングで

「お待たせしました」の声、、、香ばしい薫りが鼻腔を擽る。


出鼻を挫かれた鳥居だが、とりあえずミルクと砂糖で好みの味に調えると直ぐにカップへと口をつけた。

目を閉じて薫りの余韻を楽しむ、、、

じわじわと心が落ち着いて行くのがわかる、、、

そしてもう一口。

鼻を抜けて行くそれが、余計な考えも一緒に連れ出してくれる。この頃には手紙を開く事への躊躇いは嘘の様に消えていた。

そしてようやく開かれた1枚だけの手紙。




「我が友よ、、、まずはこの様な形での再会を詫びておく。

報せなんだのも要らぬ気を使わせぬ為の配慮、、、と承けて貰えれば幸いに思う。


多くは語るまい。

約束通りに貴殿の意地はしかと見届けた。

約束を守って逝けるのだから、釣りが来る程に上出来と思うとる。


病を抱える以上、こうなったのも是非に及ばずじゃ、笑って見送られよ。

今後も貴殿が何を張って生きるのか天上より見ておる故、努々忘れ無き様に覚悟されたし。


では先に逝く。

ゆるりと参られよ。

いずれ彼の地で、、、


室田大二郎


追伸、、、

我は天に昇れるか判らぬ身故、もし地に堕ちてた場合には容赦されたし(笑)」



長老らしいその内容に鳥居は笑って泣いた。

比喩では無く、本当に笑いながら泣いたのである。

せめて涙は悟られまいとおしぼりで顔を覆うが、乱れる呼吸と震える肩を止める事は出来なかった。


そして大きな後悔が鳥居にのしかかる、、、

つまらない片意地を張り、連絡をしなかったばかりにこんな事に、、、と。

自分がまたもや張るべき物を誤った、、、この時になってようやく気付く。取り返しがつかない、もう詫びる事さえ出来ない過ち。


肩の震えが大きくなる。

堪える様に強く噛んだ歯、その間をすり抜けて嗚咽が洩れる。

それはもう既に「笑い泣き」ではなくなっていた。

カウンターからその様子を見ていたマスター、、、

詳しい内容はわからずとも何かを察したのだろう、静かに鳥居のテーブルへと向かう。


「どうぞ、サービスでございます」

テーブルに置かれたのは、新しいおしぼりとチーズケーキ。

驚いて赤くなった目でマスターの背を追う鳥居。

カウンターに戻ったマスターは鳥居の視線に気付くと、弥勒菩薩の様な優しい微笑みとウインクを返す事でそれに応えた。







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