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格パラ  作者: 福島崇史
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浄化

治療後の大作は、どうして良いのか分からずに自分を見失っていた。

しかし大人の義務として崇に連絡だけは入れたのだ。

そして診断結果と数日休む旨だけを伝え、会話らしい会話もせぬまま一方的に電話を切った。


怖かった。


慰めや気遣いの言葉を聞きたく無かった。

敗者にとってそれらは決して薬にはならない、むしろ毒となるのだ、、、いっそ罵ってくれた方がどれだけ楽だろうか、、、


右足首にはギプス、右手の指2本も固定されている。

そして松葉杖で牛歩の如く歩みを進める姿は実に痛々しい。

普通に歩く人達が次々に大作を追い越して行く。

その惨めさが年末の寒さに拍車をかけた。


身体が自由に動かないとはこれ程の事なのか、、、

大作は障害の部の面々を思い浮かべていた。

「みんな、凄えな、、、」

そう呟いては自責の念に駆られる。

その凄え仲間達の夢が、自分の敗戦により遠退いたのだから。

どんな顔をして皆の前に立てば良いのか分からなかった。


そして常に頭から消えないのは優子の顔だ。

先から5分おきに着信がある。

出られない、、、

一番心配してくれている相手、それは解っている。

大作自身も一番会いたくて話したい相手。

だが一番会いたくも話したくも無い相手とも言えた。


そんな事を考えながらピョコピョコと歩いていると、不意に声を掛けられた。

ファンらしき若い男性に握手を求められたのだ。

応じたものの、内心は複雑だった。

ただ敗れたのでは無い。

小便まで垂れ流しての不様な失神KO、、、

今後、ファンの反応は厳しいものとなるだろう。

今の男性にしても、握手を求めながら内心は笑っていたのではないか、、、そんな被害妄想までが湧いてくる。


誰にも会いたく無かった。

しかしトレーニングウェアのままで、満身創痍のこの姿は目立ち過ぎる、、、また誰かに声を掛けられるのが怖い。

かといって部屋にも戻れない。

合鍵を持つ優子が来るのは目に見えているから、、、

とは言え、試合後に着の身着のままで会場を出てしまった大作、手持ちの金も数千円と僅かである。

どうするかと辺りを見渡すと、ネットカフェの看板が目に入った。

大作は誘われるままに足を向けていた。


入室し、言う事をきかない身体をソファーに沈める。

スマホを見ると、画面は相変わらず多くの着信履歴と留守電の存在を主張していた。

しかし、、、

まだ心の整理がつかない大作は、そのままそっと電源を切ってしまった。

漫画を読む気にもネットを見る気にもならず、ただ暗い個室で身を潜める。得体の知れぬ不安や恐怖と闘いながら、、、

そして眠れぬままに朝を迎えていた。


早朝5時、店を出ると小雨がぱらついている。

それも手伝ってトレーニングウェアだけの大作には寒さが堪えた。

(この時間やったら、、、)

そう考えた大作は、一旦部屋に戻ろうとタクシーを拾った。

動き始めたと言うには未だ寂しい街中、タクシーはスムーズに駆けて行く。


マンションに着きエレベーターで5階へ上がると、ドアの前で一旦立ち止まる。

そしてドアに耳を当て、念の為にと中の様子を窺った。

我が家の気配を探る、、、その様子は端から見れば完全に不審者だが、優子が居るかもと考えての事だ。

まだ寝てる可能性もあるが、とりあえず人の気配は無い。

(おったらおった時や、、、)

覚悟を決めて鍵を差し込んだ。

そっと中に入るとやはり優子の姿は無かった。

その代わりに玄関を入って直ぐの、目につく場所に手紙が置かれていた。


「心配しています、夜中でも良いから連絡下さい」


美しい字でそれだけが書かれている。

大作は手紙に向かって頭を垂れると

「ごめんな、、、」

と一言絞り出した。


部屋に入り、よっこらと腰を下ろす。

普段なら造作も無い動きが、今の大作には酷く重労働に感じる、、、

自分のは一時的なものだが、一生をこんな風に過ごすメンバーの事を思うと、途端に冷静さが甦ってきた。

(俺がこんなんじゃアカン!)

