再始動
その日の昼過ぎ、突然ジムに現れた大作。
優子以外は誰も知らされていなかった為、その場の皆が面喰らっていた。
「お、お前、、、まだ無理すんなや、、、」
思わず崇が声をかけた。
「ん、、、大丈夫、ありがとな」
答えた大作の目には光が宿っている。
それを見て崇は強がりでは無い事を悟った。
そしてそこには優子の存在が大きく作用したであろう事も、、、
この日は吉川の練習相手を務めていた優子、一瞬崇と目が合うと誇らしげに笑みを浮かべ、小さく1度だけ頷いて見せた。
「福さん、今日来てる人を全員集めてくれん?」
何やら決意を込めた表情で大作が言う。
その様子に何かを感じた崇は、何も訊かずに
「わかった」
とだけ答えた。
リング下に集まり座する面々。ジム生もスタッフも全員が大作を見つめている。
すると突然大作が松葉杖を手放し膝をついた。
そしてそのまま四つ這いになると
「ギプスのせいで土下座出来んねんけど、、、皆さん、すいませんでしたっ!」
そう言って頭をマットに擦りつけた。
ざわつく面々を気にせず大作が続ける。
「誤解して欲しく無いんやけど、この謝罪は心配かけたとかそういう意味じゃなく、、、」
そこで1度言葉を切ると、呼吸を整えた。
その様子はこれから吐き出す苦い物、、、それに対しての準備運動にも見える。
「俺が敗けてしもうたから、皆が目指してる事、、、グングニルの単独興業も、その後のラグナロクも遠ざかってもうた、、、
皆に遠回りさせてまう、、、あんな不様な敗け方やから世間の評価は厳しなると思う、、、それが申し訳無くて、、、」
泣いてこそいないが、声が震えている。
感情を抑え込み、堪えているのが分かる。
皆も言葉が見つからず、ただただ黙って見つめていた。
すると鈴本が立ち上がり大作の隣に並ぶ。
そして、、、
同じく土下座をして頭を下げたではないか。
「すいませんでした」
静かに詫びる。
驚いた大作が、頭をマットに着けたまま顔だけを横に向けた。
「鈴本っちゃん、、、」
「敗けが罪なんやったら俺も同罪や」
鈴本も頭をマットに着けたままでそう言うと
「大ちゃんだけにええ格好させてたまるかいな」
同じく顔だけを横に向け、微かに笑った。
「格好良かったよ、、、」
ふいに声があがった。
その主は藤井だった。
内気だった少年はこの数ヶ月で大きく変わった。
ずいぶん積極的になり、少しずつだが自分の意見も言える様になっていた。
まだオドオドする仕草は変わらないが、それでも大きな成長と言える。
相変わらず優しい笑顔で吉川がその姿見ていた。
その顔は我が子の成長を喜ぶ母親のそれである。
藤井の一言を機に、そこかしこから同意の声が飛び始めた。
「全く恥じる事無いっすよ!言っとくけど同情なんかとちゃいますよ。それに障害の部は第一歩を踏み出せた訳やし、前進ではあっても後退にはならん思いますわっ!」
同じリングに立った山下が意見を述べると、周囲もそれに合わせて頷いている。
その表情は誰一人として今後への不安など抱えていない。
鈴本がポンッと大作の肩を叩き微笑みかける。
大作も笑顔を返すと、再び皆に向かって頭を下げた。
しかし今度のそれは謝罪では無く、感謝を示す行為としてである。
「ほんまありがとう」
どこからともなく拍手が湧く。
すると新木が
「ええもん見せたるわ」
そう言って事務所へと消えた。
暫くするとパソコンを手に戻り、大作の前にその画面を差し出した。
そこに映し出されていたのは、格闘技ファンの書き込みがなされたとあるサイトであった。