自分の部屋という日常の環境に戻った事、それも影響したのか不思議と勇気が湧いて来る。

大作は思いきってスマホの電源を入れると、留守電を聴いてみる事にした。


1件目、、、優子のそれは普段の口調で、手紙の内容と同じ事を語っていた。


2件目は鈴本からだった。

「結果は高梨から聞いたわ、、、せやけど同情も心配もしてへん。だから逃げるな」

冷たくも無く、激しくも無い、、、

鈴本らしい「檄」が静かに流れる。

小さく数回頷いた大作は

「わかった、、、ありがとな」

そこに鈴本が居るかの様に独り呟いた。


3件目、、、またも優子からだが、今度は泣き声の為に何を言っているのか聞き取れない、、、ただ最後の

「バカぁ!!」

それだけがハッキリと耳に残った、、、ズキリと心が痛む。

まだ付き合って数日だというのに、早くも泣かせてしまった。

逆の立場ならば自分でも思うだろう、こんな時だからこそ側に居たい、、、強くそう思うはずである。

それを無下にして逃げ出した自分を強烈に恥じた。

慚愧という言葉では足りぬ程に、、、


その想いが解けぬ内に4件目のメッセージが流れ始めた。

最後のそれも優子だった。

「私、ちゃんと待ってるから」

もう取り乱す事も無く、普段の会話の様に語られたシンプルな言葉、、、無性に優子が恋しく、そして会いたくなる。

「悪かったな、、、今夜行くから」

繋がってる訳でも無いのに、大作はスマホに向かってそう答えた。


落ち着き自分を取り戻した大作は、自然に、そして吸い込まれる様に眠りにつく事が出来た。

目が覚めると既に日は傾いていた。

寝過ぎて体内時計が狂った大作の頭を、容赦無く痛みが襲う。

深酒の翌日の様な不快感を纏ったまま、熊のような動きでのそのそと起き上がった。


崇や鈴本に連絡を入れようかとも思ったが、やはり最初は優子と話したい、、、その想いが強く、やめておいた。

そして優子にも電話ではなく、会って詫びたかったので電話は入れずにいた。

その日1日、動かぬ身体で不便に日常を送り、0時を過ぎた頃タクシーを走らせた。

向かう場所は言わずもがなである。


言いたい事、話したい事が山程ある。

色々な想いや言葉が心に溢れていた。

しかしいざドアの前に立つと、臆病の虫がそれらを喰い散らかし始める、、、

インターホンを押そうとするが、ボタンの前で指が何度も往復を繰り返している。

勿論合鍵は持っているのだが、それを使うなど思考の中には無い。

何度かの躊躇いの後やっとボタンを押すと、ドアの向こうでドタドタと慌てる気配が感じられた。

ゆっくりとドアが開き、隙間から部屋の灯りが洩れてくる。

そして愛しいあの顔が、その光りの中心で微笑んでいた。


今まで暗闇をさまよう気分だった大作には、女神とそれを照らす後光にしか見えなかった。

あれ程にあった伝えたい想いや言葉は鳴りを潜め、何も吐き出せない、、、

すると優子が、俯いて動けないままの大作の手を引き、部屋に入れるとそのままそっとドアを閉じた。

そして微笑みを携えたままで

「おかえり」

それだけを言って優しく大作を抱き締めた。


何一つ責め句も述べず、ただそっと横に寄り添ってくれている最愛の女性。その愛情に大作の伝えたかった言葉の数々は、涙に姿を変えて溢れだした。

強がらずに弱さや辛さを見せる事が出来る、、、

そんな女性を見つけた事に今更ながら感じる僥倖。


こうして浄化された大作は、翌日グングニルの皆の前に姿を見せた。


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